第3話 幼馴染は怪しむ

ーーーーーーーーーーー


「ッ!!!」

「馬鹿力のミノタウロスとまともに組み合う訳ねぇだろうがァ!!!」


 敵対するは、人面と、獅子の体躯を持った巨人。

 丈一は自身の朧げな神話知識から、辛うじてマンティコアという、人喰いモンスターの名を思い出した。

 素走っこく、捕らえ所が難しい難敵。

 更に。


「ヒャアッ!!」

「あっぶね!!!」


 サソリの様な尻尾からの毒針攻撃。

 狭所なバトルフィールド故、厄介極まりない。


「お前の図体とスピードでいつまで避けられるかなァァ!!?」

「クッ…それにしたってこのラビリンス来るモンスター共…何で皆ヒャッハー系なんだよッ!!!」



〜〜〜〜〜〜


「あっ!……筋肉痛エグっ」


 全身の筋という筋が切れているかの様な感覚。

 オッサンになると毎日この痛みなのかと思う程に、全身の痛みがあった丈一だった。


「じいちゃーん、生きてる?」

「…死んだぞう」

「りょーかい」


 向かい側に居る、なんとか一命を取り留めた高齢者の生存確認をするや否や、入り口のドアをノックする音が響いた。


「入りまーす!」

「まだ許可出してねーよ」

「すまんのう、桜子ちゃん」

「んーん。おじいちゃん大丈夫そうで良かった。一応ジョーも」

「そうだな。年寄りは大事にしなきゃだもんな」


 先にじいちゃんの心配かよと、声の主を一瞥すれば、ビニール袋に何やらギッシリ詰め込んで、名目上はお見舞いに来たのであろう、元気な女子高生が一人。

 二人とも、起き上がれずに返事のみで答えた。


「おじいちゃんはコレ、久美お母さんから色々持ってきました」

「ありがとうなぁ。置いといてくろや」

「ジョーはコッチ」

「?」

「唐揚げ!!」

「入院患者に食わすモンじゃね…《ぐ〜ぎゅるるるる》…サンキュー…」


 惣菜用のプラパックに、ぎっしりと詰まった唐揚げ。

 斧田家の近所であり、養鶏場である若山家は、名の通り新鮮な鶏肉が沢山ある為、かねてから斧田家の乳製品との物々交換が盛んであった。


「ちなみにちゃんとお母さん製だよ」

「そりゃ本当にありがたい」

「ん!じゃあ私学校行くね!プリント貰っといてあげる!」

「おぉ、頼む」

「何から何までありがとうなぁ桜子ちゃん。丈一ちゃんとお礼せい」

「へいへ……ありがとな」


 何時もなら適当にはぐらかす所だったが、流石に今回は桜子が居なければ、二人纏めて地下迷宮でくたばっていたと思うと、礼はちゃんとしておこうと思った、丈一だった。





「…で、そろそろ説明出来んのか。じいちゃん」

「何処から…話すか?」

「どこでもいーよ。取り敢えず、システム含めて全体の構造が知りたい」


 唐揚げを頬張りながら、祖父に訊ねる。

 祖父も祖父で桜子から渡された、母親手製の塩分控えめ漬物を齧りながら。


「…まぁ見ての通りの巨大迷宮だ」

「で、そこを守るのが、じいちゃんだったと」

「うむ。古い牛舎…彼処が、あちら側と繋がる門でな。あの迷宮…ラビリンスを潜って来た者を迎え撃つのが、ワシの役目だったのだ」

「ラビリンス…80のジイさんから出て来るワードにしちゃ強いな…」

「ふぉっふぉっふぉ」

「体裁整える用の仙人笑い止めれ。つか、そもそもミノタウロスって、悪い魔獣かなんかだよな「そんな訳ないだろう!!!風評被害をやめろ!!!伝承なんぞアテにするなぁぁーー!」うわぁっ!」


