第2話 牛になる

た。




「ただいまー…」

「あー丈一おかえり。桜子ちゃんも寄り道させてごめんね」

「いえいえ!すいませんわざわざ!」

「こないだ紅葉から卵沢山貰っちゃったから良いのよ〜ちょっと足早いけど持ってって〜」

「ありがとうございます〜」


 自分の母親と話している時の桜子は、ちゃんとした喋りというか、女同士のごく普通の会話を出来ているなと思う丈一。

 娘と反対に竹を割ったような性格である、紅葉という名前の彼女の母親由来であろうかとも、思ったりしていた。

 そんなやり取りを傍目に、睡魔の酷い自分でも分かる、家の中の違和感を感じた。


「…アレ、じいちゃん、まだ帰って来てねぇの?」

「あぁ〜……そうね。遅いわよね」

「おじいちゃんって、今頃は確か…」

「古い牛舎の方だな。アッチで納屋仕事やってんだけど…何時もなら四時前には来てるよな」


 斧田家は牛舎を一度新築しており、古い方は母親も産まれて間も無く使い終わっている為か、現役の姿は知らぬ程である。

 故に現在は祖父のみのスペースであり、丈一の幼少期には、イタズラ心で近付けば、普段は温厚な祖父に血相変えて怒られた為、近付かない様にしていた。


「ちっと見てくるわ。桜子、帰り道迷うなよ」

「こっからは分かるし〜。でも途中だから私も行く。最近おじいちゃん会って無かったしさ!挨拶する」

「勝手にな…そうだ母ちゃん」

「なに?」

「いや…母ちゃんは寝不足無さそうだな」

「そりゃもう何十年も朝早いからね」

「……(偶然か?)」




 疑念の晴れぬまま、旧牛舎までやって来た丈一と桜子。

 依然として、睡魔が鬱陶しさも感じていた。


「じいちゃーん………?」

「おじいちゃん…ホントに……居る?」

「多分…」


 だが実際桜子の言う通り、祖父の、というか、人の気配は無い。

 となると、何処かへ出掛けたかと思う丈一だが、その場合は都度母親に言伝する年寄りだよなと、一層疑念を浮かべる孫であった。


「つか…久しぶりに見ても、薄気味悪いんだよな……って桜子。寝んな」

「ゴメ……ン。でも…何かさっきよりも凄く眠くならない…?」

「それは……そうだ…な」

 

