第9話 英雄は再び来襲する

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《2国間での緊張は一層高まりを見せており…》


 翌朝。いつも通り早く起きると、朝のニュースが今日も世界情勢を伝えている。


「…よし。パーツの嵌め合わせの力加減、大分調整出来るようになって来たな」


 世の中の不安定さが、あの恐ろしく強い英雄野郎を呼び寄せてる原因なのか、少年には把握しきれないが、手の届かない所の話に、首を突っ込んでる暇は無い。


「ミノタウロスだって、プラモデル作れ……るっと」


 今は、今出来る、自分で決めた事を。

  


「よぅしおはよう!」

【ンモォ〜!】

【ンン〜】

「ちょっと待ってろー。トイレ掃除しちゃうからなー」


 今日もまた、顔を洗って水色のツナギに着替え、長靴を履いて牛舎に迎えば、少し牛達の排泄溝の匂いが来ている。

 そんな中でも、牛達はお構いなしに、蓋に脚を乗せるのだから。


「よっと」

【モォ……?】


 500kgの巨体の脚を、少し持ち上げて、退かさせてもらった丈一。


「悪い。今週は朝ちょっと忙しいからな!」

「ちょっと丈一アンタ!「しゃーない。出来るならやんねーと!」……」

「今牧草持ってくっから待ってろ〜!」


 堂々と母久美に目撃されたが。もう取り繕う必要は無い。

 元から知っているからとかではなく、一々隠さなくたって良いんだと。

 俺に出来る事を、俺の意思でやろう。

 それを決められるのは、俺だけなのだからと。






「で、ジョー、どうするの…?」

「ん……とりあえず、毎日体調を万全にしておく」


 朝飯もたっぷり食べて、桜子と共に登校途中の信号待ちで会話する丈一。

 心なしか前までより近い位置で、自分のバイクの隣に止まる桜子に、少々気恥ずかしくなりつつも、一つの考えを、頭の中で纏めていた。 


 祖父源二から聞いた、ヘラクレスという英雄についての、四箇条。


①先ず、奴が現れると、他のモンスター達は気配に慄いて、ラビリンスに侵入する事は無くなる。つまり次の襲来も、絶対にヘラクレスであるという事だ。


②一方で、奴の襲来は今までのモンスターの様に、現界への影響で分かることは無いという。故に今は源二が、歴戦の肌感覚で、あれからずっと、ドアの向こうで二度目の襲来を見張っている事。


③ヘラクレスの狙いは十二の試練が一つ、クレタの牡牛、俺達ミノタウロスの討伐であるが故、気紛れに直ぐに来る事もあれば、最後の試練に回す事もあるという。コレはつまり、絶対的な自負の現れという事。


④そして、奴は『モンスター』ではない。つまり、ラビリンスの軛に囚われず、ミノタウロスを討つ為がだけに、現界に現れる危険性がある事だった。



「……また、あのめちゃくちゃ強いのと戦うの…?」

「ん」


 学校に着いて、駐輪場から玄関までの道すがら、不安な声色になる桜子。 

 前回の戦闘は、見ている方が痛々しかっただろうし、再戦を望む自分は、桜子にはただただリベンジマッチがしたいだけにしか、見えないだろう。


「で、でも、ジョーが頑張るなら私も「じいちゃん、多分差し違えて死ぬつもりみたいだからさ」!えっ…」

「正直、初めて俺が変身した時も、ただのモンスターにさえ一杯一杯だったんだ。それがヘラクレスなんて、普通ならまともにやったら死ぬ。それでもあの時アレだけ動けてたのは、生命削ってんだと思う」

