1-2 退屈な喪中の終わり

 今日のアメリアといえば、すこぶるご機嫌で朝から愛らしい笑みを家中の人間に振りまいていた。どうして機嫌が良いのかといえば、実に一ヶ月ぶりに舞踏会へ行くお許しがでたからで、久しぶりに〈ネザーブルック〉を覆い尽くす曇天が晴れ、太陽の暖かな日差しが家全体に舞い込んだかのようだ。アメリアは鈴の鳴るような声色で流行りの歌を口ずさみ、五分置きにマントルピースの上の時計を確認し、すれ違う使用人全員に抱きつき、キスをして幸せをお裾分けしていた。

 まさか一ヶ月前に名前も顔も知らない、遠い親戚の葬式に参列したおかげで、こんな苦汁を飲まされる羽目になるとは一体誰が想像できただろう! 舞踏会は毎週のように開催されているというのに、その中心たるアメリア・スレイターが参加できないとは!

 その葬儀自体も退屈で欠伸を噛み殺すのがやっとで、アメリアはどうにか翌日の舞踏会を思い描くことでこの苦行を乗り切った。アメリアの中では故人が棺に収まった時点でこの陰鬱でつまらない葬儀はおしまい。明日からはいつもの日常が始まると思っていたのに、どうやら世間一般ではそういうわけでもないらしい。翌日になってみれば、ソフィーに招待状を取り上げられ「お葬式もすんだばかりだというのに舞踏会になんて行かせませんよ! まだ喪中でしょう!」と、ぴしゃりと言い渡されたのだ。アメリアはしばらく失意と絶望に襲われ、小さな体は引き裂かれんばかりだった。

 アメリアがその瞳に涙を浮かべて泣きついてみてもソフィーは「世間体が悪い」の一点張りで、その日は部屋に閉じこもり、ベッドに突っ伏しながら悲嘆に暮れてさめざめと涙を流した。何よりも辛く悲しいのは、自分のいない場所で何やら楽しげな物語が進行し、かたや自分は部屋でいじけるしかないという事実。丘の向こうでは今日も弦楽団が往年のワルツや流行りの新機軸を披露して、娘たちは色とりどりのドレスに身を包み、意中の人の腕に抱かれながら軽やかなステップを踏んでいるというのに! それを想像すると、無念やら悔しいやらで頭がおかしくなりそうだった。

 あんな下手なステップしか踏めない馬鹿娘よりもわたしの方がよっぽど体重を感じさせずにステップが踏めるし、誰よりも美しく着飾れるのに! 空席の女王の座に我こそはと名乗りをあげて、さも女王同然に振る舞う娘たちを想像するとアメリアはいよいよ我慢ならなくなって、ちょうど目についた陶器の花瓶をドアに投げつけ、それを粉々に叩き割った。

 

 しかし、そんな苦汁を飲まされるのも今日でおしまいだ。今朝、父――ブライトン家を訪問するための旅支度をととのえていた――に半ば泣きながらすがりついた結果、ついに舞踏会に参加するお許しを頂けたのだ。喪が明けるには少し早いくらいで、どうして急に許しがでたのかと使用人たちは顔を見合わせながら首を傾げたが、その裏にはこういった事情がある――。

 葬儀が明け、喪に服してからというもの父ジョージ・スレイターは紳士という紳士に出会うたびに「ミス・スレイターは一体どうして舞踏会に参加しないんです?」と激しい質問責めにあっていた。それは年齢、場所を問わず、驚いたことに、時には初対面の紳士にでさえ質問されることがあった。紳士たちはお決まりの質問のあとには「ご息女がいないと退屈で仕方ない」とか「彼女がいないのなら舞踏会なんて行く価値もない」とか、思い思いの言葉を繋げて、いかに社交界がアメリア・スレイターを熱望しているのかを長々と説明してみせた。それだけであればジョージの堅牢な道徳心は崩れることはなかっただろう。しかし、ここ数週間というもの、ついにはアメリアを毛嫌いする貴婦人までもがジョージに泣きつき、どうか参加をお許しくださいと懇願し始めたのだ。「ミス・スレイターがいらっしゃらないと折角招待した方々が一曲も踊らずに帰ってしまいますの」と説明する声は屈辱に震えていたが背に腹は代えられないという覚悟が滲んでいた。それから極めつけには愛娘の涙――そんなわけで三方向から攻められた砦は今朝ついに瓦解し、アメリアは晴れて自由の身となったのだ。


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