第8話 英雄は刻一刻と迫る
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「ママ……何?」
丈一が心配な中、再び納屋の祠へと、母紅葉に連れて来られた桜子。
しかし母からは、言葉が無かった。
「!…入って」
「紅葉……桜子ちゃん」
「えっ、久美お母さん…?何で?」
小さなノックの音と共に、入って来るは、丈一の母久美。
しかしその表情は、何時もの久美の朗らかさとは無縁で、眉を顰めたままであった。
「桜子ちゃん、コレから話す事を、良く聞いて欲しいの」
源二が丈一に話した内容を、桜子もまた、久美から伝えられた。
家族である以上至極当然ではあるが、息子がミノタウロスになっていた事も、既知であり。
「ごめんね桜子ちゃん。初めてラビリンスに潜った日も、本当はおばさん分かってたの。でも、目覚めたのは丈一だけで、桜子ちゃんはまだだと思ってたから」
「いえ、大丈夫です。私ももう、やるって決めてますから」
『………』
しかし、母親二名は、何故か口をつぐむ。
そのまま、顔を伏せて。
紅葉が口火を切るまで、暫くの間があった。
「……」
自室に戻り、ベッドに横たわる。
丈一への想いを、いつもの様に口に出そうとするも、上手く出ない桜子。
頭の中には、言われた言葉がずっと、渦巻いていた。
《桜子。鴉巫女はね……大牛人を戦わせ続ける存在なの。それはつまり、貴女もずっと、丈一君の側で、大迷宮と共に居なきゃならないの》
「(大丈夫だよママ。私はジョーとずっと一緒に居られるなら、それで良いから)」
《そして、遥か昔から続いて来たこの御役目を、次代に継ぐ必要もあるのよ。ミノタウロスと、ハーピィは二つで一つ。ラビリンスの怪物達からは、一対として見なされるからね》
「(それも大丈夫。番なんだもの。私、ジョーの赤ちゃんならいっぱい産めるよ。原付のシートいっぱいに座れる位、お尻おっきいから安産体型だもん)」
《斧田家と若山家は代々そういう家系だからね。久美もウチの遠縁なんだ。アンタらにはもう少し後で教えたかったけど》
「(それもわかってるよ。だから久美お母さんはジョーに、今のうちに沢山青春しなさいって、妙に促してたんだものね)」
ここまでは、大丈夫だと。
ここまでは、ちゃんと受け入れられると。
ただ、ここから先は、若山桜子には。
《それでも桜子、アンタには、どうしても辛い事が、一つ、有るよ》
《心して聴いてね》
それは。
《鴉巫女は、大牛人を『大迷宮の守護で在らせ続ける存在』その意味はね………例え大牛人が死の淵に立とうとも、治癒の羽根で回復し続けて、戦わせる必要があるの》
その言い方は、ただ治すという訳ではなく。
《例え勝てぬ戦になろうとも、例え死が見えていようとも、敗北だけは決して許されないのが、大牛人…ミノタウロス。そしてそれを立ち塞がらせ続ける役目の鴉巫女…ハーピィなの。つまり…》
「傷付くジョーを……何度も何度も治して、立ち向かわせるのが………私なん………だ」
「ジョーは、治りが早いねなんて。ジョーは、元々力持ちでもっと凄くなったねなんて。ジョーは…ジョーは私をちゃんと守ってくれるんだね………なんて、勝手に思ってたけど…違くて…私が……無意識に守らせてた…だけなんだね………っ……っ……うっ…うぅぅ……」
枕に顔を付けて、鼻水と涙が、沢山出る。
顔がどんどん、ぐしゃぐしゃに濡れてくのが分るのも、どうでもいい位に、沢山声を漏らした、幼馴染の、女の子だった。
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「斧田君、そこ……赤じゃなくて青なんだよね」
「!あ…わり…ボーッとしてたゴメン…」
文化祭まであと五日。
装飾を担当する入場門のペンキ塗りを、休み時間の合間を縫って、玉野と二人、少しずつ進めていく丈一。
今の自分にとっては、コレが最もやるべき事だと、言い聞かせ。
「やっぱり、家の事忙しいんじゃ?」
「大丈夫だよ気にすんな。寧ろ暇になって気が抜けてたんだ。ゴメンな。乾いたら白塗って、その上から青塗ればリカバリー効くか?」
「うん……」
自分から立候補して、足を引っ張る形に格好が付かない。
丈一自身、色塗りというは得意作業ではないのもあるのだが。
「(やれる事…か)」
