第6話 二人は使命を果たす
『prrrrrrrr』
「よっと。うん。相変わらず俺の組み立てたガソプラはカッコいい……筋肉痛も殆どナシ!」
パッと起き上がり、プラモデルの出来の良さを自画自賛するルーティーン。
しかし昨日の今日だが戦闘疲労はすっかり飛んでいた、斧田丈一であった。
「俺の若さか……はたまたミノタウロスパワーか」
祖父が朝、消耗した姿を滅多に見せなかったのは、やはりミノタウロスの回復力の賜物と、その圧倒的強さによる、スタミナの無駄な消費の無さだったのだろうかと、想像を膨らませる。
「ま、朝仕事に支障が無いのは良い事だ」
「はよー。持ってくー」
「はーい……って丈一アンタ大丈夫ソレ!!?」
「へっ?……あぁ。大丈夫大丈夫。最近成長期だし」
等と冷静を装って母親に振る舞うが、気の緩みか、容易く牧草ロール350kgを持ち上げてしまっていた。
身体の疲労は無いが、精神的な疲労が緩みになってしまったと、少し自戒して。
【モォ〜〜】
「……」
モシャモシャと、美味そう牧草を食う牛達に、『お前らって、すげえパワーに重さなんだな』と、共感するかの様に思う丈一。
ただ、穏やかでつぶらな瞳してる乳牛達とは違って、血の気の多い、闘牛……ともまた違う、血走った眼の、ミノタウロス故に、共感出来る所も、差異がある気はするが。
【ンンン〜〜】
「何時もより美味そうに食ってんな」
とはいえあの扉一枚で、牛達がのんびり暮らせる、この牛舎を守れるなら、それで良いと、丈一は改めて、腹を括る。
「(そういう気持ちで、じいちゃんもやってたんだろうし)」
〜〜〜〜〜
「いらっしゃい、丈一くん」
「紅葉おば「ん?」紅葉さん、お久しぶりっす」
直接顔を合わせるのは、相当に久しぶり故、小学生の頃のままの呼び方を、慌てて訂正した丈一。
挨拶はそのままに鶏舎を回り、裏手の小さな納屋に通されると、其処には。
「!祠…?」
「鴉巫女の祠。私達若山家の女……鴉巫女、ハーピィが目醒める時に、儀式を行う祠よ」
「鴉巫女…」
納屋の中に、石造りのかまくらの様な祠が一つ。
更にその中に、ダイヤモンドの様に輝く、羽根の形をとった、小さな石が一つ。
「丈一君が大牛人、ミノタウロスとして覚醒した時、桜子もまた、鴉巫女、ハーピィとして目覚めたの」
「それってどういう」
「……あの、ね、ジョー。ミノタウロスには、番…の、ハーピィが、いるんだって」
「!」
おずおずと話す桜子。
紅葉からの視線を受けて、自分から言う様な素振りだった。
「大迷宮を守るモノ、この世の最後の砦となるミノタウロス。そのミノタウロスに力を与えるモノがハーピィ。それは何代にも渡って繰り返えして来たわ。いよいよそれが、あなた達に回って来たの」
「二人で、彼処を守れと」
「……有り体に言えば、そうね」
一瞬、何かを飲み込んだ気がした紅葉だったが、今はそれだけ分かればいいと、首肯した丈一だった。
「ハーピィの力は、その羽が全てを表しているわ。ミノタウロスを治す、癒しの羽。それが力の源」
「っ!……て事は…マンティコアと戦った俺の身体が治ったのは」
「うん…私の力が、少し出てみたい」
「そうか…ありがとうな」
最初から、桜子は自分を助けてくれていた。
昔から変わらない、幼馴染の女の子の助力に、素直に感謝する、幼馴染の少年がいた。
ーーーーーーーーーー
「そうか。桜子ちゃん、鴉巫女に目覚めたんだな」
「ハイ。頑張りますね!」
「張り切らんでええぞ。丈一に丸投げしたってええんじゃ」
「孫への物言いじゃねぇな……」
もう間も無く退院となる祖父の下へ、報告に訪れる丈一と桜子。
祖父源二は桜子の覚醒に、少し眉を顰めた。
「じいちゃん。その……じいちゃんがミノタウロスだったって事は、ばあちゃんは「桜子ちゃん。ハーピィは変身の融通が効くから、丈一に嫌な事されたら、思いっきり爪で引っ掻いてやりなさい」オイ…」
「はーい!分かりました!」
「わかるな」
