おぼこいイモ令嬢は、婚約者となったイケメン王子を王にすることにしました

アソビのココロ

第1話

 チェス?

 ううん、好きじゃない。

 だって何手か指せば私の勝ちが見えてしまうもの。


 ティッチマーシュ侯爵家の当主であるお父様が呆れたように言う。


「だからといってフラニーは、イモの栽培がそんなに楽しいのか?」

「楽しいですよ、お父様。やはり実利があるものがいいですね」

「実利ならば商売でも……」

「結果の見えているものは面白くないんです」


 そう、私のスキルをもってすれば、商売で儲けることなど難しくない。


「イモだって、うまく育てられることまでは見えているんだろう?」

「そんなことはないですよ。天候まで完全に読めるわけではありませんし。わあ、変わった形のおイモだこと」


 どんな形のイモに育つかはわからないし。

 いつも私を驚かせてくれる、おイモの収穫は大好きだ。


「そんなフラニーに縁談が来ている」

「そうですか」

「驚かないんだな?」


 スキルに頼るまでもない。

 いかに私が社交と無縁であっても、ティッチマーシュ侯爵家の娘として政略から逃れられるわけはないから。


「選択肢の内にありましたからね」

「どこからだと思う?」

「第二王子セドリック殿下ですか?」

「そうだ。フラニーはさすがだな」


 最悪の予感が当たって思わず顔が強張る。

 超面倒くさい。

 お父様は何を喜んでいるのだろう?


「セドリック殿下は凛々しいお方じゃないか」

「婚姻は凛々しいかそうでないかで決めるものではありません!」

「えっ?」


 何をお父様は婦女子のようなことを言っているのか。

 セドリック殿下の母は正妃パスクアラ様だ。

 しかしパスクアラ様の母国マイラールは、飢饉と一揆が原因で近年国力を落としている。


 王太子争いでセドリック殿下のライバルと目される第一王子ウォーレス殿下は、側妃カミラ様の子。

 カミラ様の御実家テンパートン伯爵家は貿易事業で乗りに乗っていて、侯爵への昇爵も噂されるほどだ。

 お父様はどうしてこんなややこしい事情の縁談を持ってくるのか。

 娘が可愛くないんだろうか?

 大方……。


「正妃パスクアラ様に泣きつかれたのですね?」

「そうだ。あのような美しい女性を泣かせてしまうとは……」


 陛下の奥様ですよ?

 それにしても厄介なことになった。


「お断りするわけにはまいりませんか?」


 ティッチマーシュ侯爵家が断ったとなれば、おそらく王太子は第一王子ウォーレス殿下で決まりだ。

 王子同士の骨肉の争いを見るよりいいのではないか。

 しかしお父様は首を振る。


「それが陛下にも頭を下げられてしまってな」

「おううううい!」


 そういう前提は先に言ってよ!

 陛下直々とあれば断れないではないか!

 ああ、そう言えば陛下は正妃様を大変愛しておられるという話だったね。

 要するに正妃パスクアラ様の子であるセドリック殿下を王位に就けたい思惑か。

 セドリック殿下が王位継承権一位であることには違いないし。

 その後ろ盾をティッチマーシュ侯爵家に受け持たせるという考え方は大いにわかるけれども……。


「明日セドリック殿下と顔合わせだが大丈夫かな?」

「明日ですか。わかりました」

「ここは驚かないんだね?」

「急ぐ理由は理解できますから」


 セドリック殿下を推す派閥は現在劣勢だろう。

 当然私を早めにお披露目したいはずだ。

 というより、ティッチマーシュ侯爵家がバックに付いたことを知らしめたい。


「ところでフラニーはセドリック殿下とお会いしたことはあったかな?」

「八年前の園遊会で一度挨拶させていただきました。その後遠目なら何度か拝見したことが」

「フラニーの記憶力と先読みの力は大したものだけど」


 何故ため息を吐いているのだろう?

 私が王立学校にも通っていなくて人脈も築いていないからか?

 そんな私のところに縁談を持ってくる方がどうかしてるからね?


 ……落としどころとしては、セドリック殿下が公爵として臣籍降下することか。

 第一王子ウォーレス殿下はリーダーシップがあると聞いているし、次期王に相応しいのでは。

 正妃様とセドリック殿下を説得しなければならないな。


 いずれにしても、セドリック殿下とウォーレス殿下が争うことになっては国力が低下する。

 外国に侮られる展開になるのは良くない。

 正妃パスクアラ様の境遇の二の舞だ。

 絶対に避けねばならない。


「明日が楽しみだよ」


 まったくお父様はのん気なのだから。


          ◇


「フラニー嬢とこうやって顔を合わせるのは初めてかな?」

「あばばばばばばば……」


 翌日早速セドリック殿下とお会いした。

 背高い! スマート! 所作が奇麗! キラッキラのスマイル!

 何じゃこれ?