「斧田君は、何で立候補してくれたの?」
「ん?あぁ……出来そうな目処がついたからさ」
目線は合さず、手を動かしながら、言葉だけ交わす二人。
玉野からすれば、訝しさは抜けないだろう。
「そっか。斧田君は、器用だね。やりくりが上手いっていうか。実家で酪農の仕事してると、そういう要領とか感覚を覚えられ……て喋りすぎたよね!オタクがキモいやつでゴメン!」
「勝手に人をキモがらせるなよ」
「あっ…確かに」
「まぁでも、そう…思ってはいただろうな。要領良く生きてかないと、コレから先、家業継ぐにしたって回らないから、何事も、上手くやろうとはしてたよ」
「斧田君…?」
「だけど…だけどさ。そういうのって、大人にはなんだかんだで皆バレてんだよな。結局ガキってのは、いつまでもガキで、どういう道を行こうとしてるのか、おおよその道筋は決められてて、それを、自分で選んだ気になってる……だけなんだよな」
何を愚痴っているんだろうかと思う丈一。
しかし高校でも碌に友達の居ない身からすると、家族でも、幼馴染でもない、何でもない間柄の玉野には、楽に話せている気がした。
口が、滑っているのだろうか。
「……僕には難しい事はちょっと良くわかんないかな」
「悪い。今から手だけを動か「だけど…」?」
「道。は決められてたとしても、実際に歩き出したのは、斧田君の意思…ってのは、変わらないんじゃない……かな?」
「っ………」
思わず目線を向ける。
玉野はペンキ塗りに集中したままだった。
大事な、大事な巨大な一枚絵を、しっかりと完成させる為に。
その目は、今の自分より、強い意志が篭っている気がして。
「僕もホラ、色々揶揄われたり、オタクって馬鹿にされるけどさ。それでも、絵を描くのは辞めたくなくて。なんか、人に言われて辞めるのって、後悔しそうじゃない?………ってまた語り出したオタクでゴメン!」
「良いよ。語ってくれよ。つか、俺もガソプラとか作るからまあまあヲタクかもしれんぞ」
「そうなんだ!……ゴメン!僕あのシリーズ、アニメだけ見るタイプで、ガソプラは作らないんだよね!…」
「お、おうそうか…」
少し勇気を出して言ってみたが、一重にヲタクといえど、中々混じり合わないものだなと苦笑するする丈一。
でもそれが、『らしい』気がした。
「良いよ。俺も同じだ。周りに人が居なくても、趣味で続けてる。てか玉野、意外と頑固だったんだな」
「意固地な所無いとオタクはやれないよ」
初めて見るようなクラスメイトのドヤ顔。
だから、佐野達に絡まれていた時も、最後まで首肯はしなかったのかと、納得する。
心が、強い。
「でも、斧田君も若山さんと必ず毎回帰ってあげてて、頑固だよね」
「っ……何で知ってんだ」
「結構有名だけど…?」
「マジか…」
この間佐野も言っていた通り、自分と桜子の関係は、大体知れ渡っているのかと認識する丈一。
とはいえ理由を述べた所で、状況証拠だらけで何も反論出来ない以上、取り繕うのは止めた。
「絶対に若山さんが来るまで待ってるし、一人で帰らないよね。そういえばこの間も、撒いてる風で後を追わせてたね」
「!オイ、それを知ってるのはこえーよ」
「あっゴメン!実は美術室からだと…駐輪場から坂の下までの動き、良く見えるんだ。斧田君のバイクの音特徴的だから、結構目に入って」
マンティコア戦。
鎧が発現した時、丈一は桜子の原付が後ろに居たのは勘付いてきたが故、撒きつつも帰り道だけは誘導する。
という高難度ミッションを行っていたが、やはり何処かで見られているものらしい。
「小っ恥ずかしいにも程がある…」
「だけど斧田君も、僕の絵をちゃんと見てくれたじゃないか」
「良い絵だろ。お前の風景画」
「ありがとう……そういう感じなんじゃない?やりたい事って、多かれ少なかれ、誰かしらに決められてて、見られてるけど、実際にやるのは本人しかいないんだから………ってめっちゃ語ったオタク過ぎてホントに気持ち悪過ぎるよねゴメン!!!!」
とうとう視線を自分に返して謝った玉野。
慌てて拭ったペンキが、鼻に着いている。
それでも、なんとも晴れやかな表情で、目の前のやりたい事に、向き合っている顔だった。
「あ、ジョー……あのさ」
「帰ろうぜ」
「うん…」
七割方終わったペンキ塗りを後にして、今日も駐輪場に赴く丈一。