「ハッハッハ」
質問の答えにはなっていないが、そのアドバイスが、祖父と祖母のかつての思い出だったのだろうと、微かに悟る丈一。
だが、今祖父の傍に、祖母は居ない。
独り孤独な、老牛。
自分も、そうなるのだろうかと、しかしそれが意味するのは。
「(絶対に、俺より先に、いなくならせたりは、しねぇからな)」
隣の幼馴染を見て、意を新たにした、斧田丈一が、言葉にする。
「じゃあ、こっから先は、俺らが継ぐって事で「それはまだいい」?…」
「おじいちゃん。私も手伝うよ?」
「いや、まだ引退しとらんから、まだ継ぐな。ハッハッハ」
あっけらかんとしつつも、継がせないという点には、意固地な物を感じずにはいられない、孫だった。
ーーーーーーーーーー
そうして、ミノタウロスとハーピィの異世界大迷宮の、守護生活が始まった。
或る日は。
「このラビリンスはあっし、バジリスクがぁ〜征服してェ!現界を蹂躙してやr「フンッ!!!!」……」
「牛の嗅覚…嘗め過ぎなんだよ」
隠密行動を得意とする敵は、エーテルの流れを鼻で感じ取り、見つけ、斧で両断し。
=======
また或る日は。
「どっちが肉にされっかァ!!!いい加減このオークが白黒付けてやんよォォォ!!!」
「踏み込みが……弱いッ!」
体力自慢の豚の魔獣、オークとの力比べには。
「なっ!?…何故まだそんなパワーが…ガッ…」
「せめて豚じゃなくて、猪位には牙生やしとけ」
「へへん!」
ハーピィの治癒の羽で、持久力勝負には圧倒的イニシアチブを取ると、体当たりを鎧で弾き返しツノで串刺しにする。
======
かような日は。
「いくら守護神なんて言われたミノタウロスもよォ!集団で来られちゃあどうかなァァ!?」
「ヒィーー!!!フォォォォォウ!!!!」
「手始めにそのハーピィからヤらせて貰うぜェェェェ!!!!」
「ーーっ…桜子」
「うん。やあっ!」
何処の世界でもかわらない、性欲に溺れる下衆の集団、ゴブリン共の相手ならば。
「!?足がッ!」
「(地面は柔らかいなら…エーテルを一点に溜めて…)ハッッッッッ!!!!!!」
『!!!???』
ハーピィの羽を、忍具の苦無の様に放ち、ゴブリンの脚を串刺しにし止める桜子。
丈一は拳を真下に打ち下ろし、地面を割り、砕き、地割れの土塊の狭間に、足の止まった獲物を全て、呑み込ませ。
「ヒッヒッヒッ……ヒッ!!!」
「や……やめてく…………」
今度は思い切り両平手で地面を叩けば、元に戻る様に平されていく土が、下衆な小鬼共を土屑の一部にする様に、圧し潰し、閉じた。
「複数体も……侵入可能、か。桜子、サンキュー」
「視線めっちゃキモかった」
「あー、だろうな」
「なんそれ!ジョーも!………ジョーは、慣れてよ」
「その前に服着ろ」
「入んないんだよー!ばーか!」
なら大きめの服を買えよと言いたくなるが、女子はファッションのサイズに敏感なのかと勘繰ると、言葉に出すのは止めた丈一だった。
===========
その男は、歩を進めていた。
その男は、ただ立ち寄るだけだった。
その男にとって、その場所、通過点に、過ぎないのだから。
========
「桜子んちの唐揚げ、ラーメンに入れるとうめぇんだよな」
「そうなの?」
「ん。カップラーメンの醤油スープと合う」
「へ〜」
此処の所、戦闘終了後、変身後の体力消耗も相当落ち着いており、一度休憩室でクールダウンがてらの、間食を摂ってからの帰還になる事も多かった二人。
マッピングも、相当量埋まって来ており、安定してラビリンス防衛に当たれているのが現状である。
「案外慣れんの早かったな」
「すっかりココも秘密基地だしね」
「食い物と飲料水用意してあるからな、毛布でも持ってくりゃ、泊まり込み監視も出来るだろ」
「じゃあそうするー?」
「良いけど、トイレねーぞ?」
「あそっか!それだけちょっと不便だな〜」
等と、今まで通りの二人のやり取りも、この地下迷宮で行える様になっていた、幼馴染同士。