 いきなりキレたぞこのジジイ。 

 と悪態を吐きたくなる丈一。

 そもそも祖父がキレるのを久しぶりに見たと思いながらも、年寄りが急にキレると急逝しそうで、コッチの心臓にも悪いと思う丈一だった。


「…すまんすまん。さしもの冗談だ」

「冗談にしちゃ気迫がガチだって。まぁでもそこら辺はいいや」

「気にならんのか?」

「だってどうあれミノタウロスじいちゃんが頑張ってモンスター食い止めてんの見たんだし、良いよ」

「最近の若いのは割り切りがいいのう」


 そこは良い。そもそも戦う前にも呑み込んだ話だと割り切る。

 ただ此処からは、具体的な話故、しっかりと聞いておきたいと姿勢を正した。


「エーテルって何?」

「銀河鉄道に乗る金髪美人のネーチャンじゃ」

「良く瀕死で軽々しくボケられんなジジイ……」

「あの迷宮に漂う異界の粒子だ」

「エネルギー源って事か」


 ファンタジーで言えば魔力。

 SFで言うとビーム等を撃つのに必要なヤツかと、自分なりに咀嚼する丈一。

 まるで目には見えないが、そういうモノが渦巻いていると聞くと、やはり異世界なんだなと再認識した。


「火を吐くにも、何か攻撃するにも、エーテルを使い、行う。全ての基だな」

「ミノタウロスの変身にも?」

「……」


 沈黙は是かと捉える。

 自分たちの世界でらそんな気配まるで無かったにも関わらず、唐突に牛大男の孫だからミノタウロスになれたというのも、合点は行った丈一だった。


「そしてこの世界…現界に於いては毒だ。通常の人間には高濃度の放射能だと思え」

「!!マジか……」

「だからこそその理を持つ奴等を此方へ来させる訳には行かんのだ。奴等の存在そのものが、此方の世界に異変を与える」

「っ…」


 小さい頃、近付いた自分に激昂した祖父の理由を、把握出来た丈一だった。

 何よりそんな物を一人で守って来た、祖父の重圧も。


「分かった。で、次はいつ来んの」

「……」

「(やっぱり黙るか…)じいちゃん。流石に俺もどういうモンに巻き込まれちったかは、分かるよ」

「ならん。丈一には任せられん」

「そこは…ほら、こういう時は修行したりとかで相伝するヤツ「そういう事じゃないんだ」…」


 顔を見れば分かる、家業を継ぐと言っている時の、母親と同じ顔している祖父。

 モンスターとの戦闘だけでなく、エーテルの話含め、孫に命懸けの仕事をさせられないというのは、その孫自身でも分かる故に。


「だけど昨日、街中の人間が、バフォメットの影響を受けて夢見心地悪かったってのは、じいちゃんの抑え込む力が、弱まってたからなんだろ」

「っ……それでも、させられんよ」


 流石に頑固だなと逡巡する。

 とはいえ、押してばかりでは祖父を首肯させるのは難しい。


「じゃあ、俺がやってみたいって言ったら?」

「!…丈一、遊びではないのだぞ」


 今度は少し、怒っている様な顔になる祖父。

 顔の皺の動きが激しいからか、表情が読み易かった。


「そりゃそうでしょ。でもさ、こんな使い様の難しい馬鹿力、漸く思いっきり…ていうか、使う為の場所があるなら、使いたい」

「…」

「じいちゃんから継いだもの、宝の持ち腐れにしたくねぇんだ。この力も、牧場も」

「無理を推すのは…変な所で似てしまったの」


 細い首をがっくり項垂れて数秒。頭を上げると、碌に歯の残ってない口を開けて、笑った祖父だった。


「しょうがないだろ。孫だもん」

 丈一も、同じように。

 



ーーーーーーーーーー


「………?」


 何?何の話しているのだろうと、ドアのそとから訝しげに思う桜子。

 渡した袋の中に、うっかり原付の鍵入れっぱなしにしたのに気付き、急いでUターンして来た所だった。


「ミノ…タウロス?まじゅう…?ラビリンス…?ゲーム?は、おじいちゃんやらないし…???)」


 幼馴染も、ゲームはあまりやらない上に、人に何をやったとか話すタイプではない。

 ならばなんなのかと言えば、やはり昨日の事、しか無く。


「やっぱり、昨日あの扉の向こうで何かあったんだ」


 丈一を待っている間にも、ドアの向こうは振動と衝撃波の様な音が轟いていたのを体感した桜子。

 急がねばと思い、力の限り引っ張ると、ビクともしなかったドアが、唐突に、何故かいきなり開いた。


 「(その中には怪我だらけでボロボロのおじいちゃんと、すっごい具合悪そうなジョーが居て、大慌てで二人を引っ張り出したら、丁度久美お母さんが呼んでくれた救急車に乗っけて、ココまで来た…)」


