一章16話 皇女様の別荘。
「「「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」」」
「ただいま~。早速で悪いんだけどセーブル、お友達を連れてきたからいつもより多めに食事の準備をして頂戴?」
「畏まりましたお嬢様。直ちに食事を用意いたしますので、準備が出来るまで客間でお待ちくださいませ」
「急なことだったし無理はしないでね。色々と積もる話もあるし、急がなくても大丈夫だから」
「お心遣い、感謝致します。それでしたらまずは紅茶と茶菓子を用意させましょう。—―セイン」
「は、はい!」
「お嬢様とラヴィニス様、お連れのお三方のご案内を任せましたよ」
「わ、分かりましたお父さ――執事長。では皆さん、ご案内致します」
おお。ついにセインちゃんが案内役を任せられることになったのか。
セーブルは自分にも他人にも厳しいけど、愛娘であるセインちゃんには特に厳しく叱責をしていたからな。
不器用な彼にとっては唯一の愛情表現なのだろうけど、正直私だったら一日も耐えられず音を上げていると思うなぁ。
ま、当のセインちゃんがセーブルによく懐いていて嬉しそうにちょこちょこと付いて回ってたし、大切にされてるんだと理解しているのだろう。
「……はい。ありがとうございますセインさん」
「お仕事帰りだとお伺いしております。当家自慢の大浴場なども御座いますので、宜しければ後ほどそちらもご案内致しますよ」
「……お風呂。是非ともよろしくお願いします」
「わぁぁっ。見て見て蒼ちゃん綺麗なお花っ! 私、こんな素敵な庭園初めて入ったわぁぁぁっ!」
「豪華なのに派手過ぎない上品な白磁の噴水に、緻密に計算され植えられた色とりどりの花々……木漏れ日注ぐテラスにはお茶会に最適な純白のアンティーク調のテーブルセット。こ、こんなのもう……お姫様じゃん!」
「あれ? 言ってなかったっけ? 私、一応皇女だよ? 第一皇女っ!」
「アイヴィス様。そもそも私たちは身分はおろか、その素顔すら明かして居りませんよ?」
「あ、そうだったね。なんか妹の前世の友達っぽいし、警戒していた分気が抜けちゃって、ついつい失念していたよ」
「……貴族だとは聞いていましたが、まさかお姫—―皇女様だったとは」
「あっはっは。控え居ろう、実は私ってば……偉いんだぞ? えっへん」
ふっふっふ。我が家自慢の庭園を篤と御覧じるがよい。まぁ全てセーブルが見繕ったものだから俺の手柄でも何でもないのだが。
それにここはいわゆる別荘で、もっと言えば私が所有する邸宅だから実はこれでも質素な部類なんだよね。
アインズブルグの名を継ぐ正当な後継者は基本的に城住みだし、装飾もそれに伴って絢爛豪華なものになるからさ。
とは言え、ご先祖様が美的センスが良かったお陰で全体的に白を基調とした静謐なデザインなのは評価が高い。正直言って面倒な政治やら何やらが無ければ、実は城に住むのは大いに有りだとは思っているくらいだ。
さてさて、そんなことを言ってる間に客間に到着したみたいだな。
色々と今後の対応も含めて紫苑ちゃんと交渉したいし、今日のうちにパパっと決めちゃうとしますか。
「それじゃあ改めて、自己紹介でもするとしようか」
「アイヴィス様のそういう切り替えの早さ、実に素晴らしいと思います」
「「「…………」」」
「……こほん。まず私のことを全肯定してくれる素敵でこの聡明な女性だが、名をラヴィニスという」
「ラヴィニス・リリティア・ツヴァイディグルです。
「……綺麗。それに、おっぱいが大きい」
「せ、正妻ってことは、お嫁さんなの? お姉さん、びっくりだわぁ」
「…………えぅ? 私、もしかして死んじゃった? 天使が、天使様が降臨なされたのですけどっ! うわぁぁぁっ、綺麗過ぎて無理ぃぃぃっ!」
「ご存じの通り、元々は神苑学園に通っていた天条椿紗という名の少女でもあるんだけど、何故この世界に転生したのかはよく分かってないんだ」
「……気が付いてらしたのですね、アイヴィス様」
あらぁ? なにやらラヴィニスさんのジト目が刺さりますねぇ。
でもさ、女性が隠したがってるものを無遠慮に掘り返すのって、流石にノンデリが過ぎない? 俺には出来んて。
それに俺が確信を持ったのって既にラヴィニスに篭絡された後だったし、前世がどうとかって特に関係ないんよね。
ま、まぁ結果として可愛らしい隣人が嫁に来てくれることになったことに、密かに感謝の念を抱いてはいるわけですけども。
「……転生? 転移ではなくてですか?」