 私が普段見ている性別男の人は、お父様と九歳の弟、家令と執事達とコックと庭師くらいだ。

 セドリック殿下がこんな完全無欠のイケメンだったとは。

 お父様、凛々しいお方で片付けてはいけません。

 いつもイモばかり見ている目には毒だわー。

 こんなに美しいストライクド真ん中が私との婚約を望んでいるなんて。


「フラニー嬢?」

「ももももも申し訳ありません。あまりにセドリック殿下が素敵なものですから、舞い上がってしまいまして」

「ハハッ、そう言ってもらえると嬉しいね」


 正妃様もお父様もニヤニヤしてないで何とか言ってよ!

 私みたいなイモ娘はキラキラ王子を喜ばせるような話題を持ってないんだから!


「僕もフラニー嬢が可愛らしいお嬢さんで嬉しいよ」

「かっかっかっかっ……」


 可愛らしいだなんて!

 確かに今日はうちの侍女達が気合を入れて仕上げてくれましたけれども!

 グッジョブだ。

 後でお土産を買っていかないといけない。


「フラニー嬢は学校に通っていなかったろう?」

「は、はい」

「それは……『先読み』のスキルがあるから?」


 千人に一人程度、スキルという先天的な能力を授かることがある。

 私はそのスキル持ちなのだ。

 しかも『先読み』という、小さな手掛かりから各種事象を先々まで言い当てることができる、極めてレアにして有用なスキルである。


 ただし私がスキル持ちであることを知る者は多くない。

 何故なら私は自分の『先読み』を悪用されることを恐れたから。

 通常スキルは洗礼式の時に教会で判明するが、私は洗礼式を欠席した。

 既に『先読み』を使いこなしていたので、バレた時の騒ぎを嫌ったから。


 王立学校にも通っていなかった。

 一を聞いて百を知る私には、学ぶことが特にないと思われたから。

 私の異常性を嫉妬されたり称賛されたりするのも、適当に手を抜くのも違うと思ったから。

 私はイモを相手にしていれば楽しかったのだ。


「そうですね。でも『先読み』のスキルって大したことないんだなと、今思い知らされています」

「それはどうして?」

「……言えません」


 セドリック殿下から縁談が来ることは予想の範囲内だ。

 そして私のような他とほとんど交流のない者に釣り書きを寄越さざるを得ないほど、セドリック殿下は次期国王レースで劣勢なのであろうということも。


 王様に愛される女性なんて美人に決まってるから、その子セドリック殿下が相当な美男子であることだって当然だ。

 でも私が美男子にこんなに弱いとは読めなかった。

 というか知らなかった。

 初めて体験することはわからないものだ。

 はあ、セドリック殿下美形。

 心臓の鼓動が痛い。


「……殿下は私が婚約者でよろしいのですか?」

「もちろんだよ。僕のフィアンセとなることを承諾してくれるのかい?」

「はい」


 正妃様とお父様が手を取り合って喜んでいる。

 私こそありがとうだ。

 セドリック殿下のような美しい方が婚約者だなんて。

 天にも昇る気持ちとはこのことか。

 お返しに私ができることは何だろう?


「セドリック殿下は何かお望みはありませんか」


 私の『先読み』のスキルで絶対に何とかしてみせる。

 言ってみてください、ほれほれ。


「殿下、というのはやめてくれるかな? フラニー」

「はわわわわ……」


 その笑顔で名前呼び捨ては破壊力が強過ぎる!


「で、ではセドリック様と」

「ありがとう、フラニー。フラニーが妻になってくれることだけで十分だよ」


 うわああああああ! 顔熱い!

 せっかく侍女達が施してくれた化粧が溶ける!

 ラブですセドリック様。

 何でも願いを叶えますからという、神様か悪魔みたいなことを私は考えているよ。


 ……一つ確認しておかねばならないな。


「セドリック様は王になりたいのですか?」


 正妃パスクアラ様の意思は、ティッチマーシュ侯爵家に縁談を持ってきた以上、見え透いている。

 セドリック様個人の意思はどうか?


「そうだね。僕は王になるために生まれてきた。今まで受けてきた教育も、そのためのものだと思っているよ」

「そこまでの気概でしたか。わかりました。私がセドリック様を必ず王太子としてみせます!」


 正妃様とお父様が驚いているようだが、余裕がなくて構っていられない。

 私はセドリック様を王にしなければならないのだ。

 幸いこの縁談には陛下の意向でもあるという。

 セドリック様の王位継承権は一位だ。

 指導力影響力さえ見せ付ければ、必ず逆転できる。


「一〇日間ほど王宮図書館の閲覧許可をください。それから政治、外務、法律、農・工・商業、貴族の人間関係の専門家をお貸しくださいませ」

「わかった」


 ミッション:ウォーレス殿下をセドリック様と表向き争わせず、後継者レースから蹴落とすこと。

 私の政略と行政の手腕を披露してくれる。

 そうすればセドリック様は私を手放せない。

 ウィンウィンだ!