桜子も自分のクラスの文化祭の準備が終わり、丁度来た所みたいだが、その顔は浮かなくて。
「いや、ちょい寄り道してくか」
「えっ?」
「何の為のバイク通学なんだっつーな。家と学校の往復だけとか、勿体なさ過ぎる」
「チョコバナナクリームと、ミルククリームブリュレ一つずつで」
「はぁいかしこまりました〜」
若いバイト女性……では無く、田舎のパートのおばちゃんが、声高らかに答える。
学校から、バイク走らせて十分弱。
市街地に出て、昔からある、それなりの大きさのショッピングモールに来た二人。
フードコートのクレープ屋で、好みの物を注文した。
「ジョーお金」
「今日は小遣いあるからいいって」
「……ありがと」
「にしても久しぶりに来たけどココ、学生多いな」
「みんな暇潰しに寄ってるもん」
「そうか…」
放課後の買い食いなんて殆ど経験の無い私生活故、そういった事情も初耳だらけだった。
コレが普通の高校生なんだろうなと、自分に呆れる。
「息苦しくて仕方ねぇな。上行くか」
「わー…ココまだ開いてんだね」
「それな」
エスカレーターから階段を上がり、やって来た屋上の休憩スペース。
昔は小さな遊園地の様な物があったそこも、今はベンチが数箇所のみだった。
とはいえ座れるし、人も居ないから、それでいいと腰を落とす。
「いただきまーす!……うんおいし!」
「ん……思ってたよりミルクが美味い」
「お、乳牛屋さんも認めるクオリティーだ」
「チープさが最近のクレープはあんま無いんだな」
「ていうかジョー、私の好きなやつ覚えててくれたんだね」
「まーな。どーせ昔のまんまだろ」
「あー、ジョーだって一緒のクセに〜」
「へっ」
少し沈んで来た夕日を見ながら、初夏に食べるには中々適したアイスクレープ。
二人、アイスがデロデロに溶ける前に、そこだけ黙々と食べ切った。
食べ終わりに、桜子が声を出して。
「……あのさ、ジョー、ごめ「ありがとうな」えっ…」
「ありがとな。桜子。ケガ、治してくれて」
「違っ……そうだけど、そうじゃなくて…」
「大丈夫だ。昨日じいちゃんから聞いてる。その、鴉巫女の、本来の役割ってのも」
「じゃあ!」
勢いよく振り向いた桜子。
丈一はその眼に浮かんだ滴が、夕日で照らされているのがわかった。
「そういうモンなんだから、桜子が気に病む事じゃねぇよ」
「でも…でもさ、ジョーは…」
「俺なんかじいちゃんからしたら、まだ仔牛扱いだし。そんな直ぐにどうこうって訳でも無いしよ」
「だって…私は……ジョーを」
気に負っている顔。
いつもの明るさは何処へやらと思う丈一。
ふと、思い出す。
こんな顔の桜子を見るのは、いつ以来だったかと。
それは、丁度場所が、重なって。
「ココで迷子になった時以来みたいな、泣きベソかくなよ」
「ジョー……覚えてるの?」
「まぁな。ていうか、来た時にはっきり思い出した」
〜〜〜〜〜
「えっ?さくら子いないの?」
「そうなのよー。ゴメンねじょうくん。あの子おっちょこちょいだから〜」
小学生になったばかりの頃、桜子の母紅葉に連れられ、買い物に訪れていた二人。
メダルゲームのコーナーで、両替か何かしていれば、物の見事に方向音痴を炸裂させて、迷子になった桜子だった。
「ぼくさがしてくるよ」
「大丈夫よ。じょうくんまではぐれちゃったらおばちゃん心配だから」
「…でもさくら子、ふあんだと思うし」
「あら…ありがとうね」
とっとと駆け出した丈一。
紅葉が、平気なフリをして、物凄く心配してたのが、子供ながらに分かっていたんのだろう。
だから、さっさと見つけてやりたいと思った少年。
何せ、自身も不安だったのだから。
「うっ…うっ…」
「見つけた」
「あっ!じょー…」
「なんでお札のりょうがえしてたらおく上に行くんだよ」
「まどの外に、かわいいパンダちゃんが見えて。でもメダルじゃうごかなくて…」
「すぐかわいいモノにつられるな、お前」
動くパンダの乗り物に乗れず、帰り道も忘れて、隅で泣いていた桜子を見つける。
そんな悪態をついて、呆れる様な素振りをしていた丈一。
けれども、その時、その桜子の姿を見て、幼馴染の少年はーーー。
「だって…じょーといっしょにのったらたのしそうだから…」
「………わかったよ。おばちゃんにたのんで乗せてもらおうぜ」
「うん!」
コイツの側に、いてやらなきゃならない。
