03

 窓から誰かが覗いている。


 私とみちかが新居にたどり着いたときには、塔矢さんが手配してくれた引越しのトラックがもう到着していた。業者のではなくて、ロゴの入っていないトラックだ。荷物を詰め込んだ人たちもみんな普通の私服で、あまりプロっぽくなかった。

 三階建ての細長い家だった。白とベージュが基調になった外観は、ピカピカではないにせよ結構きれいだ。なんというかよくある感じの建売住宅、明るくて整っていて尖ったところがなくて、たぶん多くの人が「暮らしやすい」と感じるように建てられたような、そういう類の家だなと思った。

「ふみちゃん。新しいおうちって、ここ?」

 みちかが私の手を引っ張った。大きな目は二階に向いている。同じ方向に目を向けたとき、一番大きな窓から人の顔が覗いているのに気づいた。そちらを見ようとすると、すっと引っ込んだ。

「ここって、なんかさ……」

 みちかが不安げに呟き、手の力が強くなる。昨日の夜、段ボール箱だらけの部屋で、みちかは私の左手を握って眠った。その眠りが安らかだったかどうか、私は知らない。ひとの頭の中は読めない。自分の妹だろうが誰だろうがそれは同じことだ。

「はいはい、和氣さんってきみたちぃ?」

 玄関の奥から、明るい茶髪をポニーテールにまとめた女性が顔を出した。私たちよりもいくつか年上だろう。

「塔矢さんから聞いてる? あたし、佐久間楓さくま かえでです。きみたちの同居人」

「聞いてます。よろしく」

 私は佐久間さんに向かって頭を下げた。

 まるで知らない他人が一緒に住むと聞いたのはほんとに直前、さっき荷物を詰め込むときのことで、おまけに電話越しだった。今更ノーとは言えなかった。

 どんな人かと心配していたけれど、幸い佐久間さんは感じのいい人だった。私の第一印象は結構当たる。でも、あの塔矢さんとどういう関係の人かはわからないから、注意するに越したことはない。

和氣わけふみかです。こっちは妹のみちか」

「はーい、よろしく」

「みちか、よろしくして」

 みちかは緊張しているらしく、普段よりもかなりぎこちない感じで佐久間さんに挨拶をした。佐久間さんはそれを「かわいいねぇ」と評した。

「部屋、塔矢さんがもう勝手に決めちゃってんのよ。いい? 三階の一番南の八畳間」

「はい」

「ほんとにふたりで一部屋でいいの? ちょっと狭くなるけど、三階にまだ部屋があるよ」

「ずっと狭いとこでふたり暮らしだったので、そっちの方が落ち着くんです」

「ふーん。大変だったんねぇ」

 一階に洋室が一部屋あり、佐久間さんの部屋はここらしい。出入り口は玄関と、佐久間さんの部屋の窓からもぎりぎり外に出られるかな、という感じだ。もしも地震や火事が起きたら、一階まで降りてこないと脱出できない。

「あとで家事の分担とか、ちょっとしたルールを決めようね。お互い気持ちよくルームシェアしたいでしょ」

「はい。中、結構新しいんですね」

 私は二階のリビングダイニングを見渡してそう言った。

「リノベしたんだって。塔矢さんが言ってた。ちょいちょい傷んでるとこがあるからってわざわざ業者入れてさ……ね、ふみかちゃんは聞いてるんだよね。この家が凄いいわくつきだって」

 佐久間さんはふいに私に顔を寄せ、私だけに聞こえるような声で囁いた。

「リフォーム業者の社員がひとり、ここの仕事が終わった後におかしくなっちゃってさ。行方不明らしいよ、今」

 私は佐久間さんの方を振り返った。佐久間さんは彫の深いきれいな顔に、なんとも言えない笑みを浮かべていた。

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