第6話 財宝と呪い

「立ち去れ。さすらば命まではとりはしまい」

闇に溶けるかのような漆黒の法衣を身に纏った墓守りを名乗る集団は、険しい表情でイイザキ一向に弓を構える。中でもリーダー各であろう赤い入れ墨を手の甲に入れた男は、威圧の中に腹に座る重みのようなものをもっていた。

「悪いがこっちも入用でね」イイザキは懐にしまったコルトМ1963を探る。三郎から提示された銃器の中で一番なじみのある銃で、扱いには慣れていた。

 抜き出そうとした瞬間、イイザキの来ていた開襟シャツの袖が音もなく裂けた。

 イイザキは上官から日本兵は臆病で非力な民族だと教わってきた。

 奴らは本気だ……! しかも正確にこちらの動きを察知して、あえて腕を掠めるように射貫いている……!!

 イイザキは初めて日本人という小さなアジア人に戦慄を覚え、背中に冷や汗が流れるのを感じざるを得ない。

「……ねぇ、あなたたちサンカでしょ?」

 恐怖の感情で塗りつぶされた震える声がイイザキの背後から零れる。

「わ、私もっ、うわさでしか聞かないけど、普段村の人と行商をしながら生活をしてきたあなたたちが……どうして……?」

 あたりはすでに夕暮れ。人気のない山林。しかも相手の表情もよく見えないような状況だ。咲は唇だけではなく、腕も、足も、背中も、全身が凍り付くほどの恐怖で震えていた。

 もしかしたら本当に殺されるのかもしれないという考えは三郎も同じで、物陰に隠れるタイミングをなくしたことを後悔していた。

「貴様、我らを知っているのか?」

「え、……えぇ。多少は、ですけど」

 赤い刺青の男が興味深そうに歩みを進めようとした瞬間、三人と集団との間に光の筋が走り、薄い壁のように遮断してしまう。

「なんだよ……これ?」触れようと手を伸ばした三郎だったが、一瞬遅く薄い膜のような黄金に輝く境界線は地面に吸い込まれるように消えてしまう。

「始まったか……。フケルぞ。我々だけでも阻止せねばならぬ」

 赤い刺青の男が踵を返すと、集団もそれに倣ってもと来た道を戻っていく。

「おい、待て」イイザキが呼び止めようとするも、

「いいか、もし仮に次に会うことがあったら、もう威嚇では済まさんぞ」

 夕闇に消える集団に、三人は立ち尽くしてしまう。

 もし、仮に次にあってしまったら……。三人は見合わせたまま、しばらく口を開かなかった。


「サンカっていうのは昔からこの辺の山に住んでた人たちで、古い文献にもたまに出てくるんだけど、基本的にはあんな好戦的な人たちじゃなくて」

 三人は焚火を囲って先ほどのことを冷静に考えることにした。まずは各々知っていることについて出し合うことに。

 武器だけは満載に積んできていて、食料は全くと言っていいほど積んでこなかった。三人は、まさか山中で一夜を過ごすなんてことを想像していなかったからだ。

 川でとった魚を絞め、近くの木の枝で突き刺し、遠火で焼く。これが今日の夕飯だ。

「つまり、どういうわけか道具をぶつぶつ交換してくれるはずの温厚なサンカが何故か武装していた」イイザキが一口焼いた山女魚を口にする。

「おいそれ山女魚じゃねぇか! 俺の岩魚と交換しろ!」

「……兄さん。今それどころじゃないでしょ?」そんなことをいう咲も山女魚を口にした。

「せっかくの山女魚を外人に食わすのか?」

「確かに山女魚のほうがおいしいけど、食べるのが外人か日本人かなんて関係ないでしょ? 捕ってきたのはイイザキさんよ」

「イイザキ【さん】って……」親しい間柄のように名前を口にした咲に対して、絶句する三郎。

 イイザキは悪い気がしないので話を進める。

「サンカにも何かこう、階級みたいな役割があるんじゃないか?」

「さぁ……私もあまり知らなくて。……そういえば兄さん、どうしてこんなに武器を?」

「……俺もこの目で確かめるまでは爺さんたちがよくする物の怪の類か何かだとばかり思っていたんだが、あれを見てしまったらなぁ……」どこか無念さを感じさせる食べ方をする三郎だったが、空腹にまずいものはなかった。

「呪い。今から気が遠くなるほど昔、この地を収めていた何とかってやつが殺されて以来何年周期で不可思議なことが起こるらしい。若い連中だけ一日の間に何人も死んだり、その次の日にはその数だけ砂金が川から流れてきたり」

「藤原秀衡……?」

「知ってるのか? サキ」イイザキが口にした瞬間、三郎の眉間にしわが寄る。

「はるか昔にこの地を収めていた、わかりやすく言うと王様。極楽浄土を夢見て平泉に黄金卿を築いたとされる人物よ」

「黄金……」イイザキの口角がわずかに右に上がる。

「名前なんてなんでもいい。問題はここからだ。俺が爺さんから聞いた話だと、それはそいつが黄泉の国から舞い戻るための糧を得るためにしているっていうことだ」

 夏だというのに異様に冷えた風が三人を通過し、若い焚火を大きく揺らした。

「……ただのハッタリだろ? 知ってるか赤ずきんちゃん、あと……ヘンゼルとグレーテル」

「グリム童話ね」何故か咲は嬉しそうに笑う。

「そこ! イチャイチャしている場合かイイザキ【さん】」

 若い二人を窘める三郎の背後、つまりあの光の膜があった先で銃声がした。

「退け! 戦にも行かぬ腰抜けどもが!」

 聞き覚えのある声だった。イイザキの脳裏には嫌でも焼き付いていた。

 あの少佐だ。きっとどこかで俺たちの噂を聞きつけたに違いない。イイザキの勘はおおよそ当たっているようで、先ほどの一発の銃撃の後に複数発の発砲音がした後目を覆いたくなるような閃光が三人を陰にした。


「……俺に考えがある。夜が明けるのをもう少しまとう。サブロウ【さん】」



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