04
「きれいなとこだねぇ」
みちかがため息をついた。三階の南側の八畳間はフローリングに白い壁紙、奥の一面だけ深緑色のアクセントクロスが貼られている。電灯とベッドも備え付けだ。今まで住んでいたアパートとは雲泥の差だった。私たちの段ボール箱は部屋の中に運び込まれた上、「ふみか」と「みちか」にきちんと分けられている。大きめのクローゼットがあるから、そこを二人で使えばいいだろう。
「ふみちゃんさぁ……」
最初はしゃぎ気味だったみちかは、段ボール箱を開けながらだんだん静かになる。またさっきみたいな不安げな様子に戻って、ぴたりと手が止まった。
「なに?」
「ここさぁ、すごい高いんじゃない? 家賃……」
心配そうな目で私を見つめる。
さっき佐久間さんと話していたことでいっぱいいっぱいになっていた私は、みちかに話しかけられたことで少し現実感を取り戻す。
そうか、そういうことはちゃんと気づくんだな、と思う。それもそうか。みちかももう高校生で、いつまでも人形の靴をなくした五歳児のままではない。普段頼りないから、こういうことを忘れがちになってしまう。よくないな、と思う。
「大丈夫。ここシェアだからそんなに高くないの。今までのとこより安いくらいだよ」
「ほんとぉ?」
「ほんとだって。ちょっと用があるから私の箱開けといて。ガムテとっといてくれるだけでいいから」
「はーい」
みちかは「何の用事?」なんて聞かずにガムテープをべりべり剥がし始める。私は階段を下り、二階のリビングダイニングで食器類を棚にしまっている佐久間さんを見つけた。
「佐久間さん、ちょっといいですか」
「ん? なに?」
「家事の分担のことなんですけど、みちかに振らずに私だけに振ってください」
「んん? それだとふみかちゃん、大変じゃない?」
佐久間さんは首を傾げる。
「あいつ、すっごいポンコツだから。いい奴だから色々やってくれようとはするんだけど、結局私が色々やる羽目になっちゃうんですよね」
聞かれる前に先手を打って答える。「障害とかじゃないです。ええと、そういう診断は下りたことないってこと。ただすっごいポンコツってだけで」
佐久間さんは唇を尖らせて私を見、「大変だねぇ」と言った。
「ま、ふみかちゃんがちゃんとやってくれるんなら全然いいよ。あとごめん、あたしからふたつ大事なことあったわ」
佐久間さんの顔から笑みが消える。「塔矢さんに言われてるんだけどさ」
私は彼の、整った冷たい顔を思い出す。
佐久間さんは言う。
「この家でもしも人が死んだら、まず塔矢さんに連絡しろって。警察とか救急には知らせるなって」
「塔矢さんに?」
「変なこと言うよね」と佐久間さんは小さく笑った。「大体なんであの人、こんな家持ってんだろね。この家、塔矢さんの持ち物らしいよ。お金かけてさ、リノベして、あたしたちを探してきて住まわせてる……」
私は今更のように、佐久間さんにも何か事情があるんだろうなと思う。そうでなきゃ会ったこともない赤の他人と、噂の事故物件でいきなりルームシェアなんか始めないだろう。明るくてはきはきしてて、何の悩みもないような笑顔を作ることができるけれど、でも彼女だって何かしら抱えてはいるのだ。きっと。
「あとね、逃げるなって」
佐久間さんが続ける。「最悪どーしても無理になったら塔矢さんに連絡しろだって。はは、やだよね。絶対うんとか言わないでしょ」
「ははは……」
どうしたらいいのかわからなくなって、つられて笑ってしまう。
佐久間さんは冷蔵庫に電話番号を書いた紙を貼り付けた。それが塔矢さんの連絡先だった。
「ねぇ、黙って逃げないでよね。ふみかちゃんたちが逃げたら、あたし、まじで死んだ方がいいような目に遭わされると思う」
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