一章34話 第一皇子。

「—―な、なんだとっ⁉ そんなこと余は一切合切聞いておらぬぞっ!」

「じゃがな皇子よ。既に決定事項として市政に広がっていて、戴冠式も間もないとの噂ですぞ?」

「こちらに皇女様—―いえ、女帝陛下より書簡が届いておりますが、ご確認されてはおられなかったのですか?」

「む。言われてみれば数日前に文官がそのようなことを申していたな」

「皇子。そういった重要な書類はすぐに目を通して下さらねば困ります」

「し、仕方が無かろうっ! つい先日までその女帝陛下の提案を受けた父上の命令で、わざわざ開拓村の最端まで足を伸ばしていたのだぞっ!」

「四の五の言っていても始まりません。……皇子。封蝋書のご確認を、今すぐにお願いします」

「……う、むぅ。正直言って嫌な予感しかしないが、致し方あるまい」



 拝啓 親愛なるエル兄様へ


 この度不肖アイヴィス、女帝になることを決めました。養う者が増えたという事実が主たる理由ですが、既に父様には万事了承の旨を受けているので、決定事項と捉えて頂いて差し支えありません。


 つきましてはエル兄様にはその開拓地における辺境伯として、領主の真似事でもやって頂こうかと思っております。ちなみに勿論ですが、エル兄様に拒否権は御座いません。


 世間では左遷という誹りを受けることになるであろうエル兄様を思うと少々心苦しいですが、開拓地は魔の森を介してかの帝国との領境に当たる要所であるが故に、武勇に優れるエル兄様が我がアインズ皇国においての最適解だという判断に至りました。


 流石にいきなり領主として領地経営をさせるのは酷だと思いますので、補佐には今いる二人の他にこちらから数名派遣させて頂きます。詳しくは到着した後に彼らと相談し、その後の判断を仰いで下さいませ。



「よ、余が領主……だと? アイの奴、一体何を考えているんだ……?」

「……これはこれは、随分と難題を押し付けられてしまいましたのう」

「流石は女帝陛下。エルクド様の放浪癖を良くご理解為されていますね」

「す、好き好んで放浪していた訳でないっ! 二人に今更隠し事など無用だと思うが、よく知らぬ貴族どもに優秀な我が妹と比較されるのが業腹だっただけだっっ!」

「……うむ。エルクド様の良き点は、やはりその素直さであるのう」

「そのせいで私達が余計な気苦労をする羽目になっているのですが?」

「余とて申し訳なく思っておる。だが、嫌いなものは嫌いなのだっ!」

「じゃが、これからはそうも言ってられぬじゃろうなぁ」

「そうですね。領主となられれば当然、その嫌いな貴族達と歩を同じくすることになりますからね」

「くそっ。アイの奴め。真に面倒なことを命令しおってからに……」

「……おや? 何やらもう一枚ありますな。……こ、これは――っ!」



 最後にこれは警告ですが、ふらふらしてないで、さっさと婚約者の一人でも見つけて下さい。


 我が皇国が如何に小国だからといって、二十歳を超えた長兄に婚約者一人もいないというのは些か……いえ、大問題ですので。


 エル兄様が父のように女性に対して奔放でないことは既に存じ上げておりますが、このままだと私の裁量で勝手に決めさせて頂くことになるという事実を、どうかお忘れの無きように願います。



「結婚の催促……ですか。確かに皇女の身なら兎も角、女帝となった以上は実兄の婚姻事情は無視出来ないでしょうね」

「うぅむ。若は運も無ければ女を見る目も無いからのう。むしろこのまま女帝陛下の裁量に委ねた方が良き結果を生むかや知れぬなぁ」

「う、うるさいぞじい! たまたま運が悪かっただけで、見る目なら余にだってあるからなっ!」

「「…………」」

「……すまぬ。私財のほとんどをあの商人に扮した悪女に掠め取られた身の上で、今更説得力など皆無であったな」

「……儂も騙されておったからのう。あまり若のことを責められまい」

「最初から気を付けるようにと再三にわたって警告をしたにも拘らず、あろうことか私の所見を疑ってましたからね」

「「その節は、本当にすいませんでしたっ!」」

「全くもう。謝罪だけは立派なのですから……ばぁか」

「おや……? この羊皮紙にはまだ続きがありそうじゃぞ?」



 追伸


 エル兄様だけに負担を強いるのは依怙贔屓かと思いましたので、ドル兄様には対聖サンタール教国における最重要拠点とされる、”ヅィーベンダルク”という街の代官に任命しておきました。


