一章20話 大吟醸”夜烏丸”。

「わぁぁっ。このお酒、凄く美味しいですねぇ~。澄み渡るような透明感と言い雑味の少なさと言い、とても良いお酒ですよぉ」

「でしょ? この世界で皇女の立場で出来るあらゆることを試してきたけど、その大吟醸”夜烏丸”は分かりやすい成功例なんだよねっ!」

「お刺身と漬物も最高ですしぃ、まさに天国ですねぇ~」

「マッサージ後は副交感神経が高まって消化吸収が良くなるからね。身体が栄養を欲しがるといったところかな」

「アイヴィス様が知ったようなことをおっしゃっておりますが、本来であれば施術後の食事はもう少し時間を置くべきではありますね」

「……マッサージ、とても気持ちが良かったですぅ~」

「ふっふっふ。うちのシュアちゃんってば高性能だから、按摩マッサージ指圧師の免許皆伝相当の実力があるからね。最高オブ最高なのさっ!」

「アイヴィス様がちょっと何を言っているのか分かりませんが、事実として、”ぽるちおまっさーじ”なる指圧においては皇国有数であるという自負がありますね」

「……優香姉さん。一応言っておきますが、初対面の相手に心を許し過ぎですよ? 今の様子を見る限り、簡単に騙されてしまいそうで不安です」


 確かに言われてみれば、バスタオルで身体を覆っているとはいえボディラインははっきりくっきりと分かるし、どこからみても隙だらけにしか見えないな。


 ふむ。もしかして優香さんってば、蒼空ちゃんよりもチョロかったりしません? 『好感可視』で見たらモロ分かりだけど、どうやら既にシュアちゃん相手に相当気を許しているご様子ですし。


 保護の確約による安心感とシュア効果、更には酔いも回っており、俺に対しての好感度も爆上がりしているご様子。おそらく彼女は典型的な、”お酒弱い女子”なのかも知れませんね。


 義妹となった以上、彼女がお酒を飲む際は十二分に注意しないといけないな。放置しておくと知らぬ間にお腹がおっきくなってしまいそうだし。


「大丈夫だよ紫苑ちゃん。義妹になった以上私がしっかりと見張っておくからねっ!」

「……申し訳ないですが、送り狼になっている未来しか見えないです」

「ガーン! し、信用無いなぁ。……ま、でも確かに三人目の奥さんを迎えようと公言している時点で仕方がないというのは分かるな」

「……しっかりと面倒を見て下さるのならば、別に手を出しても構いませんよ?」

「こら紫苑ちゃん。もしかして貴女も甘酒で酔っているわけじゃあないでしょうね?」

「……冷たい甘酒、とても美味しい。シュアさん、もう一杯貰っても良いですか?」

「もちろん構いませんよ。はい、どうぞ」

「……ありがとうございます。わぁい」

「あ、あれれ~? おかしいぞ~? アルコール分なんてほとんど入ってないのに、紫苑たんってば酔ってしまわれているじゃないですか~」

「……冗談です。ただし甘酒は正義ですが」


 ぐ、ぐぬぬ。どうしてだろう。俺、紫苑ちゃんに勝てる気がしないんだけど? 前世から数えればけっこうな年齢のはずなんだけどなぁ。


 あー、でもそうか。こっちで自我が芽生えた――転生した事実に気が付いたのって十才くらいだったし、実はそうでもないのかも。


 いや、それにしても紫苑ちゃんの倍は年食ってるはず……。良し。この事実は考えないようにしようか。今世の年齢で言えば同世代だし、ね?


「私は変わらないアイヴィス様が好きですよ? 私とシュアが全力で支えますので、いつまでも純真なままでいて下さいね」

「む、むぅ。私のどこが純真なのかは分からないけど、これは性分だからおそらくもう変わらないと思うので、そこは安心してください」

「……ラヴィニス。蒼空様はどちらにおられるのですか?」

「蒼空なら上がりましたよ。足腰が立たなくなったなどと甘えたことを言っていたので、仕方なく脱衣所のベビーベットに寝かせて来ました」

「べ、ベビーベット? ま、まぁ大人が寝ても大丈夫なように大きいサイズにしてあるから問題ないか……問題ない、か?」

「はい。ちゃんとオムツも履かせてきましたので問題ないかと。……それよりもアイヴィス様。そのような些事などどうでも良いので、貴女の従順な妻である私を労うために、”あーん”をして下さいませんか?」