「そんなに……なら私が!私がやるよ!ジョーのおじいちゃんの回復が出来れ……あ、そうだ…」

「あぁ。桜子も母ちゃんと紅葉さんから聞いたろ」


 大牛人と鴉巫女は、番同士でしか力を与えられん。

 源二は厳かに、孫に教えた。

 今思えば、桜子と二人、祖父の見舞いに行った時の、何かを悟った様な顔は、この事だったのだろうと、振り返る。


「じゃあ………どうすれば良いのかな?」

「ん。それは、もう決めた。ーーーーっ」


 悩む桜子に、耳打ちする。

 その一つの案に、桜子は。


「…ふぇっ!?」


 漸く、いつもの若山桜子らしい間抜けたリアクションで、驚いてくれた。

 後は、ただ。


「文化祭の準備、きっちり熟しとかないとだな」



ーーーーーーーーーー





「よ、よーし!私も頑張ろ!」

「どうしたのさっちゃん?」

「あ、あははゴメンね楓ちゃんなんでもない…」


 自分のクラスで一人勝手に奮起したら、楓に心配された桜子。

 自分達のクラスはフライドチキンの屋台で、桜子は揚げる係を受け持っている。

 今日は最後の試食の時間だった。

 ちなみに唐揚げとフライドチキンの違いは、肉に味を付けるのが、唐揚げ、衣に味を付けるのがフライドチキンである。


「なんか、今日のさっちゃん元気だね。斧田君となんかあった?」

「ふぇっ?な、なんでジョーなの」

「うーん、友達の勘?」

「そうなんだ……えっと…ね、実は…ジョーと、付き合う…様に、なれたんだ」

「!」


 驚いた顔をする楓。

 あまり恋バナ等をする間柄ではなかったからか、少しいきなりだったかと思う桜子。

 しかし返って来たリアクションは。


「まだ…付き合って無かったんだ!?」

「えっそう見えてたの!?」

「そりゃそうだよ〜毎日一緒に帰るしさ〜!」

「あっそっか……」


 しかし漸く、誤解でもややこしく見えるわけでもなく、堂々と付き合っていると言える様になったのは、ずっと一緒の仲だって言える様になれたのは、大きく一つ、前進したと、噛み締められた、桜子だった。


「幼馴染から恋人になるってどんな感じ?」

「そ、それは…」

「すっごい気になる…!」


 楓が恋バナだとグイグイ来るタイプだった事に面食らい、一旦退散する事に決めた、桜子だった。


「キッチンペーパー足らないから家庭科室から取ってくんね〜!」

「あっ!」


 






