一章29話 帰還。

「……うぅ。アイヴィスさんが触れたとこ、まだジンジンします」

「ご、ごめんね紫苑ちゃん。何を言っても駄目かもだけど、これでも私、真剣に紫苑ちゃんのレベリングをしてるつもりで……」

「……はい。実際にアイヴィスさんのおかげで、私もレベルカンストすることが出来ました」

「う、うぅ。でもでも三日も掛かったし、結局紫苑ちゃんだけ”ステータス”の段階が上昇してないし、”ジョブスキル”に至っては全く何も変わらなかったじゃん……」

「……それについては私の方で考えがあります。後日アイヴィスさんに協力をして頂ければ、問題なく解決するかと思われますよ」

「—―それほんとっ⁉ だったら後日なんて言わないで、今からしようよっ! 私に出来ることなら何でもするからさっ! ね? ね?」

「……有難い申し出なのですが、私の方の心の準備がまだ出来てませんので」

「そ、そんなぁ~っ⁉ 後生だから役に立たせて? 私役に立つよ? 今回はちょっと成果出せなかったけど、次は頑張るから見捨てないでぇぇぇっ!」


 ダンジョン攻略を開始して三日。初日でレベリングを終えてステータスが二段階ほど上昇した優香さんと蒼空ちゃんは、身体を慣らす目的でコモンスキルの修練に邁進し、徐々に実を結び始めた今日この頃。大口を叩いたくせに最低限の結果しか出せなかった無能皇女こと、アイヴィスです。どうぞよろしく。


 こんなことなら意地なんて張らず、初日に達成目標を想定以上の結果を以て完遂したラヴィニスとシュアにも協力を仰ぐべきだったよね……。


 皇族たるもの時には損切も重要な選択になるというのに、アイヴィスという完成された自身の理想像に不可能など無いなどという盲目的な過信を振り払うことが出来ず、”レベルカンストすることできっと紫苑ちゃんもステータス二段階上昇の恩恵を受けられるはず”という希望的観測を捨てきれなかったのだ。


 その執着のせいで紫苑ちゃんのステータスは規定数値内での成長に留まり、ジョブスキルに至っては一切の変動が見られず、多少コモンスキルの成長は見られたが、彼女の”可能性という選択肢”を狭めてしまったのである。


「こ、こらっ! 紫苑さんのご迷惑になりますので、足に縋りつくのはお止め下さいアイヴィス様!」

「だ、だってぇぇぇっ! 私のせいで紫苑ちゃんがぁぁぁっ!」

「……全くもう。よか年して泣かんでくれんアイヴィス様」

「う、うぅ。い、意地なんて張らずに、最初から二人に任せて置けば良かったぁぁぁっ! うわぁぁぁんっ!」

「ああもう。可愛らしいお顔がくしゃくしゃになってますよ?」

「ほら。今お拭きするけん、此方に来てくれんアイヴィス様」

「あらあら。アイちゃんったら泣き虫さんなのねぇ。沢山頑張ったからぁ、後でお姉ちゃんが良い子良い子してあげるからねぇ」

「あ、あーしだってアイちゃん様を慰めたげるしっ! ひ、膝枕なんてどうかな? な?」

「……アイヴィスさん。もう少しだけ待って下さい。必ずまた、頼らせて頂きますので」

「うん分がったぁぁぁっ! 私、いつまでも待っでるがらねぇぇぇっ!」


 ぐすんっ。……や、やっちまった。精神が肉体に引っ張られているのは前々から感じてはいたけど、流石に情けなすぎるぅぅぅっ!


 気持ちが、感情が高ぶってしまった。努力しても結果に結びつかないことなんて今に始まったことじゃないのに……く、悔しくてぇ……。


 大切なヒトの役に立ちたい。今世においては特にそう感じる場面が多いのだが、出会ってまだ一週間ほどの相手に悔し泣きをするほどに心の比重を掛けているとは、正直思いもしなかったよ。


 濃密な時間を共に過ごしたという側面も多いにあるが、純粋に互いの相性がとても良いのだと思う。


 何せ『好感可視』で数値化した好感度の上昇値がラヴィニスやシュアに次いで大きく、関係の進度が深まる値までの上昇速度も最速だったからね。


 ちなみに最初期から今に至るまで最高値を更新し続けているラヴィニスと、それを追い抜かんと怒涛の勢いで猛追するシュアが居るのだが、この二人に関しては私がどのような失態を見せようが最後まで寄り添ってくれそうなので、そもそも端から心配してはいない。



