第8話 甦る呪い

 森を抜けた先には美しい自然が広がっていた。空は高く何羽もの鳥たちが羽ばたき、花々は咲き乱れその香りがあたりに漂う。豊かな水源をもたらす川の先には、豪渓ともいえる滝が山から流れ出る清水で自然を守っていた。

「こりゃまた……たまげたな」

「すごいというか……」

「私、まだ村から出たことないけどこんな景色初めて……」

 三人は歩みを止めてその眺めに見とれる。その刹那の瞬間、三人は目的を忘れてしまっていた。

 風景は時を流れてこの世に存在し続けた黄金卿の名にふさわしいほど命であふれている。

「見て、鳥居よ。相当古いみたいだけどまだ立派。まるであそこだけ時間が止まってしまったみたい」

 咲が指し示す方向には朱色が煤けた鳥居があり、その先に真っ暗な洞窟がある。鳥居は色こそもう時代を感じさせるが、その割には褪せ具合が浅い。そして何より、木でできているはずの鳥居が数千年たった今でも腐らず残っているということは傍から見ても異常だ。

「……明らかにあの先に何かある。行ってみるぞ。おい、三郎……さん。ぼさっとしてないでさっさと」


「遅かったじゃないか米兵」

イイザキは完全に油断していた。死の匂いが充満する森を抜け、やっとの思いで目的地に着いたのだ。まして、自分が予想をしていた退屈な遺跡とは違い美しい自然が生きていた。緩慢、油断、それらは戦地を生き抜くうえで必ず死をもたらすと知っていたはずなのに……。

 鳥居の影からゆっくりと現れたのは、先日イイザキを貼り付けにした少佐である。銃を構え、完全にイイザキ一行をホールドアップしてしまった。

「ここで何をしている?」

「観光だ。おたくは? こんな偏屈な山奥で男一人ピクニックでもあるまい」

「おいイイザキ……さん! 口を慎め! すいませんねぇ、まだこいつ本土のルールってもんをわかっていないもんで……。あとで少しばかりですが何か見つけた際にはぜひともおすそ分けさせていただきますんで、そちらに通していただくわけにはいきませんかねぇ?」

「ならん。ここから先、我ら先遣隊が占拠している。じきに大佐殿もお目見えになる手筈だ。一般市民の立ち入り及び、米兵の立ち入りを禁ずる」

「米兵米兵ってあんた、もう戦争は終わったんだぞ? 少し冷静に今の日本の状況を考えたらどうだ? それこそじきにマッカーサー総司令官が日本にやってくるぞ」

 臆することなくイイザキが言い放った。

 まっとうな人間なら、イイザキの言い分にも耳を貸しただろう。日本は敗戦した。これ以上犠牲を払うことはない。

 ところが、

「ふふっ……ふふふ、ふははっははは」

「なんだこいつ、急に笑いやがった」

「貴様、日本国が負けたといったか? 日本は負けぬ。死してなお戦い抜く、それが日本男児というものよ。今に見てろ。金さえあればすべてが逆転する。先日落とされたという新型爆弾もいずれ日本が奪って見せよう」

