05

 ちょい借りがあってね、というのが、佐久間さんと塔矢さんとの繋がりらしかった。その借りは佐久間さんが自分で作ったものなのか、それとも塔矢さんに作らされたものなのか、私にはどちらかわからない。

「ま、もし逃げたって絶対捕まるよ。そういうひとだもん、塔矢さんは……」

 翳りを見せたままの顔で、佐久間さんは手近なダイニングチェアに腰をかける。それから突然、

「ね、寒くない?」

 と私に向かって尋ねる。

 季節は冬の終わり、春のはじめといったところで、今日は暖かい日のはずだ。私は首を横に振った。

「結構あったかいと思いますけど」

「そう……あたしだけかな。なんかこの家の中、寒いの。それに暗いし……やっぱ色々聞いちゃったからかな。でもさ、なんかザワザワするんだよね――ね、ふみかちゃんはこの家のこと、聞いてるんでしょ? 今更だけど」

 私は「はい」と答えた。

「正直きついよね。ああいう話聞いちゃうとさ……近所の人もざわざわしてて、引っ越してきただけなのにもう噂になってるみたい」

 佐久間さんはそう言いながら、自分を抱きしめるようなポーズで二の腕をさすっている。その様子を見ているうちに、ふと尋ねてみたくなった。

「佐久間さんて、霊感とかある感じですか?」

 佐久間さんは一瞬、はっとしたような顔でこっちを見た。すぐにその顔をすっと伏せる。

「うーん……」

 微妙なリアクションだった。(こいつとどこまで情報共有すべきか)を決めかねているように見えた。私が黙って待っていると、少しして佐久間さんは、

「ちょっとだけなら、あるかも……? わかんないや」

 と言った。全然答えになってないと思ったけど、私は黙ってうなずいた。

「とにかくさ、ふみかちゃん、うちら仲よくやろうね。こんなとこに住んどいて人間関係も最悪とかさ、そんなの嫌だもん」

「ですよね」と私は返す。「よろしくお願いします」

「ふみちゃーん、段ボール開いたよぉ」

 三階からみちかの声がした。佐久間さんは立ち上がって「続きやんなきゃね」と言い、ふっと笑った。それから私の耳元でささやく。

「ね、みちかちゃんの耳にはあんまり入れない方がいいんでしょ。塔矢さんとか、この家の色々とか」

「です」

 私はうなずいた。佐久間さん、察しがよくて助かる。

 でも佐久間さんは浮かない顔のまま、「でもさ、いつまで隠しておけるかわかんないな」と言った。

 私は小さくうなずいた。

 踵を返し、三階に戻ろうとする。その過程で一度だけ振り返った。

 そして、佐久間さんの後ろに立つ小さな人影を見た。

(いるよね、やっぱり)

 自分に言い聞かせるように、確かめるように心の中で呟く。

(さっき窓から覗いてたやつ、どう見ても佐久間さんじゃなかったもんね。子供だった)

 赤いワンピースの女の子が、佐久間さんの影に隠れるようにしてこちらを見ている。

 生身の人間じゃ有り得ない角度に首がねじれて、傷口から骨が飛び出している。

 視線が合わないうちに前に向き直って、私は三階に向かう。私があの子を見ていたのはばれていない、と思う。たぶん。

(やっぱり。やっぱり)

 頭の中で何度も繰り返した。

 三階の南の部屋から顔を出したみちかが、「ガムテ全部とった!」と嬉しそうな声を出して笑う。

「ありがとー。早いじゃん」

 私も笑う。何にもなかったみたいな顔をするのは慣れているし、結構上手いと思う。

 みちかには色々知らないでいてほしい。

 私がデリヘルやってたことも、塔矢さんという怖い人のことも、この家のことだって、みちかはずっと知らないままでいてくれたらいいのに。

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