一章05話 リリティア家。
「ほほぉ。やはり今宵のパーティにおける食事は、アイヴィス様が直々にご提案されたものでしたか」
「流石ですわアイヴィス様。初めて頂く食材ばかりでしたがどれも革新的で、お味の方も大変美味しゅう御座いましたわ」
「ゲートによる防衛網の強化や水性スライムを利用した水処理施設の建設だけでなく食事事情まで改善なさるとか、皇国初の女帝と噂されるだけはありますなぁ」
「ありがとうございますツヴァイディグル卿、そして御婦人。女帝などという過分な評価を頂きまして恐縮ですが、私はただ外敵からの防衛や衛生管理を怠ると、スパイの横行や疫病などの感染症の蔓延に繋がるという旨を次兄に提案しただけなので、正確には計画を煮詰めた次兄と、実際に指揮を取った長兄の実績で御座いますよ」
ふぅ。せっかく人が建前ばかりの貴族社会から逃れんと前世の記憶にトリップしていたというのに、現実に連れ戻さないで下さいよ。まったくもう。
それはそれとしてシャルルに連れられた先で早速捕まってしまったわけだが、流石にこの人達にぞんざいな態度などは許されないだろう。
ツヴァイディグル卿とリドリー婦人。皇家に連なる大貴族であるリリティア公爵家のご夫婦で、何を隠そう親愛なる我が騎士ラヴィニスのご両親だからである。
皇家と関係が強いため、世間では長兄と次兄の実績として記録されている功績の内情を知っており、正直言って苦手なのであまり会話をしたくないというのが本音だ。
「あら。謙遜なされなくても結構ですわアイヴィス様。老婆心で忠告致しますが、行き過ぎた謙遜は要らぬ恨みを買う結果に繋がり兼ねませんわ」
「これリドリー。そこもまたアイヴィス様の魅力であろう。しかし幼き日の
「――ッ⁉ ……そうでしたか、ラヴィニスがそのようなことを」
「あらあら。どうやらアイヴィス様も満更では無いご様子。特に仲が宜しいことは皆も存じておりますし、この機に正式に婚姻なされては如何でしょうか?」
「よ、宜しいのですかリドリー様! あ、あんなに反対されてらしたのに……」
「うふふっ。同性結婚では外聞が悪いという建前で反対していただけで、以前からラヴィニスには好きにするようにと伝えておりましたの」
「……はぁ。アイヴィス様、許して下され。我妻リドリーは若者の恋路に大変関心があるようで、時にこういった悪戯をする少々困った悪癖を持つのですよ」
おいおい。最悪皇国から二人を連れ出して逃げることも想定していたのに、まさに青天の霹靂だな。
裏でこっそりギルドでランク上げて漸く渡航権利を獲得するまで至っていたというのに、正直言ってあまり意味を成さなくなってしまったじゃないか。
両親を除いた特に近しい者――ラヴィニスやシュア、その親御さん以外においそれとユニークスキルを晒す訳にはいくまいし、正直こればかりはどうにもならないものだと思っていたからさ。
しかしリドリー様のお言葉を言葉通り受け取るのならば中々にお茶目な方だと言えるのだが、今回の件でようやくお眼鏡に叶ったと解釈したほうが幾分建設的だろう。子が出来ることも存じていらっしゃったはずなのに、今の今まで頑として首を縦に振ってくださらなかった故に、ね。
……はぁ。まったく貴族ってやつは本音を言ったら負けみたいな神経の削れる舌戦を仕掛けてくるから、本当にまいっちんぐだね。
一応皇女かつ元臨時教師なので帝王学や経営経済学には割と明るいけど、実際の雰囲気や立ち振舞はずぶの素人みたいなものだから、少し手加減をして欲しいものだ。
しかし何というか、リリティア家は家族皆が仲良くて羨ましいね。うちの両親なんて育児は乳母に任せっきりだし、一家団欒の食事なんて一度も取ったことないし、父様に至っては妻軍団と愛人軍団の間をふらふらと行き来しているし、全くやれやれだぜ。
「あら。誰かと思えばアイヴィス様でしたか。”お寿司”と”照り焼き”で私を惹き付けている隙に両親に取り入ろうとするなんて、随分と節操なしではありませんの?」
「これはマリアージュお義姉様。敬愛するお義姉様のお口に合ったようで、私としましても主催者冥利に尽きるの一言に限りますよ」
「……ふん。心にもないことをおっしゃらないで下さいませ。どうせいつものように私を誂って遊んでいるのでしょう?」