          ◇


 ――――――――――半年後。


 正妃パスクアラ様の地位を上げないと話にならぬ。

 パスクアラ様の祖国マイラールに私の品種改良したイモを導入、よく育ちかなりの収量が見込めることがわかった。

 この『パスクアライモ』は数年で荒れたマイラール全土に広まるだろう。

 食料事情解決の救世主として、またマイラール王家の威信回復の起爆剤として期待されている。


 またマイラールとの交易を多くした。

 人道支援を名目にすれば反対が出づらく、第一王子ウォーレス殿下の母側妃カミラ様の御実家テンパートン伯爵家を交易に咬ませれば喜んで協力してくれた。

 この関係は彼我にメリットがあるようで、実はセドリック様に利が大きい。

 もちろん儲かるのはテンパートン伯爵家だが、セドリック様がウォーレス殿下やテンパートン伯爵家に命令を出している格好になるからだ。


 徐々に中立派の貴族がすり寄ってきた。

 計算通りだ。

 あらかじめ立ててあった、各領主貴族用にカスタマイズした産業振興策を授けてやる。

 するとそれが噂を呼び、セドリック様派になる貴族が増え、やがて圧倒的になった。

 調べさせていた貴族間の拗れた人間関係にも介入して解決に導き、セドリック様の名声を高めた。


 ここまでくればウォーレス殿下は相手にならない。

 勝負は決まった。

 セドリック様の勝利だ!


 正妃パスクアラ様とセドリック様を目立たせることを目的としてたため、あえて私は前面には立たなかった。

 しかしセドリック様の影響力が強くなるに連れ、その婚約者である私の実家ティッチマーシュ侯爵家もそれなりに重要視されてきた。

 お父様も忙しく立ち回っている。

 私をこんな運命に巻き込んだ罰だ。

 ありがとう、そしてしっかり働け。


「フラニーが『先読み』のスキル持ちだと知ったのは偶然だったのよ」


 パスクアラ様がしみじみ言う。


「ティッチマーシュ侯爵家の引きこもり令嬢を調べさせていたらね」

「そうでしたか」


 私がスキル持ちであることを知る者はごく小数だ。

 でも王家の調査が入っては隠せないだろうな。


「これほど鮮やかな手並みを見せられるとは思わなかったわ」

「まだ終わりではありません」


 数日後、セドリック様は立太子される。

 第一王子ウォーレス殿下の処遇をどうするかは一番の問題だった。

 結局テンパートン伯爵家を公爵に昇爵した上、ウォーレス殿下に継いでもらうことにしたのだ。

 セドリック様が首をかしげる。


「兄上の扱いはそれでいいのか? フラニーから見ると」

「ベストですね」


 テンパートン伯爵家としては、側妃カミラ様の子ウォーレス殿下を王太子にすることはできなかったものの、二段階昇爵で大喜び。

 私の見るところウォーレス殿下はかなりの人物だ。

 おそらく王となっても歴代有数の傑物だったんじゃないかな。

 加増して公爵としての仕事を押し付けて、中央の政治からは離れてもらおう。


 一方でウォーレス殿下自身のカリスマ性は、低姿勢に出ることも必要とされる商業にはあまり向いてない。

 王の中の王たる資質は、テンパートン家の家業である貿易とは相性が悪いと思われる。

 現伯爵の方針と衝突して燻ってろ。

 ウォーレス殿下には申し訳ないが、私はマイダーリンセドリック様の煌々たる治世を現出しなければならないのだ。

 必要のない因子には消えてもらう。


「インフラの整備、税制改革、軍制改革、基礎研究への投資等その他諸々手を付けたいところはありますが、急激な改革は反発も呼びます。セドリック様が王位に就いてから緩々と進めていけばよかろうと思います」

「フラニーはすごいわ。陛下と宰相が感心していましたよ」

「フラニーはいいのかい? 君の功績が全く喧伝されていないのだけれど」

「私はセドリック様を王とし、その治世を支えることが望みです」

「何か欲しいものはないのかい?」

「もう欲しいものはいただいておりますから」


 セドリック様が私のものなのだ。

 こんなに贅沢なことがあるだろうか?

 セドリック様がニッコリする。

 何という眼福!

 ありがたやありがたや。


「では僕は生涯の愛をフラニーに誓おう」

「はうっ!」


 美人は三日で慣れるという。

 それは正しいのかもしれないが、美男は三日じゃ慣れないわー。

 一生かけても慣れる気がしないわ。


「お酒は大丈夫かしら?」

「強くないものならば、はい」

「フレッシュな果汁で割ったものに最近凝ってるの。飲みやすいのよ」


 お酒が運ばれてくる。

 ああ、柑橘のいい香りがする。


「君の美貌と知性に乾杯」

「はわわわわ……」


 じっと見つめてくるセドリック様と目を合わせられない。

 美貌と知性って、割合は〇・五:九・五くらいなんだろうけど。

 もっと偏ってるかな?

 まあいいや、私は大満足だ。

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