一章19話 吉原姉妹の事情。

「……アイヴィスさんって、肌も凄く綺麗なんですね。そのうえ可愛くてスタイルも良くて皇女様だなんて、凄く羨ましいです」

「ふっふっふ。実は私、運だけは自信があるんだよね。正直言って、運だけには他の誰にも負けないという自負がある!」

「……運という要素もあるのかも知れませんが、それ以上にアイヴィスさんが努力したのだと思いますよ?」

「そ、そうかな? 確かに出来る努力はしてきたつもりだけど、私が妹や紫苑ちゃんくらい思慮深ければもっと上手くやれた気がするんだよねぇ」

「……そうですよ。そうでなければ家令さんや従者さん達にあれほど好かれるはずがありませんから」

「むぅ。なんだか見透かされてるみたいで、ちょっと恥ずかしいな。気のいい奴らが多くてね。こっちとしても凄く感謝してるし助かってるんだ」

「……本当にアイヴィスさんが羨ましいです。それに私など、二人の姉が居てくれなければ何も出来ない、ただの小娘ですから」


 またまたぁ。謙遜し過ぎは要らぬ敵を作るって、リドリーさんも言ってたよ紫苑ちゃん。


 仮に俺が高校生のときに転移に巻き込まれたとして、チートな能力に浮かれ万能感に満たされて、その辺の雑魚魔物に食われていたと思うしな。


 実利的にも地理的にも攻めづらい我が国は、魔の森と火竜山脈からの魔物の襲来を除いては確かに平和そのものと言えるけど、亡命を決断できるほど安全とは言い難い。


 そのリスクを選択出来るだけでなく、事実として俺に接触を図れている以上、紫苑ちゃん相手に”ただの小娘”という評価はまずありえないのだ。


 要するに彼女やその姉妹である二人は、人間こそが一番の脅威であると判断し、それを回避するために危険な冒険者という選択肢リスクを取ったことになるのだからね。


「大丈夫だよ紫苑ちゃん。心配しなくても、私たちがずっと守ってあげるから! こう見えて私、出来ない約束ってしない主義なんだよねっ!」

「――っ⁉ ……あ、ありがとうございます。……ですがやはり、アイヴィスさんって物凄く悪いヒトなのかも知れません」

「え、えぇっ⁉ な、なんで? 今の流れは私にちょっとキュンってくる流れだったじゃんかっ!」

「……いえ。欲しい言葉を頂けて、まさに不覚にも少しばかりときめいてしまったので、少しばかりの意趣返しをしてみました」

「ぐ、ぐぬぬ。ふ、不覚ってひどいや紫苑ちゃん。私ってばこれでもお偉い皇女様なんだぞ?」

「……くすっ。皇女という絶対的な立場なのにそうやってたまに軽口を叩く一面が、皆や私たちにとって親しみやすくて良いのかも知れませんね」

「あ、あの紫苑ちゃん? れ、冷静に分析されるとそれはそれで恥ずかしいのですが……」

「……知りません。さて、洗い終わったので流しますね、アイヴィス様」


 ぐぬぬ。取って付けたような敬称を付けてからに紫苑ちゃんめぇぇっ。


 でもなんだろう。こうやって揶揄われるのって、実はそんなに嫌いじゃないんだよね。何というか、安心する感じがするからさ。


 おそらく紫苑ちゃんも、ずっと張ってきた緊張の糸が解れつつあるのかも知れないね。……事実、最初に会った時よりも笑顔が如実に増えているしな。


 はてさてこれは、責任重大だな。互いの利害の一致という側面が大きいとはいえ、信頼にたる見返りを与えたいというのがヒトの情であろう。


「さて。では今度は私の番だね! レアコースとユニークコースがありますが、どちらに致しますかお嬢様?」

「……コモンでお願いします。何だか嫌な予感がしますので」

「—―ガーン! 紫苑ちゃんったらノリが悪い! せっかくコソ錬してたアイヴィス式マッサージ術~百花繚乱~の出番だと思ったのにぃぃっ!」

「……恥ずかしさという側面もあるのですが、私の姉二人のあられもない姿を見せつけられた今としては、どちらかと言えば恐怖が勝ちますね」

「ラヴちゃんがあんなにはしゃいでいるのを見るのは初めてだから、きっと仲の良い友人に会えて嬉しくなっちゃったんじゃないかな」

「……いえ。おそらくそちらは蒼空姉さんが何かしらの失言をしたせいだと予想が付くのですが――」

「――あぁ、優香さんの方か。確かにちょっとばかし過激に見えるかもだけど、当人もシュアちゃんも楽しそうだから大丈夫じゃないかな?」


