一章07話 職占の儀。

「……えっ? ちょう、きょうし?」

あるじさまぇ……」

「う、嘘でしょ……? 戦士とか魔法使いとかじゃなく、『調教師』……だとっ⁉」

「間違いありません。アインズ皇国第一皇女アイヴィス様の”天職”は『調教師』であると、女神アイシュタル様がおっしゃられておられます」

「ほ、ほら私ってば臨時だけど先生やってたことあるし、超教師スーパーティーチャーとかのま、ままま、間違いだったりしない?」

「……何かを教え導くという点において、解釈は一致しているのでは?」

「い、いやいやいや! 全然違うでしょ、ユニちゃんっ⁉ 後者は理知的で、前者はその、せ、せせ性的な雰囲気をそこはかとなく感じませんか……?」

「……主様。お言葉ですが、”超”などと付けている時点で知性など皆無だと思います。それに我らが女神様の前で発情されることは、流石の私といえど看過出来ませんよ?」

「は、発情なんてしてないってば! いやほら、ビーストテイマーとかドラゴンライダーとかに比べて何というか、その。……ひょ、表現が、”直接的”過ぎない?」

「……確かにそうですね。調教済みの一覧に”ラヴィニス”と書かれておりますし、あながち主様の仰っていらっしゃることこそが正解なのかも知れませんね」

「――う、嘘だろ? よ、よく見たら『調教師』の下に小さく括弧書きで”ヒト型”って書いてあるじゃん。……え、えっ? もしかしなくても、そういうことなのっ⁉」

「”従属スキル”の欄に『防壁』と『絡雷』って書かれていますので、どうやら”ラヴィニス様の調教”は上手くいったようですね。おめでとうございます、主様」

「――あ、うん。ありがとうユニちゃん……って、冷静に何をとんでもないことを言ってるのっ⁉ そして”従属スキル”って何っ⁉」


 ラヴィニスをシュアに任せ、ユニちゃんに案内をしてもらった聖堂内にて、俺ことアイヴィスの間の抜けた声が響き渡る。


 皇族という立場上警備や守秘義務の観点から貸し切りとなっているため、反響して自身の脳にその間抜け声が返って来てしまうところまでがワンセットである。


 何度も天啓の書かれたアヴィスコードを見直しているのだが、どこからどう見ても『調教師(ヒト型)』という文字が強調表示されているようにしか見えないのだ。


 『調教師(ヒト型)』。ヒト科ヒト属に関わらず亜人や魔人を含むありとあらゆるヒト型の生物を躾け、自身に従属させることが出来る職業。


 個体の知能指数や魔力抵抗などが高くなるほどその難易度は上昇するが、一定以上の水準を満たす対象を調教をすることで、それらが持つスキルなどの権能を”従属スキル”として一部を徴収することが出来るそうだ。


 ジョブスキルは現時点で二つあり、一つは職業の名を関する『調教テイム』である。文字通り生物を躾けて手懐けることで、自身の意のままに操ることが出来るようになるスキルだ。


 二つ目は『習得ラーニング』と言い、従属スキルを徴収することが可能になるスキルだ。基本的には『絶対防御』が『防壁シールド』、『纏雷白夜』が『絡雷ラクライ』というようにランクダウンしたものになるらしい。


 分不相応な力は身を滅ぼすことに繋がるというが、どうやらユニークスキルのままで徴収すると器である俺自身のキャパシティがオーバーして、を孕んでいるそうなのだ。


 ちなみに徴収とあるが実際にスキルを奪うわけでなく、という表現が一番しっくりと来るだろう。


「しかしまぁ注意書きまであるとはねぇ。女神様と言われると途轍もなく遠い存在のような印象を受けるけど、案外当人は真面目で可愛らしい性格をなさっているのかも知れないね」

