第4話 幼馴染は目撃する

〜〜〜〜〜〜


 時間軸はリアルタイムに戻る。

 目下、人面ライオン、蛇の尻尾を持ったモンスター、マンティコアとの戦闘中である。


「(昼間の毒蛇の種明かしがされた訳だな。嬉しかねぇけど)」

「シャアッ!!!」

「うおっ!!?」


 その尻尾から毒針を撃ってきたかと思えば、即座に飛び掛かり、爪で切り裂いて来る。

 それを避けたかと思えばまた距離を取っての、毒針攻撃だった。


「そうか…このフィールド…!」


 事実上の密室であるが故、回避スペースが限定されるラビリンス。

 単純に遠距離攻撃、飛び道具が有利な空間であった。


「ヒョウッ!」

「ライオンなのにややこしい声出すなっ!クッ!」


 回避しても、爪の一撃が襲って来る。何処かしかにダメージを受ける、ジリ貧の状況。

 何よりも先ず、鎧が必要な訳を、把握した丈一だった。


「じいちゃん…こんな戦いばっかやってたのかよ…」

「ヒャアッ!!!防戦一方じゃぁ勝てねェゾォ!!」

「それを…誰にも言わないで…」


 毎朝、ケロッとした顔で、普通に食事していた祖父。

 何十年にも渡る慣れもあったのだろうが、こんな命懸けの仕事の後に、普通に食事を摂っていた事実。

 昨日今日の様な、現実世界の不安定さも表に出させない程の。

 それを、全く悟らせずに。


「昭和の男…我慢が強過ぎるんだよ…グッッ!!!!」

「その太ェ腕でも深く刺さりゃァ効きそうだなァ………若僧」

「ッ!お前…」

「現界への道ィ……その最後の砦として、ラビリンスに立ち塞がるミノタウロスは、最強だって噂だったからなァ。拍子抜けしたその慣れねぇ動きィ……代替わりがとっくにバレてんだよなァァ!」

