第1話 渋谷の街 瑞葉

 渋谷駅は複雑な駅だと感じていた。小さい頃から、この駅を使うことが多かったが、それでも、乗り換えの時や渋谷の街で遊ぶ時、この駅で電車を降りる度に、駅の中をぐるぐる歩き回っている感じがする。


 鹿島瑞葉かしまみずはは都内のA大学に通う。大学一年生だ。演劇部に入り日々その活動を楽しんでいた。一つ上の先輩である恵人けいとがお気に入りの先輩だった。恵人はだいたい誰にでも優しく。瑞葉にも入部当初から優しく接してくれた。瑞葉は入部して、すぐ彼を好きになった。

 彼女が少し気に入らないのは、恵人は彼女に対して、やさしく、彼女も彼のことを大好きなのに、彼は一つ年上の慈代やすよばかりと仲良くしている気がした。

 他の先輩女子からも「恵人はだめだよ……慈代さんがいるから……」と釘を刺されていた。しかし、好きになってしまったものは仕方がない。何とか、うまく距離を取りながら、恵人と付き合っていきたいと思っていた。そうでなければ、演劇部に居場所がなくなる気がしていた。


 まだ大学生としても演劇部員としても新入生の瑞葉からすると、一つ上の学年は大先輩で、二つ上の先輩たちは俳優さん、女優さんという感じだった。いろいろなキャラクターはあるにせよだ。

 入部して、まだ日の浅い彼女にとって、二つ上の浅香晴美あさかはるみ、中澤慈代は大先輩であり、声を掛けるのもはばかられる存在、そして、声を掛けられると緊張するほどの存在だった。

 特に浅香晴美は、どこかの劇団にも所属しているらしく、その美しさも舞台での演技も女優のレベルであった。本当の女優さんが目の前で演技するところを見たことはなかったのだが……

 それでも、特にこの二人はその美貌もることながら、何かオーラを背負っている感じがあった。


 恵人を好きな瑞葉にとって、彼を好きな以上、慈代はライバルになる……大先輩の女性がだ。


 瑞葉の同級生で彼女と仲のいい木原芽衣きはらめい。いつも一緒にいた。大学の学部も同じで一緒に演劇部に入った。芽衣は瑞葉に言う。

「好きになっちゃったら、どうしようもないよね。だけど、慈代さんがライバルっていうのはきついよね」

「仕方ないでしょ」

いつもそんな応え。普通に考えたら慈代をライバルなんていうのが普通ではない。もし、恵人を好きにならなければ、こんな強敵をライバルなどと思うこともなかっただろう。


 こんな感覚は今までの人生で感じたことがない。自分の好きな男性より、自分のライバルになる女性の方への意識が半端ない。自分自身の気持ちからも、周囲の視線からも、とてつもない圧を感じる。

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