 現役の牛舎と違い、奥の森に隣接してるのも相俟ってか、日が碌に入らなく、湿っぽさと少しのカビ臭さに不快感を覚える。

 奥の方は真っ暗で、両脇の牛一頭一頭を入れる仕切りの丸太も、あちこち腐食していた。

 何より、二人は此処に来て睡魔がピークを迎えるかの様に、眠くなっていた。


「(納屋での作業って、何やってんだ?)」


 そもそもこの建物、作業をする為に必要な物や道具らしい道具が一切見当たらない。


「まるで使って…な「あ、ジョー。扉がある」は?」

「ほら」

「いや見間違いだろ……!えぇ…」


 桜子が一体何処を指差しているかと思えば、それは最奥の牛の居住スペース。その、地面だった。

 まるで地下室への入り口かの様に、地に埋め込まれた様な扉。

 しかし小さいそれではなく、しっかりと、あちらとこちらを隔てる様な、『玄関』の、ドアだった。


「なんだ…コレ」

「地下室かな?……!わっ…」

「どうした桜子」

「何か、いきなり目が冴えた」

「はぁ?……ッ!」


 普段の素っ頓狂な発言とも思いかけるも、明らかに目が開き、丸いタレ目が良く分かる様になった、桜子。

 そして丈一も、ドアノブに触れた瞬間、エナジードリンクをガブ飲みしたかの如く、頭がハッキリした。


「何だこの扉……取り敢えず、じいちゃん中に居てら出て来れないとかならヤバいから、行ってみるわ」

「私も「俺まで帰って来なかったら警察とか消防の連絡どうすんだ」っ…そっか…分かった」


 桜子も祖父には昔から世話になっている故、気持ちは汲むものの、完全なミイラ取りがミイラになるのは避けたいと思う丈一。

 とりあえず何か有れば母親に言い、その後どうするかを決めようとーーー。


『!!??』


 突如、鳴り響く轟音。

 地震、地鳴りと言っていい音。それが断続的に此方まで届き出した。

 音の出所は、下。地下。

 否、正確に言えば。


「この…扉の向こうから…!」

「ジョー!先にお母さんに連絡しよ!」

「いや待ってらんねぇ行く!」

「あっちょっ!」


 只事では無い事が下で起きてる。

 そう判断した丈一は桜子の制止を振り切り、意を消して、ドアを開けた。


「真っ暗…ええいままよ!」


 深淵に、飛び込んだ。




ーーーーーーーーーー


 と、少しカッコ付けた少年であったものの。


「いって!…尻餅…そこそこ高い所から落ちたのか」


 思わず地面を触れば、手触りから石かレンガかと勘繰る。

 ともあれ完全な暗闇の空間故、ポケットに手を伸ばし。


「電波…は無いか。最近は山奥でも5G入るんだけどな…ライトっと」


 携帯のライトを点灯。

 此処ががどんな地下空間なのか確かめねばと、歩き出そうとする丈一。

 こんな秘密の地下室で祖父は何をーーーと。


「…………は?」


 見渡せば、照らされた明かりから覗く、周囲の空間。

 それは、上下左右、全てを石畳の様に積まれたブロックで包まれ、遥か奥、更には左右に無数の分かれ道が点在する、終焉は一切見えない、巨大空間だった。


 端的に言えば、『迷宮』である。


「いや、待てよ……この空間。今朝見た変な夢の…!」


 こうまでの酷似が偶然であるとなど、思う訳もなく、あの『夢』は、見るべくして見たモノだと思った、斧田丈一だった。


ーーーーーーーーーー


「ウソ!?開かないってまじ!?」


 幼馴染が相変わらず勝手に飛び込めば、勝手に扉閉まった事に驚く、若山桜子。

 再び開けようとするも、まるでビクともしないドアに、困惑していた。


「力持ちのジョーだから開いた訳でも無いよね…ふーーんっ!…ダメだ…」


 質量や腕力の問題ではないと、直感する桜子。

 普通じゃない扉だと、息を呑んだ。


「ジョー…ホント心配事有ると直ぐ飛び込んでくんだからさ…少しはそれを心配する私の気持ち考えてよ…」


 少し弱気になるも、小さく速く頭を振ると、今は私にやれる事をやろうと、意気込んだ。


「とりあえず久美お母さんに…って、コレ、どう説明すれば良いんだろ…?」


 



