一章06話 朝チュン皇女。

「ふむ、実に素晴らしい朝だ。前世から輪廻の垣根を超えゆえ知らぬ異世界に転生した意義が今この瞬間を迎えるためであった、そう表現しても正直過言ではないね」


 無事成人の義を終え、懸念されていた事案も少々肩透かしを食うかのように解決した俺は、成人になるまでずっと我慢していた一つの目標を完遂することが出来た。


 少々気合が入りすぎてやりすぎてしまった感は否めないが、『雌雄瞬転』による両性からアプローチ――女性で先んじて男性に中継ぎし女性で抑えるという自身の独自性を生かした、実に多様性のある素晴らしき夜戦になったと自負している。


 いつもは俺より数刻ほど早く起き、騎士としてビシッと完璧に決めているはずのラヴィニス。そんな彼女が産まれたままの姿で幸せそうに眠りこけている現状に心の中でガッツポーズをし、何ならば今すぐ走り出してしまいそうな衝動に駆られるほどの得も言われぬ興奮を覚えているほどである。


 互いに待ちわびていた初夜ではあったが、無理をさせてしまった事実に変わりはないので、その点に限り多少の後悔はある。とはいえ『好感可視』を常に発動させて望んだ以上、まず間違いなく満足して貰えているだろうという自負もある。


 たとえそれを自信過剰だ自意識過多だと言われようが、忘れられない夜の演出には十二分だったとそれなりの確度を以て言い切れるほどの充足感があるのだ。


「漸くお目覚めになられましたかアイヴィス様。昨晩は随分とお楽しみでしたね」

「おはようシュア。うん。御存知の通り、十二分に初夜を堪能させて頂いたよ」

「……はぁ。恥じることなく堂々とおっしゃられるとそれはそれで困りますね。それと今はもうお昼なのですが、ご満足されているようなのでこれ以上は無粋でしょう」

「それもこれも、シュアがラヴちゃんの代わりにずっと警護してくれたからだよ。ありがとね」

「当然のことをしたまでです。ラヴィニスのあられもない嬌声を他の誰かに聞かれるなど、アイヴィス様は勿論のことでしょうが、私としても我慢なりませんからね」

「ふふっ。二人が仲良くて私としても嬉しいな。……あ、それと今晩はシュアの番だから、今から心の準備だけはしといてね?」

「――っ⁉ は、はい。……あん、分かったばい」

「その次の日はユニちゃんに見張りをお願いして三人でしようか。あー、でもあんまり最初から飛ばすと二人が持たないかな?」

「あ、アイヴィス様は少々バイタリティに溢れすぎとー気がする……」

「そう? これでもまだまだ全然自制しているつもりなんだけどなぁ」


 くぅぅ。やはり目覚めにはシュアが入れてくれる、ガツンと苦めのホットコーヒーに限りますな。


 それにしてもまぁ、努めて丁寧語で話すシュアも新鮮だな。何というか、私は意識していませんよっていう姿勢が見えていじらしいというか。


 ケモ耳がピクピクしてるし、ケモ尻尾もフリフリしてるから全く隠せていないのだが、それを自覚なく無表情を装ってる姿をみるだけで今夜の戦の糧になるね。


 ちなみにユニちゃんとは皇室(正確には俺個人)が所有する従属奴隷であり、世にも珍しい一角獣の尾耳族の少女である。


 皇帝夫妻である両親とともに隣国の有名な隷属オークションに招待された際、メイン商品として紹介された彼女のそのポテンシャルに一目惚れした俺が、今までコツコツと稼いできた大枚を思い切り叩いて購入したのだ。


 現代日本の情動教育に携わった身としては正直関わりたくなかったのだが、気がつけばその日一番の大捕物の主演女優となってしまい、隣国でアイヴィスといえば相当に女好き者な皇女であるという不名誉な称号を賜った過去を持っている。