 不気味に笑う少佐に一同は戦慄を覚えた。こいつは何かが違う。そう思わざるを得なかった。

「少佐ぁ! 谷垣少佐ぁ! 奥で何やら扉が見つかった模様です! 至急確認を!」

「貴様ら、邪魔建てするなら切って捨てる。が、忍足が必要だ。こちら側につくというなら、分け前も考えよう」

 イイザキがつかみかかろうとした瞬間、咲が制した。理由はどうであれ中に入れる。金塊でも見つけたら隠し持って帰るチャンスがあるかもしれない。

「わかりました。私たちも同行します」

「物わかりのいい村娘でよかったな米兵」


「ったく、あの谷垣とかいう野郎」

「仕方ないさ、負けを認めたくないのが軍人ってもんだろ? どんだけ犠牲を払ったとしても最後に勝てばそれが正義なんだから」

「それにしても私たちだけ違うところの発掘だなんて」

 谷垣少佐は三人を金目のものが出そうにもない岩と土の部屋と呼ぶには少し狭い空間を押し付けた。

「一応、文献だとここで祭祀とか祈祷とかやってたみたい。祈りで世界を変えようとしてたみたいよ? 藤原秀衡さん」

「へぇ、祈りで世界をねぇ。そんなもんで世の中平和になれば俺たち兵隊はいらないな」

「結果的に人を殺しまくってたろうが」

 咲とイイザキは貸し出されたつるはしで壁を掘っていく、一方作業に飽きた三郎は反対側の岩に何やら棺のようなものがわずかに出ているのを発見する。

「おい二人とも見てみろ……。なんか出てるぞ? もしかしてなんかお宝かもしれない。掘ってみよう」

「いや、これは棺じゃないか? ちょうど人が入りそうな大きさだ」

「どっちみち開けて中確かめてみないと、もしかしたら服飾品として金塊が入っているかも」

 イイザキと三郎がつるはしとスコップで強引に岩から箱を取り出す。そのせいで少し周囲の土が崩れ、あわや三人とも生き埋めと思われたがほどなくして収まり、咲が開封しようと手を伸ばす。

「……なんか書いてある。さすがにもうなんて書いてあるかわからないけど……、記号?」

「見せてみろ」三郎が乗り出す。

「これ、陰陽道か何かか? どこかで見た気もするけど……もしかして何か悪いものでも入っているんじゃないか?」

「とにかく、開けてみましょう」咲が固く閉ざされた扉に手を伸ばす。

 閉ざされていく数年の時を経ている。女子供の力ではびくともしない。

「ったく、結局俺かよ」イイザキが二人に目線で退けと伝え、つるはしを振りかざす。

「おいおい、もし本当に仏さんが入ってたらどうするんだよ?」

「死人に口なしって言葉があるんだろ? 出てきたところでなにもしやしないさ」

 振り下ろされた一撃は見事に箱に大きな穿つを開ける。

「どれどれ……何かお宝でも入っているのかな?」三郎が松明の火をかざした瞬間だった。

 ガタ……と音がしたかと思えば穴から人の手と思しき細いものが出てきて、三郎は、

「うぉっおおおおおぉぉぉぉおお!!! なんだよほんとに入ってやがった! ふざけんなよ畜生!」

 遠くの別の部屋からこちらの動向を気に掛ける声が聞こえて足音が近づいてくる。


 夜。わずかばかりの金塊と、装飾品を探し当てた谷崎少佐らは祝杯とばかりに持参していた焼酎でつぶれていた。

 その日の発掘作業は中断され、件の鳥居の外で野宿をする段取りだ。

「まぁ、これであのガキのことも心配はなくなるだろう。物自体は俺が何とか当たってみるよ」

「あら優しいのね」

「君は世話になったからな」

 焚火を囲む三人、とはいえすでに三郎は谷崎少佐からのこぼれに預かりつぶれている。

「これからイイザキさんはどうするの? 国に帰るの?」

「いや、もう少しここに居ようかと思う。……実家があるかもしれないんだ。とはいえ、一度も来たことはないし、子供のころの記憶だ。ほとんど覚えていない」

「やっぱり日本にルーツがあったのね」

「飲むか? 祝杯だ。終戦と、互いの今後の生活に」

「えぇ。これからの生活、厳しいかもしれないけど好きなことを堂々とできるかもしれないって思うだけで今は幸せ」

 二人はイイザキがこっそり持参していたウィスキーで乾杯をする。

「小説家、俺はなれると思うよ。君にはそれだけの知識がある。ただ、少し好奇心に負けて悪事を働く癖があるみたいだけどな」

「あら、借りたのよ。いいじゃない少し中身を見るくらい。何もばちなんてあたりはしないわ」

 咲の手には古めかしい巻物が。汚れてはいるが、何故か破けたようなところはない。

「谷崎少佐の部下が話してたぞ? それだけは開いてはいけないって」

「怖がりなのよ。たかが祝詞を唱えるくらいわけない」

 気のせいだろうか? 一瞬咲の声が歪んで聞こえたのは。

 イイザキが眉間にしわを寄せて、咲を凝視した瞬間、

「その書物だけは開いてはいけない!」

 咲は、何かに乗り移られたように祝詞を唱えだす。


 突如として起こる稲光。

 大地が揺れ、小鳥たちが一斉に森から逃げていく。

 風が焚火を揺らし、次第に強さを増してく。


……この世の終わりだ。もう、誰も助からない。

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黄金卿~失われた黄金の郷~ 明日葉叶 @o-cean

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