「しまっ!……カハッ……」


 一瞬の気の緩みに、毒針の直撃を受ける。

 腿に刺さったそれが、ジワジワと身体の自由を奪い、体力を削ぎ始めた。


「即効性だな…」

「強がんのも…何処まで持つッ!!」

「……ッ!」


 更に脛に三本を刺してくる。

 脚を止めて嬲り殺しにする算段であろうマンティコア。

 だが丈一も、こうなれば接近するタイミングを狙ったカウンターの腹積りを決める。


「生憎近付きゃしねぇよォ。折角の勝機だ。わざわざミノタウロスの馬鹿力に飛び込むかってんだ」

「さすが盗掘屋だな…」

「フン。もう少し口減らすのに刺しと「へっ…?」…あぁん?まーた現界のガキか。今度はメスだなァ」

「なっ……!!?」


 聴こえて来た、か細い声。

 普段の元気さは大分形を潜めてはいるが、声色で分かる、聞き馴染みのあり過ぎる声。

 幼馴染の、困惑した声だった。


「えっ何!?でっかい人面ライオンと…うわぁっ!でっかい牛人間だ!!!???」

「(桜子…アイツこっちまでついて来ちまったのかよ…!)」

「おいメス。お前は後で殺し……いや。ヒャァァ!!!」

「!…ひっ……」

「お前ェェっ!!!………がぁぁぁぁ!!!」

「ハハハハハ読み通りィィィ!!!!」


 ミノタウロスから狙いを人間の少女に変え、爪で串刺しにせんとするマンティコア。

 丈一はがむしゃらに身体を伸ばし、横っ跳びに覆い被されば、盾となった背中に、思い切り爪が食い込んだ。


「オラァ!!!ヒャアッ!!!死ねやァ!!」

「っ!…ッてぇ……!おい…逃げろ…」

「えっ喋っ……!!!その声…ジョーでしょ?」

「!…状況証拠だらけ…か」


 つい先日の、自分と桜子の状況が重なった気がした丈一。

 同時に、祖父の行動の理由も良くわかった。

 昼間の毒蛇以上に、こんな巨大な理外の化け物に、大事な存在を、傷付けさせる訳にはいかないという事も。


「じ、ジョー!私の事なんかいいから!」

「毒食らって動けないんだよ…良いから逃げろ」

「そんな…」

「大丈夫だァ逃がさねぇからヨォォォ!!!」

「ッ!」


 散々いたぶってたマンティコアも、飽きが来たか、とうとうトドメを刺そうと飛び掛かる。

 このままでは、二人共、自分達の世界ではない迷宮で、命尽きてしまう。


「鎧…鎧をくれ…」

「ジョー……?」


 守らなければならない。

 自分達の、日常を。

 牛達と、家族と、あまり楽しくは無いがそれでも毎日行っている、学校を。

 何より、目の前で、必死に震える脚を抑えている、幼馴染の、若山桜子を。


「鎧を…守れる鎧を…くれよォォォッ!!!!」

「お前が死んだ後に………俺が現界で全て手に入れてやるよォッ!…?」

「ジョーーーーっ!!!」



ーーーーーーーーー


「!!…コレは…」


 入院中の病室で、『その』気配を感じ取った、丈一の祖父、源二。


「早々に……発現したか」


ーーーーーーーーー


 そしてそれは、もう一箇所でも起きて。


「………っ!」




ーーーーーーーーー



 最後の、止めの一撃は、刺さらなかった。

 若きミノタウロスの背中に、何か触れた感触だけはあったが。

 それは全身に纏われている、真紅の堅牢な装甲で、弾き返していたからだろう。


「もう、サンドバッグは飽きたんだよ…」

「よ…鎧ィィ!?いやだが…何故立ち上がれるゥゥ!?」

「鎧着けたら…元気になれたぞ。回復効果もあるんなだなぁ、このアーマー」


 身体が軽くなる。

 着ける前よりも軽く感じる。

 エーテルで構成されているであろう、視覚的には無から生えた鎧。

 その剛健さは、要塞の如く。

 それでいて、力も、迸る程溢れていた。


「ッ…鎧一つ手に入れた位でよォォ!!!」


 後退り、毒針を何十本も打ち込んで来るマンティコア。

 だが、ミノタウロスに纏われた鉄壁は、その全てを弾き返し、肉薄。

 意趣返しとばかりに、今度は丈一が、壁に追い詰めた。


「なっ…なんなんだヨォォ!!??」

「いい加減…その語尾は聞きたくねぇぇんだよォォォッ!!!!!」

「ガッ!!!??………ヒ…」


 腰だめに拳を構え、振り上げ、ボディブロゥ一閃。

 衝撃波が、腹を通り越し、背中から飛び出す。

 数秒、物理的に追い付く様に、天井に轟音で叩きつけられた化ライオンは、青い炎を上げ、燃え尽きた。


