一章30話 皇位継承。

「アイヴィスや。この不肖な父に、ことの経緯を詳しく説明してはくれないかのう?」

「勿論そのつもりですが、父様ったら少し瘦せましたか? ちゃんと三食しっかりと食べないと、還暦六十才まで働けませんよ?」

「ほほっ、大丈夫じゃ。儂には勿体ないくらい優秀な娘がおるからのう」

「……はぁ。四十半ばで何を言っておられるのやら。本音を言えばもう少し続投して頂きたかったのですが、私としても事情が変わりましたので」

「ふむ。やはり儂はついてるのう。アインズ皇国の皇帝たるもの、『運』に秀でてなんぼのものってことじゃ」

「私もその『運』の恩恵を多大に得ているので否定はしませんが、娘としては父親の大きな背中をもう少し見ていたいという欲求があるのですよ」

「ほほっ。嬉しいことを言ってくれるのう。じゃが、まつりごとから解放された後の余生は、支えてくれた妻たちとの”愛”を育む時間に当てたいのでの。すまんが娘よ、後は頼んだぞい」

「……それはずるいですよ、父様」


 アヴィスフィアにおけるヒト族の平均寿命は三十才前後なので、四十を超えれば”老人”と呼んで差し支えない年齢にはなる。


 現代日本の前世を持つ俺としては多少の違和感を禁じ得ないものの、我が父であるアルマスは既に隠居をしていても何ら不思議ではない年齢を迎えていることになるのだ。


 彼が未だに続投を続けている理由は単に、長兄であるエルクドが後継者たる素質である『運』のステータスが異様に低いことと、その人間性によるものだろう。


 誤解しないで欲しいのだが、我が長兄は決して性格が悪いわけはない。


 純粋で裏表がなく正義感が強いのだが、その分ヒトに騙されやすく絆され易いという、為政者としては致命的とも言える弱点を持っているのだ。


 ちなみに次兄であるフルマンの名が上がらないのは、純粋に彼が軍部に所属してるからという理由がある。


 いつの世も軍が政権を握るという愚を王政国家としては許容出来ることではないので、こちらはそもそも選択肢にない。


 だったら皇位継承権の順位は何ぞやとなるのだが、基本的には世襲制なので純粋に候補者を順に並べただけという側面も大きいのだろう。


「母様たちのためになるのならばこのアイヴィス、皇帝の任を喜んで任されましょう。それと詳細ですが、基本的には書面でお伝えした通りです」

「うむ。お主が決めたことじゃから儂としてもとやかく言うつもりはないが、少々性急だったので気になったのじゃ」

「それは、そうですね。父様もご存じの通り、私は前世持ちの元異世界人の”転生者”です。……そして、吉原三姉妹はなんと同郷の地の”転移者”なのですよ」

「—―なんとっ⁉ ……そうか。聖サンタール教国の”被害者”か」

「『勇者召喚』。”混迷の世”でもないこの時節にその禁忌に手を出したかの国から、”冒険者”としてこの国に亡命して来たそうです」

「過去に同様の方法で救われたことのある我が国が強くは言えないが、少なくとも”魔王の脅威”を終えた世で行って良い儀式では無いじゃろうな」

「加えて言えば、私やラヴィニスの正体を知る者でもありますね」

「—―な、なんじゃとっ⁉ つまり”転生者”と”転移者”が同郷かつ同時期にこの世界に呼ばれた、ということかのう?」

「それについては正確には分かりませんが、少なくとも”地球”の時間で約一年ほどのずれが生じているようですね」

「うぅむ。転移や転生という事象の違いだけでなく、時間という概念までも異なるのに、異界の地で再開を果たすとはまこと数奇なめぐり合わせじゃのう」

「……運命、なのでしょうね。思えば前世で勤めていた学園は、そういったオカルトを研究する施設だったのかも知れません」


 俺自身が”転生者”であるという事実は特に近しい数名を除き両親にしか伝えていないが、同じ”転生者”の娘を持つリリティア夫妻には知られているという前提で行動した方が良いだろう。


 本来であればトラブル回避のために自身の胸に秘めて置くべきだったのかも知れないが、前世の記憶を取り戻したのが十才という割と遅めな年齢だったことと、父であるアルマスの治世が比較的安定しているうえ外敵もいないという要因もあり、伝えることでより早急かつ確実な安全対策—―ゲートによる防衛網の強化や水性スライムを利用した水処理施設の建設などの公共事業の実施や各種法整備が行えると判断したのだ。