 昨日の顛末を振り返る。

 振り返った所で、謎だらけではあった。


「なんなんだろう…」


 まるでわからない。

 分からないが、言っている通りの、ゲームの様な、物語みたいな出来事が起こったのだとしたら。


「ほっとける…訳は、無いよね」




ーーーーーーーーーー

「おはよーございまーす…」


 翌日、あくまで普通でいようと思いながら、いつも通り黄色いスクーターで斧田家まで来た桜子。

 丈一自身は昨日退院出来たと聞いていたので、暫く待っていれば、幼馴染がいつも通りに顔を出した。


「おー。待たせた」

「あっ!お、おはようジョー!元気?」

「元気……まぁ75パー位かな」

「そっか…」

「いや残り四分の一は筋肉痛とかだから気にすんな」

「なら…いっか!」

「ん」


 見た感じは大丈夫そうだなと思う桜子。

 少なくとも、無理を押している訳では無さそうだった。


「おじいちゃんはまだ病院?」

「おぉ。年寄りは念の為ってヤツだろ」

「そういうやつか」

「そういうやつだ」

『………』


 暫し、沈黙。

 毎朝のやり取りが、今日はぎこちない二人。

 思った様に言葉が出て来ない気がした桜子だった。

 丈一も同様で、『一人で行けよ』とか、『いい加減道覚えただろ』とかといった言葉が、出て来なかったのではあるが。

 






