#40 これが僕たちが手に入れた現実
舞い上がった光の塵から、人影が現れた。
なんとその人影は、レイジだった。
レイジは血を吐き、膝をついた。
フェノウェポンは解除されており、その拍子に落としたスマホがバキっと音を立てて粉々に砕け散った。
「………………」
僕はその場に駆け寄った。
「エ……」
「やったじゃないか!死んだかどうかはわからないが、大ダメージは与えた!」
僕は、すぐそこでひっくりかえったまま静止するジャバラウオックの躰を指差した。
「見ただろ」
「ああ、見たさ!ジャバラウオックのやつ、すっかり」
「エイジ、お前の幼馴染を殺したドラゴンは、俺だ。」
「………………何、言ってるんだ?」
「お前の幼馴染を殺したのは俺だって、言ってるんだよ!」
そう言うと、レイジは血反吐を吐いた。
「俺の故郷は、ドイツでも東京でもない。
フィブラが惑星スウィルって呼んでた世界にある、リザドーラって国だ。」
「何だそれ?急に、何言ってんだ?わけわかんねえよ」
「化け猿どもに故郷を奪われ、たった2人命からがら逃げ出すことができた俺とユウリは、救難ポッドで一度宇宙に避難した。
その後反応がなくなったから、もう一度故郷に降りて来てみたら……俺たちの知ってる場所はどこにもなくて、知らない奴らがたくさんいて、スウィルは地球に変わっていた。嘘じゃないぜ……わかるよな?俺がそんなうまい嘘をつけるようなやつじゃないってことは……。」
僕が唖然としていると、レイジは突然「ハッハッハッハッハ!」と高笑いをした。そして立ち上がって、最初の頃みたいに僕の顔のすぐ前まで来ると続けた。
「似てるなあと思ったよ、お前の幼馴染。フィブラと初めて会った時、あの時はただ単に避けられたんだと思っていた。だが今考えてみれば似てただけだったんだな。フィブラと……お前の幼馴染、笛野宮芽衣は」
レイジは、わざとらしく嫌な感じの声色で言った。
そこまで聞いて、僕はレイジの顔面をぶん殴っていた。
「……それでいい。そのまま、俺を殺せばいい。」
「……」
「だけど……一つだけ……頼みを聞いてくれないか……?虫のいい話だってことはわかってる……!」
「…………」
「ユウリは何も関係ない……!あいつはあの時眠ってたんだ、怪我もして……だから、あいつは何も悪くない。俺みたいに誰かを殺したりなんかしてない。だから……たのむ……!ユウリと……俺の代わりに、一緒にいてやってくれ……」
レイジは涙を流しながら懇願した。
隣で少し音がした。
ジャバラウオックが、体勢を戻そうと蠢き出した。
頭が地面に埋まっていてこちらには気づいていないようだが、くぐもった声で咆哮していた。
「はやく俺を殺さないと、そいつが動き出すぞ。そしたらエイジ、お前の敵の化け物が2体になるぞ……!」
僕はかち割れそうな頭を整頓し切ると、呼吸を整え、覚悟を決めた。
僕はレイジに一歩歩み寄って、言った。
「僕は、お前を絶対に赦さない」
「……それで良い」
そして、僕はレイジに手を差し伸べた。
「は?」
レイジは困惑した。
「何のつもりだ?」
「……」
「ふざけんなよ……てめえ、大事な人を理不尽に殺されておいて、それを赦すっていうのか!?」
それを聞くと僕は、差し出した手で再びレイジを殴った。
「赦すわけないだろ」
僕は冷たいトーンで言った。
「僕は芽衣を殺されたことを、絶対に忘れることはない。一生恨み続ける。だからこそ、僕の目の前では誰ひとり死なせないと、このフェノウェポンを握った時僕は決めたんだ。
はっきり言うよ。僕の知る限りの鈴木レイジは、自分かわいさや快楽のために平気で誰かを殺すようなやつだとは到底思えない。隠し事はできるんだろうが、まるっきり嘘の話を考え出して、うまく言えるようなやつだとも思えない。」
レイジは僕の言葉を聞いて、唖然としていた。
でも、どれだけ驚こうが関係ない。これが僕の意見だ。
「何度も言うが、僕はお前を赦すことはないよ、永遠に。
もしもお前が誰かを殺そうとするのなら、あるいは街を壊そうとするのなら、僕はその瞬間にお前を殺す。もう二度と、誰も殺させやしない。
だから……」
僕は再び、レイジに手を差し出した。
「二度と何も失わないために、これからも力を貸し続けろ!鈴木レイジ!