「……ハァ」


 疲弊し、どっかりと座り込む丈一。

 二回目にして、身体がミノタウロスに慣れて来たのだろうかと思案する。

 ミノタウロスに慣れるとは何だと、自分自身でツッコミを入れつつ。


「って……桜…こっ?」

「っ!っ!」


 足下に、足首に、何かが触れてる感覚。

 猫に猫パンチ受けてるかの様な……幼馴染の、ドアノックみたいな足叩きだった。


「ちょ……いってぇ!」

「あっ!ゴメン!ちょっと元のジョーに戻るなら言ってよ!」

「……黙ってたのは、悪かっ…!!!(そうだエーテルは人間には猛毒!)おい桜子お前身体大丈夫なのか!?」


 丁度拳がクリーンヒットした頬を摩りながら謝るのも束の間、祖父の話を思い出し、慌てて肩を掴んだ丈一だった。


「?大丈夫だけど?」

「ホントか?具合悪いトコとか「ジョー、ちょっと痛い」!ゴメン…」

「本当に何処も悪くないよ?全然平気ってか、色々よくわかんないんだけど?」


 嘘の無いケロッとした顔に、一先ずは安心する丈一だが、反対に余計困惑顔の桜子。

 確かに、いきなり化け物に命狙われて、そしたら化け物にいきなり庇われてで、挙句急に体調を心配される。

 意味がわからなすぎるのは、先日の自分同様であろうと。


「ていうか……私の事気にしてるなよジョー…!」

「いやに気にす!……とりあえず、出るか」

「うん…」


 得体の知れない地下迷宮で口喧嘩していても埒は開かない。

 何にせよ今回も撃破出来たのなら、一先ずは一安心なのだから。



ーーーーーーーーーー


「ココア置いとくね。桜子ちゃん」

「あ、ありがとうございます!」


 そのまま斧田家、丈一の部屋に入り、母の久美からココアを受け取る桜子。

 玄関より先に、幼馴染の部屋に入ったのは、相当久しぶりな気がしていた。


「(いつ以来だろ…小学校以来くらいかも)」

「丈一、ちゃんと謝んなね」

「何で俺が悪いと最初から…」

「桜子ちゃんの顔見りゃわかる」

「えぇ…」


 母の久美が忠告の様に伝えて出れば、部屋には丈一と桜子、二人きりになる。

 腕を組んで、自分と目を合わせようとしない丈一に、話し出す切っ掛けをと思った桜子は、出窓のそれを見て。


「ロボットのおもちゃ飾ってるの?」

「ああ、プラモな。あの、馬鹿力の加減の調整練習に、細かい作業をさ」

「そうなんだ。かっこいいね!」

「最近のガソプラは出来が良いからな」


 話が盛り上がらない。

 桜子自体、アニメは楓から教えられて見る程度。

 友人の楓はガソダムの男子キャラクター同士が好きらしいが、ロボットの方は分からないしなぁと、嘆息する。


「(仕方ない。本題に入ろ)ゴメン。昨日病室でのジョーとおじいちゃんの会話、私扉の向こうから聞いてた」

「!そうだったのかよ……だから来たのか」

「うん。だって言ってることぶっ飛び過ぎてたし、昼休みのヘビだって…ジョー凄く落ち着いて追い払ってたから、確かめたくて」

「じゃあ確かめられたから、もう、来んなよな」

「それでジョーはまた行くの?」


 自分には来るなと言っているが、丈一自身には言ってないのは直ぐ分かった桜子。

 何時もの、幼馴染が独断で決定し、行動する時の雰囲気を悟る。


「話聞いてたならわかんだろ。じいちゃんから継いじまったんだよ。俺がやるしかねーの」

「おじいちゃんの歳になるまで…?」

「そりゃ…そうなんじゃねぇの。じいちゃんも歳だから箇条書き的な説明しかされてないし」

「怖くないの?」

「まだ二回目でもそこそこ慣れた。つか、お前こそ牛になっちまった俺の事……っておい。何だよ」

「……元に戻るとただのジョーだね」


 腕や脚を触り、知っている幼馴染の身体だと確かめる。

 最後に頭を、撫でる様に触れて。

 豊満な乳房が目の前に迫って来るのに、思わず視線を逸らした丈一だった。


「ツノ出てたトコ、ハゲてなくて良かったね!」

「近いしお前な「良かった。何処も傷痕無くて…」桜子……」

「ん!やっぱジョーはジョーだ!ヨシ!」

「…ありがとうな」

「えっ?」

「いや、あの鎧、多分お前のお陰で出たから」

「そうなんだ。へ〜」


 分からない事だらけだが、少なくとも目の前に居るのは、間違いなく斧田丈一である。

 なら、今はそれで良いと、とりあえず、ジョーが元気なら、それで良いと思えた、若山桜子だった。







 