「たっだいまーっ! 主様のおかえりだよユニちゃん! 出迎えて~!」

「おかえりなさい、主様。どこか沈んだご様子から察するになにやら失敗をなされたようですが、無事の帰還を喜び申し上げます」

「—―うっ。わ、私って、そんなに分かりやすいかな? 泣き痕は自前の治癒魔法でばっちり誤魔化してきたはずなんだけど……」

「ご心配なさらずとも、可愛らしいお顔はいつもと変わりありませんよ」

「か、可愛いだなんて。—―も、もうっ! 皆して気を使ってくれちゃってさーっ! 嬉しいし有難いけども!」

「……流石はユニさん。アイヴィスさんのことをよく見てらっしゃいますね」

「ほんとねぇ。私たちからすると、いつもの元気なアイちゃんに戻ったように思えたのだけどぉ、まだまだ気にしてたのねぇ」

「これこそが……親愛っ⁉ あーしもせっかくアイちゃん様のお嫁さんになったわけだし、ユニちゃんのように理解ある女性にならなければっ!(使命感)」

「……蒼空。先達として一言言わせて頂きますが、アイヴィス様は鏡のような方です。歩み寄る努力も大切ですが無理に笑顔を作るより、自然体のまま写る方が魅力的に感じると思いますよ?」

「そうですね。加えて言うならば、”好意を向ければ向けるほど”同等のベクトルで愛情を注ごうとされる方なので、ただ想うことこそが一番効果的かつ無理のない攻略方法なのかも知れませんね」

「あの、二人とも? は、恥ずかしいから本人の前でそういった考察をしないで頂けませんかね?」


 それに二人の説明だと、まるで私が”愛”をよく理解してないみたいじゃんか! 確かにそこまで経験豊富じゃないけど、”好き”ってことくらい私だって分かるからね?


 ラヴちゃんが”好き好き~”って言葉と態度でいつも表してくれてるのが嬉しいから彼女の”全てを受け入れている”し、”ツンツン”としたシュアちゃんが心の中では”デレデレ”してるのを理解してるからわざとそこを指摘して悶えてる姿を”全力で愛でてる”じゃんか。


 ……あ、あれ? もしかして私の”愛”って、主体性が無かったりします? 相手に依存して、自分で全く発信してる気がしないのですが?


 そういえば私、前世を通して自分から率先して好きだって言ったこと無いかも知れないな……。い、いや。少ないけどゼロじゃ無かったはずっ!


 大学のときにお酒の力を借りて、小学校から付き合いのある女の子を口説いた記憶が薄っすらと残ってるし? 勿論軽く流されましたが、何か?


「主様。お出かけ中に旦那様から使いの者が訪れ、此方のお手紙となるべく早く出頭するようにとの言付けを預かりました」

「え、父様から? 何だろ、手続きに問題でもあったかな?」

「……アイヴィス様。女帝になるとおっしゃっていましたが、その旨をお父上に書面で送ったのですか?」

「勿論さ。ついでに蒼空ちゃんを第二皇妃に迎えることと、参謀に妹のシャルルを付けるようにと要望を送っといたっ!」

「あ、アイヴィス様。そのような大事なことを書面だけで送るのは少々お父上を蔑ろにし過ぎているのでは……?」

「……え? どうして? 父様は私に女帝になって欲しいって常々ぼやいてたし、自身も引退したいみたいだから別に問題はないよね?」

「しゅ、シュアの言う通りですアイヴィス様っ! 仮にお父上が良かったとしても、御兄弟が納得されるかどうか……」

「納得も何も、最終的に父様が判断することだから大丈夫じゃない?」

「あ、アイヴィス様がそれでよろしいのであれば、我々としても構いませんが……」

「……? 二人して、一体どうしたの? え、私何か間違ってるかな?」


 二人しておかしいの。父様がどうしても私を女帝にしたいがために、今実権を握っている主要貴族の大半は私に有効的だし、仮に歯向かおうとしても『好感可視』の力である程度敵は絞れるから問題無いのになぁ。


 いや、待てよ? 確かに今まではそれでうまくいっていたけど、今後もそうだとは限らないか。


 事実今私は失敗をしてきたばかりだし、改めて自身を見つめなおすことで見えてくるものがあるかも知れないな。


 あぁ、やっぱラヴィニスとシュアは最高だな。凝り固まった俺の頭を柔軟にしてくれるだけでなく、きちんと苦言を呈してくれるから有難い。

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