「そうなんだよね。多分何らかの原因で私たち、死んじゃったんだと思う」
「私たち姉妹がこの世界に転移した日の丁度一年前に学園で神隠しがあってぇ、行方不明者が数名出たとは聞いたことがありますわぁ」
「私の愛しい椿紗さんが行方不明になったって聞いて私も個人的に調べていたのですが、なるほど。転生という可能性は考えておりませんでした」
「めっちゃ考察してたんだっ⁉ ……ま、まぁ現代日本で転生だなんだと言った所で、ただの痛い”厨二病”患者に認定されて終わりだろうしなぁ」
「アイヴィス様は現在も患っておりますがこの通り元気なので、特に問題は無いでしょう」
「あれ? なんだか懐かしいな、この辛辣な感じ。全肯定するラヴィニスも最高に尊いけど、軽くあしらわれるのも新鮮で興奮を覚えるねぇ」
「人前で盛らないで下さいアイヴィス様。流石の私も同級生に見られながらというのは……恥ずかしいのですよ?」
「ふむ。その表情も実に良いな。それにそうか。一年前ってことは、蒼空ちゃんとラヴィニスは元々は同い年だったんだねぇ」
「おぉっ。何だか新婚さんって感じがするやりとりじゃん。美少女と美女のそういう関係って、激エモで最高なんだよなぁ♡」
蒼空ちゃんってば色々驚きすぎて理解が追い付いていないのか、ヲタクとギャルが綯交ぜになってるな。
皇女様と護衛騎士、しかも女の子通しで結婚していることをすんなりと受け入れてしまってる事実がまた百合豚の闇を感じさせて……ちょっと面白いぞキミぃ。
それに蒼空ちゃん達が一年しか時間が経ってないのに対して、俺は十五年、ラヴィニスに至っては十七年の差が生まれているのも不可思議だ。
日本とアヴィスフィアでは時間の流れが異なる可能性もあるが、転移と転生でまたその違いが生じるという線もありえる。
まぁ、なんだ。後々冷静になれば色々とおかしな点に気が付くことになるだろうし、その時にまた皆で考察するとしようか。
今はそれよりなにより彼女たち――特に蒼空ちゃんを皇国に取り込むことが最優先かつ最重要だからね。
彼女を容赦なく人柱にした紫苑ちゃん辺りは此方側の意図が分かっているだろうし、当の蒼空ちゃんが混乱しているうちにさっさと身の回りを固めてしまうとしようか。
「さて。早速で申し訳ないけれど、まずは蒼空ちゃんを私の第二側妃として迎えようと考えている」
「—―へっ? わ、私? そ、側妃ってな――」
「—―ラヴィニスっ! 椿紗ちゃんとして、蒼空ちゃんをエスコートして差し上げてなさいっ!」
「『変化』。……アイヴィス様は、本当にブレませんね」
「椿紗ちゃんなら大丈夫さ。それに私のユニークスキル、知ってるでしょ?」
「え、え? ラヴィニスさんが、椿紗さんになった……? い、一体どうなって――せ、説明してってば鈴音ちゃんっ⁉」
「あ。言い忘れていたけど私、アイヴィスだよ。アイヴィス・ロゼル・アインズブルグ。ちなみに前世は”鈴音”の義兄で”朱羽”と言い、そこの”椿紗ちゃん”のお隣さんだったんだ」
「—―はっ? ぎ、義兄?」
「それじゃ椿紗ちゃん。蒼空ちゃんのことは、よろしくね?」
「はい。分かりました、アイヴィス様。では蒼空。まずは湯につかり、今晩に向けて身を清めることにしましょうか」
「ま、待って待って待ってくださいっ! あ、椿紗さんってば力強い♡ って、違いますっ! あ、あ。た、たたた、助けて紫苑ちゃぁぁぁん!」
……良し。我ながら完璧な作戦だな。事実蒼空ちゃんはあれくらい強引な方がお好みっぽいから、実にちょうど良い塩梅だと思うんだよね。
椿紗ちゃんに恋に近い憧れを抱いていたようだし、ぐいぐい来られて喜んでもいたし、彼女に任せておけば問題なく篭絡できるだろう。
え? お前はそれでいいのかって? 嫌だなぁ。嫉妬するに決まってるじゃない。でも、それでも。そうまでしても、蒼空ちゃんが欲しい。
それほどまでに『異界通販』の価値は高いのだ。例えば現代の兵器をこの中世ほどの世界に持ちこめたとしたらどうなるか。敢えて何かを言うまでもないだろう。
仮にそうでなくても『日本の製品』を異世界に持ち込めるメリットは非常に大きい。なにせ中世程度の文明に
……ふむ。考えれば考えるほど逃がせない。そしておそらくその可能性も理解したうえで紫苑ちゃんは交渉のテーブルに付いたのだ。
ふふっ。これは中々に骨が折れそうで震えるな。わくわくしてきたぜ。
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