ーーーーーーーーーー


「めちゃくちゃ広いぞココ…」


 少なくとも直線は五十メートル先でも暗く、方々の脇道も奥は真っ暗な空間。

 何より牧場のある小さい山奥の地下としては広大過ぎていた。


「何だ…核シェルターか何か……っ!?」


 呟くより早く、再びの轟音。

 その音の下へ、明かりを向けて、走って行く丈一。

 右に脇道が一本。

 其処へ入り、先の曲がり角を左、直ぐに右。そのまま真っ直ぐ進むと、天井が高くなり、立方体的に構築された、レンガ壁の空間が広がる。

 何より他と違う、壁に建て付けられた、松明で照らされた明るさがあった。

 そして。


「この部屋…!!?うっ…うわぁぁぁぁぁっ!!!!!」

「ガッ…ハァ………」


 真正面から飛んで来、壁に激突した、巨体、途轍もないサイズの体躯。

 丈一はギリギリで横っ飛びに跳んで回避し、起き上がり様に確認するその身体、悠に人間の三倍以上

 六メートル程の大きさを持った、人の身体と。


「うっ…牛の…顔…?」


 目を血走らせた、猛牛の面構えだった。

 身体には見ただけで分かる重装甲の鎧を纏い、片手には巨大な斧を握り締めていた。


「ヌゥゥゥ…」

「クッ…ガハハハ…いい加減お前の門番としての役割も終わりだナァ…ミノタウロスゥ…」

「はっ?…今度は…山羊頭巨人…?」


 ゆっくりと、しかし重い一歩を踏み締めながら、此方へと近付いて来る、山羊頭の巨人。

 目標を牛頭に定め、手にした槍を振り下ろそうとする。

 その時、聞こえて来た声が一つ。


「そうは…させられんのだ…」

「!……(この声聞き覚え…いや、このしゃがれた声は絶対…!)」

「気概だけあってもなぁ…老いぼれにこのラビリンスの守護は不可能だろうよッ!!!」

「ッ!」


『!?』


 少年はーーー孫は、思わず、身体が動いた。

 松明一つ拾って、投げ付けていた。

 まるで効いてはいないが、注意だけは、引き付けられたと思って。


「何だ…?この虫ケラは…?」

「やべっ…」


 自分でも何をやっているのかと思うも、先刻学校で玉野相手に起こした行動と、大して変わらないだろうと考え直した丈一。

 何せ、目の前この、牛頭巨人は、確実に。


「じいちゃん…やらせるかよ…」

「現界の…童か。悪ふざけにしては…つまらんなァァッ!!」

「!」

「丈一ィィっ!!!」


 山羊頭が目標を人間に変えて、携えた槍を振り下ろしに掛かる。

 巨大な切先が真っ直ぐに向かい、人間を容易く真っ二つにせんとするのを。


「ぐぉぉぉっ!!」

「!!」


 飛び込んで、躱し、孫を手に乗せれば、一気に走り出した牛巨人。

 そのまま迷宮の道を走り続けて、入り口までまで一目散に駆け抜けた。






 ゆっくりと、孫の身体を下ろす。

 そのまま牛頭巨人が、身体を、縮めれば。


「ーーッ…ーーッ…無事か…丈一…」

「やっぱり…じいちゃんだったのかよ…」

「ココまで見られては…もう取り繕えんな…」

「喋んなじいちゃん…ボロボロじゃねーか…」


 息も切れ切れで、何時ものしゃがれてるものの元気な声が、物凄く小さい事に気付く。

 このままでは、不味い。

 兎に角、この迷宮から脱出しなければならないと悟る丈一。


「じいちゃん、出口は何処「ダメだ…それは」何でだよ!」

「ワシが…ココから立ち去る訳にはいかんのだ…ココは、奴等を食い止める、最後の砦なのだ…」

「食い止めるって…!」


 瞬間、脳裏にドアの形を思い出す。

 中と外を、分かつ様な扉。

 つまり、あの扉によって、化け物の様な奴等が、自分達の世界に来るのを。


「じいちゃんが…倒して、防いでたのかよ」

「すまんな丈一…小さい頃怒鳴ってな」

「んな…今そんな話してる場合じゃねぇし、最期に言っとこうみたいなテンションで言うな!」


 勝手に走馬灯巡らすなと、焦りと苛立ちを覚えた丈一。


「だが…コイツだけは…な」

「ちょ……!!」

「ハッ、それがこの迷宮の守護神…ミノタウロスの本来の姿か…矮小な現界の老いぼれジジイだったとはなァ…」


 追い付いた山羊頭が、再びその姿を見せる。

 比較になる祖父が元の人間に戻ったからか、先刻以上の馬鹿デカさだなと感じる丈一。

 同時に、祖父を指す名に疑問も浮かび。


「ミノタウロスって…悪い奴…じゃあ無かったっけ…?」


 神話にはそこまで聡く無いが、少なくともミノタウロスというのは、悪として描かれる事の多い、打ち倒されるべき獣だと、『コレまで』の斧田丈一なら、認識していた。

 が。


「(なんて、今のじいちゃん見たら、言える訳がねぇな…)」

「オイ現界の童…ヤケを起こす前にそのジジイを差し出せ。そうしたらお前を殺すのは後にしてやらァ」

「丈一…退け!退くんだ!!!」


 焦りの顔を滲ませる祖父。

 自分達の生殺与奪を握った気になっている山羊頭。

 その状況は、これから先が、決まっている様で、丈一には、無性に、腹が立つ状況だった。


「今日は…」

「何だァ?」

「…今日は、朝も普通に牛達に餌やって、飯食って、桜子とバイクで学校行ったら、担任に斧田は物分かりが良いケドって言われたよ。そんで装飾係断ったツケか、アホなチンピラ共に因縁吹っ掛けられて、追っ払ってって面倒事もあったよ」


 巨大な相手だ。

 しかし、山羊顔だから顔は縦長だからか、眼は良く見える。

 否、目線だけは逸らさない事に決める。


「だから何でも来いだ。良いと思うぜ。この状況も、割と素直に飲み込めてるし。何より、一番は、じいちゃんが…こうやってずっと…俺達の世界…守って来たんだなって…誰にも言わずに頑張ってたんだなって…今のテメーみたいなクソ野郎の話で把握出来たよ」