そう、子供心に、強く思っていた。
〜〜〜〜〜
「だから…使命とか、ミノタウロスだとかハーピィだとか関係無く…お前が居る所に居るって、昔から決めてんだよ。俺は」
「だって……ずっと…なんだよ?」
「桜子は嫌なのか?」
「!……その言い方は……ズルいよ。ジョー……」
浮かんでいた滴が、滝の様に溢れ出して、何滴かクレープに掛かる。
塩味になってしまうぞと等と思いつつ、落ちそうになるクレープを支える丈一。
「ズルくて良い。後ろで支えてくれるお前の前で、幾らでも戦ってやるよ。一番に、お前を守れるからな」
「ッ………ばか……ばかじょーー……!」
胸に凭れ掛かって、ヘロヘロなパンチで肩を叩く桜子。
丈一は小刻みに震える背中に、そっと手を回して、ゆっくり摩った。
「大好きだよ……ばか」
「ああ。俺もだよ」
「どんくらい好きか、わかってないでしょ?」
「いや、そりゃ…」
返答に戸惑う丈一。
思わず手に力が篭って、残りのクレープが圧縮され過ぎて固まる。
そんな少年の眼を、顔を上げて真っ直ぐ見て一回大きく息を吸うと、桜子は。
「ジョー……ぶっきらぼうに見えて優しい所が好き。人の気持ちを大事に考えてあげる所が好き。何でもかんでも背追い込んじゃうとこが心配だけど好き。ちゃんと毎日一緒に帰ってくれる所が好き。とっても力持ちで沢山色んな人手伝ってあげるのが好き。カップラーメンに唐揚げ入れちゃうのが好き。朝ご飯にシャケとウインナーと目玉焼き全部食べちゃうのも好き。ちょっと伸び悩んでる身長気にしてるのが好き。変身したら私がギュッてしてあげられるのが好き。でもそんなのどうでも良いくらいおっきい心のジョーが好き。そんなジョーの事毎日考えてるの私。ジョーがいつでも私の事大事にしてくれるから、私もジョーの事大事にしてあげたいって。だけどこんなお役目っての知ったら、大事に出来ないかもしれないのに……それなのに……一緒にずっと居てくれるって言ってくれるジョーが………大好きなの……ジョー…大好き…」
「………」
「ごめん……私ホントはこんくらい沢山色々想ってるの、毎日。いつもジョーの事考えてるの……なんか重いよね。ゴメン「一人で言いたい事だけ言うなよ」えっ…」
それだけの事を、言ってくれた桜子。
だから丈一も、昔から思って来た事を、この際だ。ちゃんと伝えようと思った。
「桜子。笑った顔が好きだ。誰にでも隔てなく優しい所が好きだ。ノーテンキなフリして、ちゃんと人の気持ち考えてる心が好きだ。時々テストの点負けてるのは悔しいけど、勉強頑張れてる所が好きだ。正直、その大きい胸も好きだ……ってのは置いとくにしても、何よりずっと、俺の事を見てくれてるのが好きだ。身体にケガ無いかとか、疲れてないかとか、いつでも心配してくれてる所が好きだ。それでも毎日笑顔を絶やさないけど、それが俺の生きる力になってる。それが無理してんじゃねぇかとか思うけど、悟らせない様にしてるのが、健気で好きなんだ。ありがとうな桜子。俺の為に、何時も桜子で居てくれるお前が、俺は大好きだよ」
「!…ジョー……」
同じ様に、勢いに任せて言ってみた。
だけど、幾らでも言葉は、沢山出て来た。
まだ伝え切れてない程に、止め処なく。
それはそうで、十数年の想いが、そう簡単に止まる訳は無いのだから。
「俺も…こんくらい想ってるよ。桜子」
「そうなんだ……えっち」
「お前も筋肉だ身長だ言うじゃねぇか」
「えへへ……でも良いよ。私にだけならどれだけえっちても」
その胸に手を当てて、そんな事を言う。
揶揄ってる様に見えて、まるっきり冗談にも聞こえないのが、丈一の鼓動をやたらと早めた。
ただ、その前にもう一つ。
「あと……唐揚げ、何時も美味いの、ありがとうな」
「えっジョー、それって「流石にお前の手料理な事位、知ってるよ」………そっか。バレてたんだ」
「味付けが俺向け過ぎる」
「そりゃだって、ジョーの為のだもん」
「だから…そういう所も、好きだよ」
「んっ…」
夕焼けが、丁度ショッピングモールの影に隠れる。
そのおかげか、二人の重なる影は、迷宮での出来事同様、誰にも知られる事は無くて。
ただ、お互いが触れた唇だけが、重なっていた。
つづく
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