一章15話 特上燻製肉。

「ローズ後輩、お疲れ様。はいこれ、おみや……げ」

「うぇぇっ⁉ つぐみん先輩もしかしてコレ、戦闘中に調理したんですかっ⁉」

「うん。頑張っ……た」

「凄い! 凄すぎるよつぐみん先輩っ! か、カッコいい……」

「岩塩を手に入れるのが大変だった。褒め……て?」

「あ、味付けまでしてあるんですかっ⁉ す、凄すぎる! つぐみん先輩こそ至高! 最速最強のくノ一ですっ!」

「えっへん。私は最速最強のくノ一……だっ!」

「ひゅぅぅぅっ! 流石は先輩っ! 今日も輝いてますよぉぉぉっ!」


 ビバ☆くノ一っ! 黒髪ポニテのほっかむりという王道を貫き、曲線美が眩しい網状の全身帷子を身に着け、濃紺の着物ドレスという先進的なデザインを着こなして胸を張るなんて、流石はつぐみん先輩ですっ!


 もう好きすぎる! 最推しですっ! 見た目もそうだけど、ちょっと言葉足らずで人見知りな内面とかもう女神っ! 女神過ぎてほんと無理っ!


 そして何よりその類まれなる戦闘能力の高さが格好良すぎてたまらないの! ギルドに入って良かったっ! つぐみんに会えて良かったぁぁっ!


「……ま、まるで別人ですね。ローズさんって、よく分からない」

「な、何この感覚。自分自身を鏡で見るかのような、そこはかとなき恥ずかしさと得も言われぬ一種の解放感を覚えるんだけど……」

「あらあら。蒼ちゃんの中学生時代を思い出すわねぇ。いつもああやって推しがどうとか――」

「ゆ、優姉っ! そ、そそそれ以上は死人が出るよっ! 主にあーしっていうねっっ!」

「ローズの嬢ちゃんは最初からこうだったぞ? 会ったころから全く変わらないし、たぶん恥とか感じない人種なんじゃないか? 分からんけど」


 おぉっ。気が付けばいつの間にか『暁の盗賊団』の面々が続々と集まってきているじゃないですか。


 Aランクパーティーだけあって流石に仕事が早いな。そして下位ギルドに剥ぎ取りを任せることによって彼らにも仕事を与え、討伐以外の成果を配る気遣いも欠かしていない。


 ふむ。やっぱりこの人って見た目によらず、相当優秀な人物だよな。何かの間違いで私のお抱え家臣団に入ってくれないかしら? ……絶対に嫌がりそうだから勧誘なんてしないけども。


「—―聞こえてますよ、ヨタカさんっ! それに私にも恥という感情はあります! ただ推しへの愛と情熱が、この小さくか弱い身では抑えきれないだけなんですっ!」

「それにしたって忍者に輝いてるとか、褒めるにしたって言葉を選んだ方がいいんじゃないか? 忍ぶうえでは全く正反対な賞賛だと思うんだが」

「ぐちぐちとうるさいですよ、ヨタカさん。そんな些事などどうでもよいのです。大事なのは今日この時のつぐみん先輩に良い気分になってもらうことなのです! 推しの気分は我が身と同義。よいしょ、よいしょぉ!」

「ほほっ。つまりは理屈ではないということでしょうねぇ。意外ではありましたが、つぐみはローズ様と相性が良いようですからねぇ」

「フクロウさんは分かってるなぁ。ヨタカさんも見習いなさい。……ていうかモズ君ってばその恰好、一体なにがあったのです?」

「……おとりをしたまでは良かったっすけど、逃げ切る前に泥沼に嵌められてたっす。フクロウの旦那の扱いはひど過ぎるっす!」

「あの泥沼を抜けたのですかっ⁉ やっぱモズ君って凄いんですねぇ」

「—―っ⁉ ま、まぁおいらにかかればあれくらいちょちょいっす!」

「ほっほっほ。モズ。それは私への挑戦状と受け取っても良いですか?」

「あっ! い、いやぁこれはその、いわゆる言葉の綾ってやつっすよ!」


 これに関しては賛否があると知っているのだけど、『暁の盗賊団』の中で一番の最強格って、実はモズ君な気がするんだよね。


 いつも危険で困難なクエストを押し付けられている割には必ず生還するし、皆もなんだかんだ文句を言いつつもああして一番重要な囮役をまかせてたりもするしさ。


 実際今回のバーロウ掃討作戦がこんなにも早くあっさりと終わったのって、モズ君が的確に罠の位置まで誘導したからだと思う。


 何よりも私の勘がそう言っている! こういうのって意外と馬鹿にならないし、ピエロってそもそも一番の実力者がなるものだからねっ!