「うるせぇ童だ…フンッ!!!」

「奴め…炎を…!」


 火を吐く山羊頭。真っ暗な通路も勢いよく明るく、熱くなる。

 壁側に追い詰められた丈一と祖父は、とうとう逃げ場が無くなった。


「(逃げ場無いのは…元々か)お前の言う事は聞かねえ。先に来いよ」

「ハッ……ハハハハハハ!!!!虫ケラが口だけは達者だなァ!!!望み通り…真っ二つにした後にミンチにしてやーーー…「フンッッッ!!!!!」……っ!!!!????」


 笑っている、山羊頭のくるぶしーーーサイズ差故に正解な場所で言えば、蹄と足首の境を、一発、全力で殴った丈一。

 約三秒後。山羊頭はバランスを崩して、蹴躓いた様に、横転した。


ーーーーーーーーーーー


「と、とりあえずコッチです久美お母さん!!!」

「ちょっと桜子ちゃんなんなの!?そんなに慌てて!!」


 結局口では上手く説明出来なかった為、丈一の母親、久美の腕引っ張って、古い牛舎の方に連れて来た桜子。

 実物を見てもらい、信じてもらうしかないと腹を決めていた。


「こ、コレですコレ!!」

「コレって…ナニコレ?」

「扉です!」

「見ればわかるわよ桜子ちゃん!コレがどうしたの!?」

「この中にジョーが入っちゃって!多分おじいちゃんも居ます!!で、開かなくて帰って来れないかもなんです!」

「………よくわかんないけど状況は分かったわ!じゃあ開けましょう!」

「ハイ!せーのっ!!!……う〜〜〜〜ん!!!!!」

「ダメねコレガッチガチじゃない!?」

「そうなんですよぉ〜!!!」


 二人がかりでも全く開こうとしない扉。

 益々力でどうこうなる様なモノじゃない気がして来て、焦りが強くなる桜子。

 

「(ジョー……大丈夫だよ…ね)」



ーーーーーーーーーーー


「丈一お前…」

「あー…うん。何となく、そんな気がしたから、やってみた」

「そうだったのか……という事は…」

「うん。本当は牧草ロール、そのまま運べんだよ、350キロ」


 薄々、勘付いてはいた。

 ただの力持ち等という表現で、片付く様な怪力ではない事は。

 中学の時点で、大方分かっていて。

 高校では、それ以上に膂力が付いて、人でも怪我をさせたら仕方が無い故、家の事だけをやろうって決めた、酪農家の跡取り息子。

 趣味のプラモデル作りは、微妙な力加減を覚える為の側面もあった。

 牛達も、勿論好きであり。

 だが。


「じいちゃんの姿見て…漸く答え合わせ出来たわ…ありがと。俺ってつまりは、ちゃんと、じいちゃんの、『孫』って事だな」

「すまんな、丈い「ヌワァァァァァァァッ!!!!」っ!」

「何だ貴様は…現界の虫ケラ童風情が……バフォメットたる俺を…地に伏せさせる等とォォォ!!!」

「うるせぇ…密室だから反響がでけぇって山羊頭」

 その名前に、今朝からの怪現象に得心が行く丈一。

 バフォメット……悪夢を見させる悪魔。

 その能力の影響が、自分達の世界にも、及ぼし始めていたという事も。


「下等種如きが…とっとと明け渡せェェェェッ!!!!」

「ッ!」


 バフォメットが体勢立て直し、槍で一突き。  

 先刻同様に横っ飛びに飛び、回避する丈一。

 しかし跳躍力は比でなく、助走も無しに20メートル近く跳んでいた。


「今度は足払い………っ!?」

「その矮小な身体でェ…調子に乗るなァァッ!!!!」

「がっ……グッ…」


 水平蹴りでもう一度昏倒させようとした丈一の脛に、バフォメットの足の蹄が激突する。

 しかし今度は迎撃充分の巨人の脚。

 容易く受け止められ、弾き飛ばされた。

 如何ともし難い、そもそもの体重差、体積差。


「丈一っ!!!」

「大丈夫だよじいちゃん…頑丈な身体だわ…」


 今の所骨折や負傷らしい負傷を確かめ、自身が人外の体構造だと思い直す丈一。

 それに一抹の寂しさを覚えるも、このままでは先ず、ヤツに勝てないと、頭を切り替える。

 必要になって来る、敵と同等の体積、筋密度、表面積ーーーシンプルに言えば、『体格』。

 なれば、取る手段は、一つ。


「口は減らん様だが、引き裂けば開けん様になるだろうなァ」

「……じいちゃん。俺も、なれんのか」

「分からん」

「なれるとしたら、どういう気持ち?やっぱり、世界を守る!みたいな?」

「虫ケラ同士…纏めて切り潰してやらァァァァッ!!!」


 鉄骨の様な巨大な槍が、横薙ぎに襲い掛かって来る。

 もう逃げ場は無い。

 拳で迎え撃つのは、不可能。

 