「そっか楓ちゃんは恋バナ好きだけど抑えてるタイプだったんだ…!」


 一息吐いて、家庭科準備室の近くまで小走りで来た。

 すると、前から女子が一人、歩いて来る。 

 長身のスタイルで、胸だけは出ている自分からと真逆だなぁと、少し羨ましく見惚れていれば。

 いつの間にやら、詰め寄られていて。


「……アンタ、斧田の幼馴染だよね」

「?…あ、確かジョーのクラスの子…?」

「ねぇ、斧田、佐野に何したん?最近全然アタシ等とも話さないしでずっと一人でさー……」

「私に言われても…?」


 急な詰問に、困惑するも、不安気な雰囲気を感じ取る桜子。

 しかしあのお節介な幼馴染の事故に、何か考えがあって、行動に移したのだろうという気はしていた。


「アイツ他人の事に首突っ込み過ぎなんだよ。ウザいわ……ボッチはコレだから呑気だよな…」

「呑気……でも無いよ」


 思わず言い返した。

 目線はかなり高いが、逸らしたくはなくて。


「何、幼馴染だから庇うんだ」

「うん。幼馴染だし、大切な人だから。でも、ジョーは、首突っ込みたくない事でも、突っ込む人だから、呑気に見てるだけってのは、絶対にしないよ」

「っ……あーウッザ。もういいや、アンタ等とアタシ等じゃ生きてるトコ違うみたいだわ」


 そう言って、去っていった。

 恐らく、佐野という男子の事が好きなんだろうと、桜子は思う。

 好きな男の事が心配になる気持ちは、自分も良く分かるだけに。


 何故なら、自分好きな男の子は、自分以外の皆を、心配しているのだから。
















ーーーーーーーーーー


「フッ…はっ!!……何が正解か、よくわかんねぇな」


 牛舎から離れ、山を降りての住宅地近くの公園。

 というのも名ばかりで、特に遊具も無く芝生が広がっているそこで、丈一は明け方に一人、木樵の『斧』を振っていた。

 兎に角速く、斬撃を加えられる様に。


「軽々しく振れるとはいえ…当たらなきゃ意味が無い。何よりヤツの超スピードだ…」


 再生能力と、速度の化け物というヘラクレス。

 攻撃を当てるのは容易では無いだろう。

 恐らく、完全に追い付く事は直ぐには無理だと腹を決める。

 ならばやはり、ヒットするその瞬間の、瞬発的な速度だけでも合わせられる様にならなければ、勝機は無い。


「瞬発…ダッシュ……ん」

「ッ………ッ…」

「あれは……佐野?」


 広い公園の反対側に、ランニングする人間の影が、うっすらと登って来た朝日に伸びる。

 上背と少しチンピラ染みた外見が、それだと知らせた。


「ーーッ!………ハァ…」

「練習…してんのか」


 ランニングから短距離ダッシュの繰り返しに切り替えた佐野。

 少なくとも、この間迄の、やる事も何も無さそうな人間には、見えなかった丈一だった。

 そう思って居ると、此方にダッシュして来る。


「ッ……?…!うわぁっ!な、やべ…!」

「あーちょっと待て佐野!通報すんな!」

「!?…斧田…?」


 薄暗がりの中佇む丈一を注視していれば、恐らく斧を持ってる危険な奴だと思ったのだろう。    

 慌てて走り去ろうとした佐野を、慌てて丈一が引き止める。

 交番でも行かれたら、堪ったもんじゃないと。



「キコリの練習ってなんだよ?家でやれよ」

「家は…斧禁止なんだよ。牛に当たったら大変だろ?」

「はぁ……」


 我ながら無理のある釈明と思いつつも、取り敢えずは冷静になってくれた様で安心する丈一。

 ビビリっぱなしは、陽キャの沽券に関わるのだろうとも考えつつ。


「つか、お前も早いのな」 

「っ…うるせぇ。遅れ取り戻すならこうするしかねぇんだ」

「成程。大体一緒か」

「何が「ん?俺はバケモノパワーの勘」!……この間は、その……言い過ぎた」

「それは良い、お前の悲鳴聴いてトントンだわ」

「お前な…」

「トントンなんだよ。俺もお前とは別方向でイキってただけだし」


 他所にに迷惑を掛けていない分、自分の方がマシなイキり方な気もするが、視野狭窄に陥って行きがちなのは、調子乗ってる奴の共通項だなと見出す。

 そしてまた、こうやって、一人で身体動かしている野茂、それを振り切ろうとしてる奴の、共通項だと見出して。


「フン…調子乗らねぇと、下がった時上がる気にならねぇだろ」

「…おぉ、考え方が調子乗ってんな」

「てめぇ…」

「いや、素直に感心してる」

「お前、本当に掴み所ねぇヤツだな」

「掴む方で忙しいからな」


 しがみついてでも、倒さなきゃならない相手が居る今なら、尚更である。

 そう、しがみついて、喰らい付いて、守るだけでなく、攻勢に転じなければならない。

 その為に必要なのは…初速。


「何の話「佐野、トントン次いでにスタートダッシュ教えてくれ」はぁ!?何でお前が……ッ……わーったよ」