「……主様? 私の他に誰も居ないので良いですが、流石に不敬ですよ?」

「大丈夫大丈夫。ただの一信徒である私にこれほど懇切丁寧に教えて下さる女神様が、そこまで狭量なわけないじゃない」

「そうかも知れませんが、『司祭プリースト』としては看過出来ませんよ?」

「ぐぅ。誰の目から見ても立派な職業だと思われるユニちゃんにマウントを取られているのですが……」

「おや。主様は、『調教師』が立派な職業ではないと申されるのですか?」

「ま、まさか。そんなことはないよ? 主にレースなどに出るお馬さんたちを立派に育て上げ、多くの大人たちを熱狂の渦に巻き込む素晴らしき職業だと認識してるし」

「でしたら主様ももう少し堂々とされたら良いのでは無いですか?」

「い、いや、まぁ。確かにそれはその通りなんだけど……お、俺の場合はほら対人な上に、は、はは初めての調教相手が嫁だから……っ!」

「確かにそう聞くと、ただただとんでもないことのようにしか聞こえませんね」

「……でしょ? なんか、ニュアンスが変わってくるよね」

「はい。調教進行度”60%”である私としては、少々身の危険を感じています」

「え、何? ど、どういうこ――っ⁉ ……あぁ、本当だ。よく見たらラヴィニス(神聖騎士パラディン)”テイム完了”と書かれた下に、シュア(従者メイド)とシャルル(異母妹いもうと)がそれぞれ調教進行度”98%”と”77%”、それに続いてユニちゃん(司祭プリースト)が”60%”って表記されてるね」

「進行度が表記されると、より生々しく感じますね。……主様は、最低です」

「ま、まいったねぇ。それに関しては一概にノーと言えないほどには、証拠が出揃っちゃってるなぁ」


 努めて冷静に進行してくれるユニちゃんには只々感心するけど、これ他の女の子だったら絶対に幻滅してるよね?


 確かにラヴちゃんやシュア、それにシャルルに聞かれたところでおそらく喜ばれるか呆れられるかの二択な気がするから問題はないと思うけど、普通はちょっと引きますよね? というかそもそも俺が自分に引いているわけですが……。


 しかしそうか。それこそ言葉だけだと『調教師(ヒト型)』って単なるパワーワードにしかならないけど、『天職』と『ジョブスキル』の組み合わせとしては相当に恩恵度の高い有能な職業な気がしてきたな。


 おそらく今晩のシュアとの夜戦で新しく二つの”従属スキル”を入手することが出来るだろうし、異母妹であるシャルルはともあれ、目の前のユニちゃんの能力は後々手に入れるチャンスがあるということになる。


「あの、主様? ゆ、ユニは今、食べられる小動物の気持ちが理解出来そうなのですが……」

「流石はユニちゃん。『危機回避リスクケア』のユニークスキルは伊達じゃないね」

「分かっていても逃げられない状況に絶望しているので、今だけは自身の能力を恨んでいます」

「ふふっ。大丈夫だよ、ユニちゃん。今すぐに取って食べようって気はないから」

「なるほど。つまりは後ほど美味しく頂かれちゃうということですか。全く以て主様は、最低です」

「ふっ。それに関しては色々と魅力の有り過ぎるユニちゃんが悪いね。見た目が可愛らしいだけでなく、三つの強力なユニークスキルに加え、神に一番近い『司教ビショップ』となる器まであるのだから」

「舌舐めずりしながらえっちな目で見ないで下さい。騎士を呼びますよ?」

「ふふふっ。この国の最高権力者たる皇族に逆らう者など居ないし、そもそもその騎士の筆頭が私の嫁なのだから観念するんだね」

「言葉と表情が蛮族となんら変わりません。そして、実は忌諱感がほとんどない自分自身に動揺が隠せません」

「……調教進行度”60%”は伊達じゃないってことか。何というか、私と私の『天職』ってホント、最低だな」


 とりあえずユニちゃんの件は置いておくとしても、現状”調教済み”になる条件として考えられるのが”肉体関係を持つこと”くらいしか分からないのが不安だな。


 物心付く前から共に居るラヴィニスとシュアの調教進行度とやらに明確な差が出たのも、昨晩の営みが大きく関係していることに間違いはないだろうし。


 割といい年になった身で恥ずかしくはあるが、異世界転生といえば俺TUEEEEという王道が好きだったので、今回の従属スキル習得は願ってもないチャンスなんだよね。


 なまじ戦闘には全くといって役に立たないユニークスキルを持つ故に、自身が無双するという夢はとうの昔に諦めていた俺としては、まさに天啓と言えるだろう。


 『調教師(ヒト型)』としての展望は未だ測りかねてはいるが、現在までに行った行動も水面下で何かしらの影響を及ぼしていたことも鑑み、少しずつ向き合って行くことで何かしらの光明に出会えるという可能性に賭けるのも悪くはないのかもな。


 そうと決まればまず、喫緊に迫る今夜の戦にむけての作戦を練らねばなるまいな。


 ほぼ確実に”従属スキル”を得られるであろうという自負はあるが、だからこそ抜かりなく完遂することで自信に繋げ、今後の躍進に役立てさせて魅せようじゃないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る