 そうでもしなければいかに魔法という優れた技術体系が存在するアヴィスフィアにおいても、五年という短い期間でこれほど設備を充実させることなど出来なかったと自信をもって断言出来る。


 両親とはいえ、異世界人であることを他人に伝えるなど短慮であるという意見ももちろんあるだろうが、考えても見て欲しい。


 現代日本という世界的に見ても治安の良い国家から来た凡庸なアラサー男子が、ある程度の権力を持つ第一皇女様とはいえ、か弱い少女に転生した身で出来ることなどそう多くはなかったのだ。


 もちろん中には優れた知能を持ち、正体と実力をひた隠しながら水面下に潜み、それと無く改革を実施する行動力があるものもいるだろう。


 ……だが、俺にそのような秀でた能力は無い。アイヴィスとしての素体の能力がいくら高かろうと、活かせなければまるで意味がなかったのだ。


 都市部ですら汚物やゴミ、生活排水が方々に散乱し、常に不法移民や魔物の脅威に晒され、時には小さな幼児すら強姦被害に合うような治世が、”戦争がここ百年ほど起こっていない”という理由だけで安定した治世であるという歴然たる事実。


 当然それらの被害をゼロにするなどという現実的でない妄言を吐くつもりはないが、それでも出来るだけ早く行動することで救済できる皇民も多くいるだろうと思い、満を持して両親に打ち明けたのだ。


 正直”子供のお遊び”だと断じられ、お叱りを受けても仕方がないと思っていたのだが、当の皇帝自身はあろうことか手を挙げて喜んだのである。


 あのときの全身から溢れ出る、”なんて俺は幸運な皇帝なのだろうか”という父の姿は今も忘れていないし、間違いなく今後も覚えていると思う。


 自身が凡才であると常々おっしゃっていたし、有望な後継者が現れたら即退位するつもりだったのかは分からないが、そこからの父は物凄く良い笑顔で方々に指示を飛ばし、自身は座して待つと言わんばかりに玉座に踏ん反り返ってワインまで嗜むほどだったのだから。


 あ、あれ? やっぱウチの父様って、優秀じゃない? 自身が動かず命令するだけで国家が安寧するならそれに越したことはないし、うん。やっぱり私、しっかりと父様に利用されていますね?


「我儘ついでに優香さんも皇妃に迎えたいのですが、やはり難しいでしょうか?」

「—―なぬっ⁉ たしか優香殿とは、第二皇妃に内定した蒼空殿の姉君じゃったかのう。……はぁ。全く、儂ににて気が多くて困ったものじゃ」

「だ、だってシュアちゃんが張り切り過ぎちゃって――コホン。ま、まぁ最終的に手を出したのは私なので、きちんと責任を取りたいのですよ」

「……うぅむ。正直言って難しい――いや、無理じゃろうなぁ」

「や、やはりそう思われますか?」

「うむ。蒼空殿はいかに”転移者”とはいえどその身分は”平民”であり”難民”じゃからのう。一人ならば”転移者”と縁を結ぶという理由で諸侯を無理やり納得されることが出来たのじゃが、この手段はあくまでも”鬼手”故に、二度は罷り通らないじゃろうなぁ」

「気は進まないけど、優香さんには”愛人”枠として理解を求めるしかないですね……はぁ」

「ほほっ。そうした方がまだよいじゃろう。最悪儂のように、主要貴族の血筋の女性の大半を受け入れざるを得なくなるでのう」

「金言、感謝致します父様。このアイヴィスも父に倣い、妻や愛人たちの尻に敷かれて余生を過ごそうかと愚考致しますね」

「ほっほっほ。夫たるもの妻の大きなには、相応の誠意をもって敷かれるべきじゃ! これこそが夫婦円満の秘じゃのう」


 ははっ。尻とケツをかけるとは、やりますね父様。貴女の最愛の娘として座布団の変わりに、後で母様にお尻が大きいとディスってたことをこっそりと書面に纏めて報告させて頂きますね?


 大丈夫ですよ父様。母様はその程度の悪口で怒ったりなどしませんから。……え? しばらく無視されるかも? あぁ、確かに妻軍団に総スカンくらったらいかに心の臓が剛毛な父様でも、流石に病んでしまわれるかも知れませんね。


 そうだっ! その時は愛人軍団を頼りましょう。きっと父様のことをこれでもかと甘やかし、存分に愛でて下さると思いますよ? ……後のことは知りませんがね、ふふふっ。

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