「……ローズ後輩。燻製、食べない……の?」

「今すぐに頂きますっ! 私実は、燻製肉大好きなんですよっ!」

「知ってる。だから用意し……た」

「え、もしかしてこれ私のためだったりしますか……?」

「うん。ローズ後輩のために作っ……た」

「めっちゃ嬉しいぃっ! ありがとうございますつぐみん先輩っっ!」


 うわぁぁぁっ! 何これうまぁぁぁっ⁉ 風味も豊かで塩加減も抜群だし、乾燥具合も言うことなしの完璧超人だっっ!


 この歯応えといい、この舌に溶け出す油の甘みといい、これぞ至高っ! 

今後これ以上の燻製肉などこの世に生まれることはないとまで言えるっ!


 あぁ、つぐみん先輩ってやっぱり女神だったんだ。私女神にあったことってないけど、実はもう目の前にいらしたんですね感謝しますぅぅぅっ!


「……ローズさんが突然ツグミさんに両手を合わせて祈り始めちゃったんですが蒼空姉さん、これってどうしたらいいと思いますか?」

「なんであーしに聞くのっ⁉ ていうかローズさんってば仮面外れちゃってるけど良ーの? か、隠してたんじゃない……の? あ、あれぇ?」

「蒼ちゃん? ど、どうしたの? もしかしてさっきお姉ちゃんが黒歴史突いちゃったのが響いちゃった? ご、ごめんねぇ?」

「……ゆ、優香姉さん? それ謝るどころかとどめを刺しにいってますからね? ……蒼空姉さんも、いつまでぼうけているのですか?」

「あ、もしかして蒼空ちゃんも食べたかった? ね、一緒に食べよ?」


 もしかして私と蒼空ちゃん、趣味だけじゃなく味覚も似てたりする?

燻製肉をぽけーっと眺めたまま、動かなくなっちゃったんだけどっ!


 ま、でも日本人でジャーキー嫌いなヒトなんてそうはいないよな! お酒のつまみとしても最高だし、何といっても肉そのものを味わっているという得も言われぬ満足感がたまらないもんなぁ。


 心配しなくても大丈夫だよ蒼空ちゃん。なにせ”首領バーロウの燻製”だけあって、食い応えはそれは十二分にあるからねっ! どうしてもというなら仕方ない。キミになら少しだけ分けてあげなくもないかな? うん。


「……もしかしてローズさんって、”烏丸鈴音”ちゃん?」

「—―っ⁉ え、もしかして蒼空ちゃん、私のこと知ってるの?」

「や、やっぱりそうなんだ! ということは、リリィさんが”天条椿紗”さんだったりしますかっ⁉」

「—―なっ⁉ な、何故? どうして、そう思ったのですか……?」

「あ、いえ。何と言いますか、その。お、お二人は以前から仲良く一緒にいらっしゃいましたし、あの。……り、リリィさんの仕草が時折椿紗さんのそれと被るなぁって思ったりもしてまして」

「……蒼空姉さんは、天条椿紗さんの重度な追っかけファンなんですよ」

「—―紫苑っ⁉ ……うぅ。あの、実はそうなんです。元々は同じ『学園三大美少女』と呼ばれた優姉を応援してたのですが、敵情視察をした際にあまりの可愛さに衝撃を受け、気がついたらこんな感じでして……」

「あらあら。だから何かと私に天条さんのことを聞いて来ていたのねぇ」

「……あまりにも好き過ぎてオタク卒業を宣言したくらいですからね」

「ほほぉ。つまり蒼空ちゃんは椿紗ちゃんのためにこんなにおしゃれで可愛くなったってことか。……ちょっと嫉妬しちゃうなぁ」

「あ、あ。だからって鈴音ちゃんから椿紗さんを取ろうなんて思ってなどいませんからねっ⁉ 何というか、二人のことをそばで見守りたいと言いますか――はっ⁉ ご、ごめんなさい! き、気持ち悪いですよねこんなの感情っ!」

「いや全然。むしろもっと興味が湧いたかな。ね、蒼空ちゃん。これから家に来ない? 姉妹全員歓迎するから、ね、良いでしょ? 決まりぃ!」


 あちゃぁ。世間って思ったより狭いんだなぁ。リリィは自身が椿紗ちゃんだったってことを殊更隠したかったみたいだから今まで詮索はおろか徹頭徹尾触れてこなかったのに、思わぬところから刺客が来ちゃったな。


 困ったな。事情を知っている以上このまま蒼空ちゃん達を野放しするのは、流石に少々リスクが高すぎる。


 正直言ってあまり気乗りはしないが、ここは少々強引な方法を取らせて貰うとしようか。


 そのためにはリリィもとい椿紗ちゃんにも協力して貰わないといけないし、混乱の最中にある彼女には申し訳ないが、このまま巻き込んで色々飛ばしてちゃちゃっと済ませてしまおうではないか。

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