06
初めて幽霊を見た記憶は結構古い。家から幼稚園に行く途中に踏切があって、そこに捻じれた黒い棒きれみたいな人影を見たのが最初だったと思う。
不思議なもので、大体どんな姿になっていても「あー、人間だな」と直感的に思う。私は不慮の死を遂げた人を見ることが多く、動物の幽霊は見たことがない。
幼い頃は、皆には幽霊が見えないなんて知らずに、両親やみちかに「あそこにいる人何だろうね」などと話しかけたりしていた。でもそのうち(あれは他の人には見えないらしい)ということ、それからそれについて話そうとすると嫌がられることがわかってきた。
人生の早い段階でそう気づいたことは、私にとってかなり有利に働いたと思う。特に幽霊はかまうとつきまとってくるものが多いから、無視することがとても大切だ。
幽霊を無視するのも、ポーカーフェイスを保つのも私は得意だ、と思う。少なくともそこそこ慣れている。とにかくなんでも慣れることが大事だ。
むしろ見えることを頼りに、私はこの家に引っ越してきたのだと、そう言ってしまってもいい。
この家に住んでいた人たちが皆死んでしまったのは本当のことだ。塔矢さんはいちいち新聞記事をとっておいたのを見せてくれたし(何でそんなもの保管してるんだろうと思った。几帳面にファイリングしていた)、家の中に誰かがいるというのもわかる。今のところはっきり見えたのはあの女の子だけだけど、たぶん、まだ何人かいる。この部屋にもいる。
でも、平気だ。
みちかが何もわかっていないのなら。
荷物をほどくと、私はもう一度二階に下りた。キッチンやトイレ、バスルームが集中している二階が一番ごたついているはずだと思った。でも佐久間さんはとても要領のいいひとで、私たちが顔を出した頃には大抵のことが終わっていた。
「ねぇ、ちょっとパントリー見て。消耗品とかここに入れちゃったから、適当に使ってね」
キッチンの横に一畳くらいのパントリーがついている。正直「一人だったら全然この中にでも住めるな」と思った。棚の上段は食料品が占め、トイレットペーパーなどは床に直接置かれている。
「佐久間さんが買ってきてくれたんですか?」
「ううん。塔矢さんの部下だって人が来て、色々置いてってくれたの」
助かるけど、素直に喜ぶ気にはなれない。絶対裏がありそうだ――なんて考えてしまう。佐久間さんも微妙な表情だ。後ろからついてきたみちかだけが純粋に嬉しそうなので「家主の人が買っといてくれたんだって」とだけ言っておいた。
「トイペとかはみんな使うから、共同の財布作って補充に当てることにしようか」
「そうですね」
「住んでみてイヤだな~ってことがあったら、どんどん言ってね。あたし、なるべくモヤモヤしないで暮らしたいからさ、そういうの言ってもらった方が助かるな。あたしも何かあったら言うから」
「はい!」
と、私じゃなくてみちかが大きな声で答えた。佐久間さんは一瞬驚いた後でげらげら笑った。わざと明るく朗らかに振舞っているんだろう。さっき二人で話したからそれがわかった。
佐久間さんは美人で頭も性格もよさそうなのに、どうしてこんな家に住むことになったんだろう。
私は、彼女の腰のあたりにまだくっついている赤いワンピースの女の子を目の端で眺めながらそう思った。この子のことは、佐久間さんには言わないでおこう。
少なくとも、今はまだ。
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