 ともあれ。それら一切を加味した上でそれでも余りあるほどに益があると判断したのだが、今この場では割愛させて貰おうか。


「……こほん。それはそれとしてアイヴィス様。本日は午後より聖堂にて、職業宣託の儀式のご予定となっております」

「あぁ。そういえば今日だったか。……はてさて、どうなることやら」

「アイヴィス様のことですから、きっと周囲を驚かせる結果となるでしょうね」

「それは良い意味で言ってる? それとも悪い意味かな?」

「さぁ。どちらなのでしょうね」

「ぐぬぬ。意趣返しするなんて大人気ないぞ、シュアちゃんめぇ」


 職業宣託の儀式……通称、”職占の義”。敬虔なアイシュ教の教徒である我ら皇国民が成人を迎えた際に、女神アイシュタル様から"天職”とそれに類する”職業技能ジョブスキル”を、『アヴィスコード』と呼ばれる巨大な浮遊する石盤より授かるという天啓の祭事である。


 ”天職”は言葉通り自身にとって一番向いている職業の啓示としての意味合いが強いが、”ジョブスキル”は少々意味合いが異なる。


 言うなれば後天的に手にすることが出来るユニークスキルのようなものなので、それ如何で今後の人生が左右されると言っても過言ではなく、実際に啓示された天職に従事したものはまず間違いなく大成することが約束されているようなものなのだ。


 全てを受け入れる敬虔な信徒を除く一部の者にとって、逆を言えばそれ以外の選択権がないので敢えて他職に就くものもいるが、その多くが挫折や迷走を繰り返した後に元鞘に収まることになるらしい。


 天職はあくまでも一番向いている職種なので他の職業に適正がないわけではないのだが、研鑽することでレベルやスキル所持数が増加する特徴を持つジョブスキルによって明確な差が生まれてしまうため、早い話その道の専門家に遠く及ばなくなってしまうのである。


 ジョブスキルがユニークスキルに勝る点はまさにその方向性の一致であり、極めることでさらなる追加効果が認められるとあっては、下手に抵抗して下知されたスキルを磨かないことこそが”真なる愚の骨頂”と言えるのだ。


 ちなみにユニークスキルも成長の余地を残してはいるが”第一次性徴”と”第二次性徴”の期間のみと機会が極端に短く、その振り幅も個人に依存するらしい。


「さて。それじゃあチャチャッと終わらせてきますか。ラヴちゃん……はまだ目を覚ましそうもないからシュア、面倒見てあげて?」

「……アイヴィス様に盲目という以外弱点らしい弱点がない女騎士がどうやったらこんなに疲弊してしまうのか、今更ながら今晩が少々怖くなってきました」

「そう? ラヴちゃんって割と弱点多い気もするけどな。……人見知りとか」

「……アイヴィス様以外が目に入らないだけで、人見知りではないですよ? アイヴィス様の従者として間もなかった頃の私を一番最初に受け入れてくれたのは、他でもない彼女なのですから」

「もしやと思うけど、俺がシュアに一目惚れしたのに気づかれたんじゃ――はっ⁉」

「ひ、一目惚れ――っ⁉ そ、そうでしたか。それは存じ上げませんでした……」

「あーっ⁉ ちょ、シュアちゃん忘れて⁉ ていうかラヴちゃんもそんな簡単に受け入れちゃだめだと思うんですがっ!」

「……はぁ。良い意味でも悪い意味でも従順ですからね、ラヴィニスは」


 我ながら節操がなくて嫌になるが、どうしたって人には見惚れてしまう瞬間ってあると思うんだよね。


 明確に察知しそれを受け入れるラヴィニスの懐の深さには脱帽だけど、俺の自制心如何でどうにでもなってしまう現状は非常に良くないと思うので、関係を持った以上今後を見据えた意見のすり合わせをきちんとしていかないと駄目だな。


 ふぅ。困ったことに俺は俺が思う以上に惚れやすい性格をしているようなので、シュアという一種のストッパーが居てくれることにも感謝しなければなるまいな。


 それもこれもそれを許される立場と容姿、能力が揃っているのが悪い。全く以て、女神アイシュタル様には感謝と感激の雨あられ。本当に、ありがとうございます!


「それじゃシュア、ラヴちゃん。行ってきます」

「……はい。行ってらっしゃいませ」

「う、うぅん。……あ、アイヴィス様ぁ」

「ぷっ。あははははっ」

「全く。ラヴィニスは呑気なものですね」


 ともあれ皇女たるものがお連れなしで行動するのは問題しかないので、今回はユニちゃんに従者として付いてきてもらうことにするか。


 彼女とも久々に談笑もしたいし、今ラヴちゃんと目を合わせるのは正直気恥ずかしいからね。

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