「はー…今日はなんだか疲れちゃったな…」


 帰宅し、ベッドに身体を放り投げる桜子。

 筋肉痛とは別の、手の痙攣も認めて、改めて怖かった事を、自覚した。

 それでも。


「ジョー……ジョーが守ってくれた。ジョー、ありがとう。ジョー…ジョー、大好き。やっぱりジョーは私のヒーロー。昔からずっとそう」


 自分が困った時には、何時だって助けてくれる幼馴染。

 そんな斧田丈一の事を、若山桜子は、ずっと想い続けていた。


「ねぇジョー……昨日の唐揚げね、ホントは私が作ったんだよ。ママのだと思って美味しそうに食べてたけど、下味付けるのから、揚げるのまで、全部私が作ったんだよ。美味しそうにモグモグ食べてたの、ドアの隙間から見ちゃった。良かった。とっても美味しそうに食べてくれた。でも私が作ったって言ったら、多分ジョーは恥ずかしがるから、まだ言わないにしよ。楓ちゃんにもナイショ。明日も、明後日もこの先もずっと一緒に登校するから、朝は七時ピッタリに出て、ジョーのおうちに行かなきゃなんだ。本当は学校への行き方はもうとっくに知ってるけど、ジョーと一緒に学校に行きたいから、分からないフリをするんだ。そうしたら、ジョーはめんどくさそうな顔しながらも、一緒に行ってくれるもんね。ジョーがバイク乗ってる後ろ姿、何時もカッコいいって思いながら見てるんだよ。でもね本当はね、ジョーの後ろに乗ってみたいな。ジョーにギュッてくっついて、ジョーのあったかさを感じながら行きたいな。そういえばさっき身体触った時、凄いあったかくて、それで筋肉が凄い張っててドキドキしちゃった。ツノが生えてた所触った時に、おっぱい顔に近付けたの気付いたかな。今日は疲れてたから仕方ないけど、もしえっちな気分になったら、いつでも良いんだからね。牛さんになったジョーも良かったな。おっきくてムキムキで、それで一生懸命戦って、私の事守ってくれて、とってもカッコよかった。どんな姿になっても、大好きだよジョー。一生戦わなきゃならないなら…………私も一生、側にいるからね」


 日課の独白を終える。

 毎日の様に行うルーティーン。

 若山桜子の、決して人には言えないが、大事にしている習慣。


 ただし、今日から、それは、もう一つ。


「…桜子」

「ママ?もうご飯ー?」

「ちょっと、下に降りて来て貰える?」

「?」


 ドアをノックする音と共に、声の主である母親が、少し開けた隙間から、顔を出した。

 面持ちは、些か神妙で。





「え、鶏舎のほう?」

「いいから来なさい」

「?」


 自分の母親は、ここまで語気が冷たい様な人間ではないと、違和感を覚える桜子。

 既に日は沈み、鶏舎内も暗く、静かであるが故に、鶏達も鎮まり帰っているのが、一層不安を掻き立てた。


「少し触るわね」

「えっ?……あっちょっ!ママ何いきなり!?」

「良いからジッとしてなさい!」

「!何なん!?教えてよ!」


 唐突にワイシャツに右腕を入れ、胸を触る母親。

 抵抗するも一喝される理不尽さに、桜子も良い加減に怒る。


「………「ねぇママ」あった……もう、出たのね」

「何が?」


 するりと手を抜くと、頭を項垂れさせる桜子の母親。

 しかし意を決した様に顔を上げると、娘の目を見て、告げた。


「丈一君は、大牛人になったのね」

「!えっ」

「ミノタウロスに、なったのよね、丈一君は」

「………うん」


 その単語が出た事に驚きつつも、思ったより素直に飲み込めている気がした桜子。

 幼馴染の家の地下に、あの大迷宮があるのなら、古くからの付き合いの、自分の家もまた、全くの無関係では無いのだろうと、薄々勘付いていた。


「桜子、良く聞きなさい。丈一君が、ミノタウロス、大牛人になったのであれば、貴女は、鴉巫女………ハーピィになるさだめ、なのよ」






つづく

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