 しまった。シュアは器用だし、任せておけば何にも問題は無いと思っていたけれど、流石に”体外式ポルチオマッサージ”はやりすぎているな。


 そもそもシュアにとってのマッサージの基準って俺の偏った知識からくるものが大半だし、そういう意味では俺のせいではあるのだが。


 おそらく未婚であるだろう淑女に、それも義姉となる予定の女性相手に決して施術してよいはずがない。……たとえ当人が幸せそうに恍惚な表情を浮かべていようとも、だ。


 ふむ。こうなったらどうにかして話題を逸らしつつ、折を見てシュアに伝えなければなるまい。


「……そうでしょうか? 胸はもちろん下腹部も必要にあ、愛撫されているようにしか見えないのですが」

「愛撫なんて言葉知ってるの? シュアちゃんって実はむっつりなのか」

「……む。高校生なら当然の知識だとは思いますが」

「なるほど。最近の子は進んでいるんだねぇ。てっきり紫苑ちゃんだけが耳年増なのかと勘違いしちゃった」

「……全く知らないという無知を晒したくなかったので、蒼空姉さんが持つ無数の薄い本を参考にさせて頂きました」

「な、なるほどね。蒼空ちゃんの心境を慮ると少しほろ苦いけど、それ以上に姉妹愛を感じるから悪くはないな」

「……姉妹愛?」

「あれ? もしかして紫苑ちゃん、気付いてない? 同じシスコンの私が言うのもなんだけど、紫苑ちゃんって結構重度なシスコンだと思うよ?」


 前提条件として、それほどまでに信頼していないと、そもそも三姉妹だけで国外へ亡命などしないはずだ。


 紫苑ちゃんほど思慮深ければ召喚された同じような立場の人間を利用して然るべくだし、中には信頼できそうな大人だって紛れていたに違いない。


 それなのに全てを切り捨て自身と姉妹の安全を確保しようと判断し、それが出来るのならばと守るべき姉妹さえも利用して俺—―アインズ皇国第一皇女へと接触を図ってきたのだから。


 それほどまでにがむしゃらになって姉妹の安全を確保しようとしている紫苑ちゃんが、どうしてシスコンでないと言えるのだろうか。いや、間違いなくシスコンである。


 そして何よりもこの私、アイヴィス様のユニークスキルである『好感可視』に掛かれば、紫苑ちゃんの心境など手に取るように分かるのだ。


「より正確に言うならば蒼空ちゃんコンプレックスかな? それに紫苑ちゃんほどではないけど、優香さんもその気があるね」

「……ど、どうしてそう思うのですか? あくまで推測ではなく、これだと断定しているように思えますが」

「あれ? そっか、言ってなかったね! 私の二つあるユニークスキルの一つ……『好感可視』の能力さ! 文字通り、その人が心に秘めている自身や他者への好感度を数値化できる素晴らしき神スキルなのだっ!」

「……な、なんて限定的なユニークスキルっ!」

「ふふっ。確かに地味だけど、有用でしょ? 蒼空ちゃんを側妃に迎えるという選択の要素の一つがこれというわけさ」

「……個人的には無自覚だったのですが、言われてみればそうなのかも知れません」

「ふむ。やはり自分だと気が付かないもんなんだねぇ」

「……はい。正直、困惑しています」

「私の個人的な指標で申し訳ないけれど、紫苑ちゃんは蒼空ちゃんに”恋人に抱く感情値”に向けていることになるかな? 当の蒼空ちゃんはごく普通というか、仲の良い姉妹だという認識のようだけどね」

「……こ、恋人ですか? そ、そんなはずはないと思いたいのですが」

「ふふっ。少なくとも私はそう感じ、蒼空ちゃんさえ抑えれば紫苑ちゃんを手元に抑えられるなと判断したという事実は、まず間違いないよ?」

「……うぅ。私でもそうすると思うので、間違いないのだと思います」


 ふむ。やはり理性的だな紫苑ちゃんは。姉妹相手に恋人に向ける感情を抱いてると指摘されたというのに、軽く動揺しただけ……か。


 これで十六才と考えると、末恐ろしいね。ホント、末永く仲良くしたいと心から思う次第ですわ。


 ま。なんにせよ蒼空ちゃんはうちのラヴィニスが完璧に落としてくれるだろうから、俺としては他の二人と親睦でも深めるとしましょうか。

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