「へっくし!」
「ちょっと寒いよねココ」
「しゃーない。一旦出て毛布持って……っておい、何してんだ」
「羽毛だから、あったかいかもって」
ハーピィに変身し、その羽を拡げる桜子。
確かに見た目だけなら、天然の羽毛布団かと見紛う、厚みと純白色だった。
「ていうか、この格好だとジョーより背が高くなる」
「うるせー。俺も変身すりゃな……」
「えいっ」
「ちょ、お前………まぁ、あったかいわ」
後ろから覆う様に、羽で包み込むハーピィ。
ミノタウロス同様、魔獣としての伝承を伝えられるその姿。
しかし斧田丈一には、その羽は、能力抜きに、癒し以外の何物でもないと、感じていた。
「へへへ……」
「(丁度後頭部に胸の感触なのは……言わんでおこう…)」
ーーーーーーーーーー
「ふふふ……ふふ…えへへへ…今日もジョーは、私の唐揚げをママのだと思って、美味しそうに食べてたな」
戦った後の丈一は、空腹が目に見えて分かり易いから、とても美味しそうに食べてくれるのを知っている桜子。
「ニコニコカップラーメンに乗せてさ。食いしん坊みたいにさぁ」
でも、それ以上に。
「泊まり込みで…居たいなんて、普通に言ってくれた。あんな、あんな暗くて誰にも見つかんないトコでさ。仄暗くて、二人きりの部屋に……夜通し一緒で良いって、サラッと言ったんだよね。ジョー。お泊まりなんて、幼稚園までだったのに、高校生になって、また一緒でも良いって思ってくれたんだよね。私が夜一緒だと、安心して眠れるからかな?ううん。別にそんなんじゃなくて良いの。ジョーの事だから、夜も怪物達が来た時に、誰か居た方が融通が効く。とかそんなんかもしれないし。でも、でもね、その中でも私と一緒に居たいって思ってくれてるなら、凄く嬉しいな。だって、自分が寝てる顔、見せても良いって事だもんね。私も、ジョーの寝顔みたいな…………包み込んであげた時に、寝ても良かったのに。ていうか、ホントにそういう事したい気分でも良いんだよジョー。私ジョーの事大好きだから、良いんだよ。今日もゴブリン?ってのやっつけた後、凄い熱っぽい目で私の事見てたものね。何か思う所あったんだよね。大丈夫だから。大丈夫…私はいつでも大丈夫だよ。ジョー……うん。今日もジョーへの言葉は終わり。明日もまた、沢山言お」
「こないだまで、色々変な事あったけど、最近は落ち着いて来たね」
「!そ、そだね!」
「?何で慌ててんの?さっちゃん」
蛇騒動も落ち着き、中庭も使用可になったから、久しぶりに楓と弁当食べる昼休みの桜子。
「やっぱり、落ち着いて来たよね?」
「うん。前と変わらないと思う。良かったぁ、平和が一番だよ〜」
「だよね…」
楓の何気ない気持ちに、安堵する。
現実世界へのモンスターの影響が無くなって来た事は、それだけ、丈一が祖父源二と変わらない位強くなり、守れる力が、大きくなって来たという事で。
それに、自分も手助けが出来ているという事で。
「でもさっちゃんには斧田くんっていうボディーガードがいるから安全だね」
「あはははもー何言ってんの〜。ジョーがそんなんする訳ないじゃん」
「だってちょっとぶっきらぼうだけど、頼り甲斐はあるでしょ?」
「それは……どうだろね」
少し恥ずかしくて、楓には素直な気持ちを言えなかった。
本当はまだ、ボディーガードという表現では収まらない位に、丈一に殆どを任せきりなのを自覚している桜子だった。
「(私も……もっと沢山、力になりたいな)」
その日の放課後、丈一の言葉に桜子が目を見開く。
「えっ!?ジョー、文化祭の装飾係、引き受けちゃったの?」
「おう。どーせ誰もやんねーし、先にやっとけば他の面倒事突っぱねられんだろ」
「大丈夫?その……」
「ラビリンスの防衛はどうにか折り合いつけてやるよ。お前には絶対負荷は掛けない。牛舎の方は、母ちゃんは寧ろこういう学校行事推進派だしな」
幼馴染が頑張り過ぎだと思う。