「まさか! 私がお義姉様を誂う無礼をするはずが無いじゃないですか!」
「じーっ。……嘘を付いているように見えないというのも、実に厄介ですわ」
「心からの本音なのですが、残念です」
「でしたらもう少し残念そうになさいっ! ……はぁ。ラヴィニスったら、一体この娘のどこを気に入ったのでしょうねぇ」
彼女の名はマリアージュ・リリティア・ツヴァイディグル。リリティア家の長女であり、女性の身でありながら次期公爵と名高いラヴィニスの実姉である。
俺とシュア以外には基本無口で塩対応なラヴィニスと違い社交的だが、何故か俺を相手にするときだけは手厳しいという特徴を持つ。
嫌われているわけではないことは『好感可視』のスキルで把握済みなのだが、如何せんどのような態度を取ってもこの通りお叱りを受けてしまうのだ。
「これマリア。アイヴィス様は名実共にラヴィニスの妻になるのだぞ? お前にとっても新しい義妹となるのだから、もう少し優しく接しておやりなさい」
「……私はまだ、認めていませんから」
「あらあらこの娘ったら。そんなにラヴィニスを取られるのが嫌なのかしら?」
「――ち、違いますのお母様! わ、私はただこの娘の不誠実さが気に食わないだけでして……」
「不誠実? アイヴィス様は以前より変わらずラヴィニスを愛しておられると皇帝からは聞き及んでおるが、違ったかのう?」
「それはそうかも知れませんが、それでもラヴィニスの他にシュアという娘も囲っておりますし……」
「マリア。次期公爵の貴女なら分かるでしょう? 我が公爵家としても皇家と縁を結ぶことは最重要事項のひとつなのですから」
「で、でしたら私が第一皇子と――」
「――馬鹿者っ! 可愛いお前をあのような”顔が良いだけのぼんくら”の嫁になど出来るかっ!」
「……貴方。気持ちは大いに分かりますが、公爵としても父としても、公の場でおっしゃられて良い発言ではありませんよ? アイヴィス様も、そう思われませんか?」
「――わ、私っ⁉ こ、これは困りました。でも確かに私のお義姉様を取られるのは癪ですし、長兄には申し訳ないですが、個人的に公爵様の意見に賛同致します」
「あ、アイヴィス様までそんな不敬な⁉ そ、それに私はまだ貴女を義妹だとは認めてなどおりませんからねっ!」
ご覧の通り、マリアージュお義姉様は重度のシスコンなのだ。しかも無自覚なので、こちらとしてもとてもいじりづらくもいじらしい絶妙のライン取りをしている。
彼女同様にシスコンの自覚が無くもない俺ではあるが、正直言ってその方面で勝てる気は一切しないというのが所見だ。
前提として俺は俺自身が一番可愛く、二番目がラヴィニス、三番目にシュアという確固とした優先順位の元に構成されている。
要するに、次点である
だがしかし、ことマリアージュお姉様に至ってはそうではない。
それこそ一にラヴィニス二にラヴィニス、三四にラヴィニス五にラヴィニスという、まさに圧倒的なステータスを持つシスコンなのである。
というのもラヴィニスさんってば赤ん坊のときから全く泣かず、成長しても一言も喋らず、俺に合うまでは誰ともコミュニケーションを取る素振りが一切合切無かった特殊な子供だったそうで、世話役はおろか両親さえも近寄りがたい独特のオーラを放っていたらしいのだ。
当人からすればそれこそが当たり前だったのかも知れないが、姉として先に生まれたマリアージュとしては大層心配したそうで、寝る間も惜しむほどにつきっきりで面倒を見ていたそうだ。
今でこそ微妙な表情の違いから彼女の全てを理解するまでに至ったと自負していたが、それ故に何の努力もなくコミュニケーションが取れてしまった俺が、嫌いと言わずとも気に入らないのだろう。
俺からすれば逆に何故そこまでラヴィニスの信頼を勝ち得ているのか教えて欲しいほどだが、正直言って約得なのでこの立場を誰かに譲るつもりも毛頭なかったりもする。
それは実姉であるマリアージュお義姉様も同様のため、ならばと距離を詰めようと近づいたのだが、結局のところこういった距離感に落ち着いているというのが現状である。
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