「さっちゃん大丈夫?ボーっとしてて」

「あっ、ゴメン楓ちゃん」

 昼休み、中庭のベンチで昼食を食べる桜子を、クラスメイトで友人の、小森楓が心配する。

「なんか朝から上の空だね」

「えっそう?」

「さっちゃん顔に出やすいから!」

「たはは……」


 綺麗な黒く、長い髪を一つ縛りにして、赤いフレームの丸眼鏡が特徴的な楓。

 桜子は最初、大人しそうな子かと思っていたが、ほのぼのしており明るい性格で通じるモノがあったからか、高校で最初の友達になっていた。


「今日も唐揚げ美味しそうだね」

「ウチ鶏肉だけは新鮮だからね〜。一個あげる!」

「ありがと。じゃ私はちくわのチーズ巻きあげ……ひゃっ!!!」

「?…!楓ちゃん足上げな!」

「うっうん!」


 楓が急に悲鳴を上げたかと思えば、足下に蛇が三匹。

 見慣れない異質な体色で、明らかに毒蛇だも勘づいた桜子。


「コッチ行こう!」

「うん!」


 楓の手を引いて、兎に角植え込み等の、蛇が潜んでそうな所から離れる。

 しかし。


「わっヘビ!?」

「やだぁマジキモい無理ィ!!」


「なんか、一杯出て来てる…?」

「ど、どうしよさっちゃん…」


 四方八方に出て来た蛇が、お 昼休みの生徒達を追い込む様に数多く出始め、何匹かは飛びかかって来る。

 悲鳴を聞いて、校舎からも覗く生徒が出、校内中が大混乱に陥る。

 そんな中に。


「桜子、退いてろ」

「へっ!?あっ!ジョー!」

「ひゃっ!」


 丈一の、高年式の2ストローク農業用オフロードマシンの音が響けば、中庭中を駆けずり回り出した。

 タイヤに吹き飛ばされ、次々と動かなくなる毒蛇達。

 皆が皆困惑した顔していたが、丈一だけは一人。


「……とりあえず、今はこんなモンか」


 落ち着いた様相で、辺りと幼馴染を見渡していた。




 その後は、特に変わった様子は見せなかった丈一。

 桜子が午後の選択授業で見かけた際は、相変わらずの気怠げな顔で授業は聞いていたが、当てられてもそれなりに答えられるという、何時も通り具合だった。

 クラスメイトに話しかけられても、適当に相槌打てており、詰まる所蛇の事以外は、いつも通りの幼馴染だと思った、桜子だった。





「(うーんダメだ。ぜんっぜんわからないな。私の聞き間違いだったかな?…でも…思い過ごしにはしたくないし)」


 謎は増える一方ながら、諦めきれない桜子。

 加えて先刻当の丈一から。

『悪い。今日直ぐ家に帰って用があるから一人で帰れるか?桜子』

 というあからさまなメールまで、送られて来たが故に。

 ならばと吹っ切れた桜子は急に余所余所しくなった幼馴染の言うことなどは聞かず。


「よし。ついてこ。帰るね!楓ちゃん!」

「あ、う、うん!じゃあねさっちゃん!」


 尾ける事にした。

 自分の教室から颯爽と元気よく帰る桜子を、相変わらず毎日楽しそうで良いなぁと、少し羨望の眼差しで見る楓だった。







「って速い!もージョー!」


 早々にバイクのエンジン掛けたと思えば、あっという間に学校の敷地から姿を消した丈一。


 「(やっぱり…何時もは大分ゆっくりだったんだな)」


 昼休みの事と併せて、ぶっきらぼうだけど優しい、幼馴染の性分を垣間見た、桜子だった。







「えっと確かコッチ…あ」


 斧田家に着いて、一昨日も来た古い牛舎の方に向かう。

 草が生い茂っている中に、獣道程度の細道があるから、そこを通っていけば。


「あった。ジョーのバイクだ。やっぱりココに来てた。絶対何かあるんだ」


 今朝方聞いた、ラビリンスというワードを思い出す。

 それが示す場所が何処か、それは。


「このドアの向こうに……!」


 正反対に、すんなりと開いたドア。

 それでいて、明らかに昨日とは違う開き方。

 もしかしすれば前回も、最後はこの様にに開いたのだろうかと疑問に思う桜子。


「よし…」


 疑念は尽きないが、ともかく今はこの冷たい空気が纏わりつく、暗黒の空間に、頑張って入ってみようとした桜子。

 だが、人は違えど、初回の進入は。


「アレ…足届かない…何にも着かない…どうなってんのこ…ひゃっ…あぁ〜れぇぇ〜〜!!!!???」


 同じだった。







ーーーーーーーーーー


「鎧…鎧…?」

『いいか丈一。奴等がいつ現れるか、それは肌で分かる』

『が、今はミノタウロスの防人としての力が弱まっている。恐らくこの世界で、副作用的に影響が見える筈だ』

『とはいえ、ラビリンス自体は早々に突破されるモノではない』

『だが生身のまま戦うのは至難だ。故に、お前の為だけの武具がラビリンスの中に現れる。それを先ず探すんだ』

『鎧と、斧。それが、ミノタウロスの全てだ。そして先ず、【守るため】の、鎧を探し当てなさい』


 祖父が一つ一つ教えてくれた事を思い出し、迷宮へとやって来た丈一。

 今度は着地も成功出来た。

 加えて。


「何も点けて無いのに見える…!」


 松明のある大広間ではないのに、目が効く。


 「(俺がミノタウロスになったからなのか?)」


 エーテルの流れ等は見えないが、その反射で照らされてでも居るのだろうかと、勘繰る。


「取り敢えずは、鎧ってのを探さなきゃだよな…」


 祖父の言っている事は、妙に途切れ途切れな気がしていた。

 年寄り特有の、耳が遠くなって来たから言いたい事だけ言う、一方通行スタイルの話し方といえばそれまでだが、いかんせん説明がザックリ過ぎるとも思った丈一。


「宝箱とかにでも入ってんのか…?」


 迷宮内を歩き続けるも、まるでそれらしい物は無い。

 満身創痍な祖父に尋ね続けるのは、孫としてもどうにも憚られる手前、少ないヒントから導き出すしか無いと思っていた。


「それが俺に課された使命…みたいなモンなんだろうな」


 自分で見つける事も、役目の一つなのだろうと。

 でないと、俺自身の武具にはならないのだろうと。


「思う……か、ら」

「ム」

『…………』

「でっ…出たぁぁぁぁ!!!!」

「現界のガキだとォ?…丁度良いナア…ミノタウロスの居場所教えろやァァ!!!!」

「!ソイツは……ッ!!俺だよォォォ!!!!」


 曲がり角での出会い頭。

 噛み殺しに飛んで来るライオンのモンスターの鼻っ柱に、変身して先ず一撃、真正面から拳を叩き込んだ、若きミノタウロスだった。






つづく


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