 我が皇国が亜人に寛容なのは今に始まったことではないですが、この都市は特にその比率が高いうえに気性も荒いので、扱いこそ難しいものの軍属として素養は高く、頑ななドル兄様もさぞ喜んでくれることでしょう。


 ちなみに目下の問題とされていた半魔の副官ハーフデーモンとの婚約ですが、私の従者シュアと副官の方が予定を調整し、見事に半年後、正式な結婚式が行われることが決定致しました。


 あの冷静沈着なドル兄様があそこまで狼狽するとは思いませんでしたが、それに比べたら私の命令など、児戯の如く可愛いものでしょうね。



「我が皇国唯一のぜ、前線基地ではないかっ! ……ドルマスよ。同じ優秀な妹を持つ兄として、ここに同情の意を示そうぞ」

「聖サンタール教国が不穏な動きを見せているという事実は私達の耳にも届いておりましたが、そうですか」

「うぅむ。ドルマス殿下が自ら代官を務めるということはつまり、そういうことなのじゃろうなぁ」

「……勇者召喚、だったか。無辜の民、それもこの世界と異なる場所から強制的に呼び出して争いに巻き込むなど、決して許されぬ悪の所業と相違あるまいよ」

「是非も無し。国を守るということは、それ以外を犠牲にするといっても過言ではないじゃろう」

「甘さが抜けない何処かの皇子にはとても向かない、過酷な選択ですね」

「それはアイも同じであろう。彼奴は身内に対しては相当甘ちゃんだぞ」

「身内……それも特に近しい数名のみ、ですよ? 少なくとも皇子やドルマス殿下は含まれていないでしょう」

「父であり元皇帝陛下でもあるアルマス様ですら、その中には入っておらぬじゃろうなぁ」

「……そういえばアイの専属騎士や従者に迫った無謀な男どもが居たが、終ぞ見かけることが無かったな」

「風の噂によれば、貴族であったという事実さえも抹消されたとか」

「敵対したら徹底的に潰す、か。此度の女帝陛下は実に恐ろしいのう」

「……む? なんだこの不自然な余白は? こ、これは魔封字っ⁉ ……全くアイの奴め。随分と手の込んだことをしてくれ――なぁっ?」



 追伸の追伸


 エル兄様。貴方今、他人事だと思いましたね? 冗談じゃないですよ?


 先ほどの婚約の件ですが、私としてはエル兄様もドル兄様同様に、今隣にいらっしゃる副官の方と結ばれるのが一番の最適解だと考えています。


 そもそも前提として、それぞれに相性の良さそうな人物を父様経由で配属させたのは何を隠そうこの私ですし、そのまま身を任せて頂ければ悪いようにはしませんよ?



「「「…………」」」

「……爺よ。余は我が妹のことが恐ろしゅうて叶わんのだが……?」

「皇子よ。儂も全く同じことを考えておったわい」

「あ、あああ、アイヴィス様っ⁉ 私が密かにエルクド様のことをお慕いしていることは内密にして下さるとおっしゃっていらしたのにっっ!」

「「…………え?」」

「—―あっ。こ、こほん。皇子。そして、フルマン様。申し訳ないのですが、先ほどの狼狽はその、聞かなかったことにして頂きたく存じます」

「……爺や。余は我が副官のことが愛おしゅうて叶わんのだが……?」

「秘書官殿。思い立ったが吉日じゃ。早速結婚式の日程を調整しよう」

「ふ、フルマン様? あの……け、けけ結婚はまだ早計と思いますので、こ、こ、婚約という形式での手続きでお願い出来ませんか?」



 ふふっ。それではエル兄様。良い辺境伯ライフをお楽しみ下さいませ。


 アインズ皇国第七代皇帝 アイヴィス・ロゼル・アインズブルグより 敬具

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