「そんな大層なのは要らん…ただ、お前達家族を想う、気持ちだけだ。丈一」

「そっか(じいちゃん…母ちゃん…桜子……)オオオオオッッッッ!!!!!!」


 しかしそれでも、拳を繰り出した。












 粉塵が上がる。炎燃え盛る迷宮は、その明度を一瞬落とすが、炎は再び辺りを燃やしてーーーー。


「なっ……何ィィィッ!!!??」

「コレで…階級差は無いよな…」


 槍を「掴み」、立ち上がる。

 バフォメットと同等の体躯の、牛頭の巨人が。

 鎧も無いが、斧も無いが、その有り余る力と、猛烈に荒い鼻息だけ携えて、牛頭の巨人は。

 斧田丈一は。


「ッ!!!」

「がっ!!!……」


 槍の柄を手繰って肉薄。驚いてる山羊頭の顔面を思いきり殴り飛ばす。

 通路の遥か奥で、重たく鈍いモノが落ちた様な音になるまで、遠くに。


「ああ…デカいなコレ…身長伸ばしたいって言ったけど…そういう話じゃねぇやもう…」


 後ろを見れば、子猫の様に見える祖父。

 手が、明らかに大きい。

 腕が大木の如く太い。

 何より顔を触れば、髭というレベルでなく毛を蓄え、額の上には。


「二本…ツノ。つまり」

「たった今ミノタウロスに変現した所でェェェェェェッ!!!!!」

「!」


 激昂し、突貫して来るバフォメット。

 槍はもう無く、その湾曲したツノで、若きミノタウロスを刺し殺そうと、炎を吐き、盾にしながら。

 とはいえ丈一もまた、変現したばかり。

 まだ、何も手持ちは無い。

 ならばと、使える物を、一つ定めた。


「ジジイと孫ォ!!二人纏めて葬ってやるよォォォっ!!!」

「牛相手に……火を向けて来るのはなぁ…」


 低く、低く構え、先端を、真っ直ぐ敵に向ける。

 向かって来る炎は赤いが、色という理屈で無く、ゆらゆらと動くから、飛び込んで行くのが、闘牛なんだと、知っている丈一、故に。

 

「マタドールだけだろうがあぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!!!!」


 吶喊。

 炎を超え、爆進の風圧で掻き消す。

 激突。

 ツノとツノがぶつかり合い、轟音が迷宮を震動させる。

 パワーとパワーが真っ向から打ち合い、そして。


「ーーーーーッ…俺の…野望…が…」

「ウチの敷地内越える野望なんて…お断りだってんだよ。不法侵入ヤギ……!」


 ミノタウロスの角が、バフォメットの角を砕き、その身体ごと、刺し貫いた。


「ぬッ…ヌァァァッ…」

「っ!」


 青白い炎に包まれて、バフォメットが消滅、燃え尽きる。

 その光景自体は自分の力所以でないと、本能的に感じた、丈一だった。


「ああ…何かすげぇ疲れるな………!じいちゃん!!!」


 一息吐いてる場合ではないと、急いで走り、祖父の元へと向かう。

 そもそもどうやって帰ったら良いかも分からないが、兎に角祖父を病院に連れて行こうと背負おうとした。


「じいちゃん!」

「おぉ…丈一…やったのか…」

「うん。なんかよくわかんな…!戻った…」

「エーテルが減ったからかの…「よくわかんねぇけど今は喋んなよじいちゃん!兎に角ココから出て」むぅ…だがこうなると…」


 何かを懸念してるかの様な表情の祖父。

 出る方法の無さか、それとも別に理由があるのかと逡巡する丈一。

 だが今は。


「(それは後回しだ…)早く出るぞじいちゃん!肩貸し「あっ!!!開いたーーー!?あっ!!ジョー!!!おじいちゃーん!!」!?桜子ぉ!!!」


 少なくとも、この僥倖と幼馴染に、最大の感謝を覚えていた。

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