「助かる」


 断ろうとし佐野の目の前に、頭を下げた丈一。

 悠長な事言っていふ時間は無い。

 今の丈一にはは、備えられるモノは全て備える必要があるのだから。








 それから四日。

 その間ヘラクレス出現の気配は無く、文化祭当日を迎えた。

 丈一は今日だけは朝の餌やりを休み、玉野達装飾委員の手伝いに赴いていた。

 文化祭というのは、朝から誰もが何処かしかソワソワしている。

 そんな空気感が、学校中に漂う、数少ない日だと思いながら。


「出来たな、玉野」

「うん!斧田君が手伝ってくれたお陰だよ」

「俺はあの隅っこ少しだけやっただけ………いや、どういたしましてだな」

「ふふっ」


 隅っこ一つだけでも、やったからこそ完成したという、結果に繋がっている。

 小さなピースが、大きな一枚に、途轍もない影響を与える……のは、全てに共通するのだろうと。


「よーし釣り上げるぞーーー!!」

『オーーー!!』


 掛け声がかかり、巨大看板にロープが括られ、屋上から引っ張り上げられる。

 人力で上げるのが何とも学生らしいといえばそうだが、作ったモノが大きく掲げられる瞬間は、中々満足度が高い。

 と思った刹那。


「?…なんか軽くね……あぁッ!!??」

「やべ切れたぞ!!!落っこちっから皆逃げろーーー!!!!」

「わぁっ!!!」

「キャーーーッ!!!」


 既に校舎の4階近く、12メートルはある高さから、4メートル四方の巨大看板が落下してくる。

 まだ下に人が居る。

 巻き添えが出る。

 となれば、もう。


「斧田君逃げ…………!!」

「…大丈夫か玉野」

「えっ…と…?」


 丈一が手を伸ばして受け止めるより、他なかった。 

 身長は余り高く無い故、屈んでる生徒からしたら、空間に然程余白は無いが、それでも当たるよりはマシだろうと。


「マジかよ……」

「あの巨大看板100キロ以上あんだろ……」

「斧田がとんでもねー馬鹿力なの、マジなんだな…」

「(ま、遅かれ早かれだしな)」


 学校で取り繕うのもそろそろ限界かと悟る。

 果たしてこういった小さな不安の積み重ねを、奴が嗅ぎ付けて来るのか。

 ヤツが来る様になると、世の中不安定になるのかは、分からないが、兎に角バランスが崩れ出したと思った。


「!…………」


 その矢先、肌に、強烈な『感覚』。

 この間の嫌な気分を、思い出させる直感。

 モンスターとは比較にならない程の、重圧染みたヒリつき具合。


 つまり、ヤツが、来た。


「よっと。玉野、あとよろしく」

「へっ?斧田くん!?」

「ちょっと忘れもん取りに帰るわーー!」

「あっ!」


 取り敢えず看板だけを地べたに寝かせて、後は振り返らずに走り出した若きミノタウロス。

 玉野にフランクフルトと焼きそば買っておいてもらおうか悩んだが、戻って来られない可能性も考えて、止めておいた。

 勿論あくまで、時間内という意味での話だが。


 「良くわかんないけど、ありがとう……斧田くん」








「楓ちゃん!私少しトイレね!少しだけどめっちゃ長いからゴメンね!」

「あっ!うん!えっどっち!?」

「じゃあねー!」

 幼馴染のハーピィの少女も、同様に。















 学校から家までの道を、原付二台で飛ばす二人。

 登校してから時間経過が無く、暖気運転し直さなくて良かった等と呑気に思うゆとりが、妙にあった。

 其処へ、ハンドルにセットされたスマホへ一件着信。

 祖父源二だった。

『…丈一、分かってるとは思うが「行くよ」

バカモン!!!』

「運転中でも分かる位の大声出すなよ……だってじいちゃん、どうせ差し違えるつもりなんだろ」

『それでいいんだ。ココでヘラクレスを打倒すれば、向こう五年は安寧だ。その間にお前は桜子ちゃんと力を付けろ』

「じいちゃん死んじまったら安寧もクソもねーよ」

『………お前の父親はそう息巻いて命を落としたんだ……!!』

「!」

 一瞬、前の赤信号で止まりかけ忘れ、つんのめり気味にブレーキを掛ける。

 よもや電話越しで父親の死の真相を明かされるとはという話だが、案外と素直に飲み込めていた。

『丈一、ヘラクレスはミノタウロスに覚醒して間もない者に打倒出来る存在ではない……とにかく今は耐えて、力を付けろ』

「……じいちゃん」

『なんだ』

「俺は別に、じいちゃんと一緒に戦わないぞ?」

『む……?』

「じいちゃん、俺に美味しい所だけくれよ」

『………はぁ?』

 耳の遠い年寄りの、テンプレみたいなリアクションだと、丈一は思った。

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