「も、勿論それは構わないけど、蒼空ちゃんに対して遠慮が無さすぎない? そんなラヴちゃんも新鮮で良いけど、側妃に迎えるのに当たってちょっとばかし不安が残るのだが……」

「……私――椿紗の胸を見るなり『可愛らしい』などとほざく輩など、その程度の扱いで十分です。……気にしてたのにぃ」


 あー。そういえば椿紗ちゃんってば、よく胸のことで鈴音に弄られてたっけか。


 個人的には小ぶりな胸も好きなんだけど、コンプレックスに思っている相手にその部位が好きだよなんて、決して軽々しくは言えないよな。


 何よりその頃は今みたいな関係性では無かったし、それどころか一生徒だった彼女にそんなセクハラしたら、最悪逮捕までありえるってばよ。


 ……あれ? もしかして俺、今日本に帰ったら捕まりますか? で、でも転生しちゃったうえに女の子だし? さ、流石にセーフだよな? え、大丈夫だよねっ⁉


「……蒼空姉さんがノンデリでごめんなさい。後できつく叱っておきますので」

「—―し、紫苑様っ! ……お心遣い、感謝致します」

「ま、待って紫苑ちゃん。私が言うのもなんだけど、既にラヴちゃんがやり過ぎちゃってるから蒼空ちゃんのこと許してあげて? ね?」

「……ラヴィニスさんの気が済むのならばそれでも良いのですが」

「はい。アイヴィス様もこうおっしゃっておりますので。もし仮に不満があったとしても、アイヴィス様が満たして下さるのでしょう?」

「ま、任せてよラヴちゃん。妻の有事は夫の有事。男に二言はないからさ! ……今の私はただのか弱い女の子でしかないのだけども」

「……か弱い? 女の子?」

「し、紫苑ちゃんが虐めるっ! どちらかというとこっちの方を気にして欲しいんだけどっっ!」

「仕方がありませんね。アイヴィス様が無自覚なのが諸悪の根源なので」

「え……? あ、あれ? さっきも思ったけど、どうして二人ともそんなに息がぴったりなの? どうして私が悪いことになってるのぉぉぉっ⁉」


 解せぬ。あの人見知りのラヴィニスが、初対面の子と此処まで息が合うなんて……。


 もしかして、蒼空ちゃんって俺と似てたりします? 仮に似ているとするならば、色々と合点がいく部分が増えるのだけれど。


 まぁでもなんだ。割とよく言っていると思うけど、別に悪い気はしないんだよね。


 ……もしかして、俺ってマゾなのかな? 個人的にはエスだと思ってたんだけど。


 ともあれやられっぱなしというのは主義に反するし、失礼を承知でここらで一丁反撃をさせて頂くとしますか。


「ラヴィニス君。キミが何を気にしているのかは分からないけど……私はちっぱいも好きですよ?」

「「…………サイテー」」

「—―あ、あれっ⁉ おかしいな。ここはキュンと来たラヴィニスに思い切りハグされる場面のはずなんだが……」

「……アイヴィスさん。控えめに言っても、ドン引きです」

「忘れていましたが、アイヴィス様こそノンデリ王—―いえ、ノンデリ皇女なのでした」

「ちょ、ちょちょっ⁉ え? 噓でしょ? 私ほど空気読めるヒトってそうはいないと思っていたんだけど……っ!」

「……無自覚って、罪なのですね」

「はい。ですが、こうした面も加味したうえで……愛していますよ、アイヴィス様♡」

「—―ひぁぅっ⁉ え、何それ耳元で言うのずるくない? ていうかラヴちゃんってば健気で可愛すぎんかっっ⁉」

「……策士策に溺れるとは、まさに言ったものですね」


 うん、良し。負けたままでも全然良いやっ! ラヴィニスはマジで可愛すぎるし、紫苑ちゃんには多分勝てないからねっっ!


 それに何にせよ、三姉妹とは仲良くやっていけそうで安心したわ。


 俺と紫苑ちゃん、ラヴちゃんと蒼空ちゃん。そしてシュアと優香さん。これらの波長というかシナジーというか、そういうのが何となく合っている気がするんだよね。


 やはり今世の私の運は、”豪運”超えて”神運”に届いてしまっているかも知れないな。己の才能が恐ろしいぜ……へへ。


 ともあれ阿呆な考察とお風呂はこの辺で切り上げて、セーブルが用意してくれているであろう我が家の食卓を皆で堪能しようではないか。

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