ただ、こんな時に全部纏めて背負い込んでしまうのが、斧田丈一なのも、若山桜子は知っている。
「そっか、わかった!(とりあえず、やれる事、一つだ)」
〜〜〜〜〜
桜子に報告するより一時間程前の、丈一の教室。
今日は良い加減、装飾担当を決める日だが、案の定誰もやる気は無く、加えて先日の素行不良三人も、一層苛立っていた。
「えーっと、じゃあ立候補者が居ないので「俺やるよ」!あ、斧田くんやってくれるの…?」
「うん。やるわ」
おっかなびっくりのリアクションを取る委員長に、簡潔に伝える丈一。
予想通りクラス中、『やれやれさっさと手ェ上げとけよな』という空気にはなるが、ならお前らでその空気を作れと思った。
「……っ」
「(何も言うな今は、ややこしいから)」
前回の今日だからか、玉野もまた面食らった表情を取るも、良いから今は穏便に済ませとけと、視線を送る丈一。
「(いや、玉野が嫌だったら元も子も無いんだがな……フッ)」
「オイ斧田お前さァ、ちょっと調子こ…………おい聞けよォ!」
「忙しいから帰るんだようるせぇ」
階段踊り場で丈一を呼び止める、不良のリーダー格。
用はまるで無い筈なのだが、何故か絡んで来るのに、途轍もない煩わしさを感じる丈一。
シカトをしても肩を掴んで来るが、当然の様に自分の方には引き寄せられず、逆に丈一に引っ張られる形になっていた。
「ッ…オタクと一緒に目立とうとしてんじゃねぇぞコラ。陰キャが調子乗んな」
「忠告してる暇があったら部活早く行って練習しろよ。レギュラー落ちして大会出れなくなんぞ?」
「んな事どうでも「お前にはやんなきゃなんねぇ事、ねぇの?」!…」
人に構ってる暇が、そんなにあるのだろうか。
どうしてもっと、自分の為に時間を使ってやれねぇんだ。
自分で決めた事を、自分で行う。
それが誰の為なのかもハッキリしない。
でもそれだけで、俺は一杯一杯なのだが。
と、丈一はただただ、疑念に思った。
「貧乳とバカとばっか吊るんでねぇで、限られた時間、大事にしろよ」
「っ……うるせぇ…」
「……」
「…うるせぇよ!お前如きが説教してんじゃねぇよ斧田ァ!どうせ実家継げっからテキトーにやっててもラクな人生なんだろテメェ!あの何時も一緒に居るバカなデカ乳女と乳繰り合ってりゃ良いだけだもんなァァ!!!」
激昂し、胸ぐらを掴み、踊り場の壁に押し付ける男。
確か佐野という名前だったかと、記憶の片隅から引っ張り出す。
身長は高いというか、普通に高身長の部類なのだが、何故か目は、見上げている様な目付きで。
別に適当で、楽なのは、否定しない。
説明する必要も無いし、意味も無いから。
こんな奴が生きてる世界守る為にだなんて、ありきたりな諦観をしても、心が腐るし。
だけど、ただ一つ。
「他人を貶してぇならさ……」
「ッ!……お、お前っ……」
胸ぐらに掛かる手を取る丈一。
握り過ぎて折れない様に。
そのまま、持ち上げて。
「ソイツだけにしといた方が、身の為だと思うわ」
「!?…やっ…止めろ…止めろよぉ!!!」
階段まで、宙に浮いたまま、淡々と運ぶ。
この高校の階段は長く、折り返し半分で高さは4メートル近くあった。
「貶したい相手以外巻き込むのは、地雷だよな。普通」
「ま、待てよ…ふざけんなよ!つーか何なんだよテメェの馬鹿力!!!おかしいだろ!?人間じゃねぇよバケモンがよぉ!!!」
「!………」
その言葉で、不意に力が抜けた。
地下迷宮で襲ってくるモンスター。
奴等の常識外れた凶悪で醜悪な言動行動と、同じに思えた自分に、嫌悪感が渦巻いて。
「…だな。バケモンだわ。だからほっといてくれよ」
一段だけ、下に降ろす。
尻餅。ついて、今度こそ物理的に見上げる佐野。
丈一は一瞥もくれずに、とっとと立ち去った。
外に出ると、やけに静かだった。
まるで、嵐の前のーーー。
つづく
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