見るんだろ!?僕が東京を取り戻すところを!」
「………………!」
「さっさとしろ!この激遅ドラゴンが!」
僕は言った。
それを聞くとレイジは、すぐさま僕の手を取った。
そして立ち上がると、僕の頭を小突いて言った。
「この甘ちゃん野郎が……」
「今のはさっき殴られた仕返しか?随分弱かったな?」
レイジは言った。
「……ドラゴンの姿にはもう戻れねえ。今までだってそうだった。さっきのは再現性もへったくれもない、ちょっとした奇跡みたいなもんだ。
それにフェノウェポンだってそのせいで、粉々に砕けちまった。」
「いいニュースを教えてやる。お前のフェノウェポンのデータ、僕のスマホに入れてきたよ。」
「何!?」
「喧嘩になった時、こっちにデータがあれば有利になると思って。でもどうやら、僕にはレイジのフェノウェポンは使えないらしい。
レイジが僕のフェノウェポンを使おうとしても多分、同様の結果になる。」
「じゃあどうすんだよ!」
僕は回想した。
ここに来る前、レイジの使用するフェノウェポン02-1を起動させる実験に失敗した僕に、笛野宮さんは言った。
「やっぱ起動できないかー。まあ、そりゃそうだよね。
ある程度の情報は使用者自身に紐づいてるから。いわば脳内にデータがあるような状態だ。
もちろん理論上はフェノウェポンは自由自在で、それこそ桜田君自身鎌を大きくしたり、エネルギーを噴出して推進させたりしているだろう?
でもそれは、形成されたフェノウェポンの形状から、いかにも出来そうだなと想像できる範疇のことをやっているに過ぎない。
まるっきり関係がないことを追加でいきなりやれって言ったって、そりゃできないよ。
それができるならとっくに、三人ともが空を飛んで炎を吐いて鎌を振り回せるようになってるよ~」
……
僕はレイジに、そして何より自分自身に言った。
「フェノウェポンは自由自在なんだ。根拠を持って心から納得した上で、信じることができたのならね。そのためには、盲信でも疑心でもだめなんだ。」
「だから、俺みたいなバカにそんな理屈はわかんねえよ。」
そう言いながら僕とレイジは、ジャバラウオックを鋏撃つように移動した。
ついにジャバラウオックは完全に起き上がった。
僕は早速、ジャバラウオックの凹んだ脳天に、鎌の先端を突き刺そうと振り翳す。
もしかしたら皮膚が薄くなっていて、ジャバラウオックの躰の内側の方へと攻撃が効くんじゃないかと考えたからだ。
しかしジャバラウオックは躰を収縮させ回避。
直後、伸びる力で鎌を跳ね除ける。
強力な力。しかし今度はもう、僕はフェノウェポンを意図せず手離したりしない。
それはさておき体勢ががら空きになりはした僕の懐に、ジャバラウオックはハエのような見た目の剛腕を振り翳そうとする。
しかしその手に、レイジがしがみついて止めた。
その隙に、僕は今度こそジャバラウオックの脳天を叩いた。
当たりだった。ぬめった皮膚は破裂して、青い動脈血が吹き出す。
ジャバラウオックはこの世の者とは思えないような、悲痛で怨めしい叫び声を響き渡らせた。
そしてその勢いのまま、ジャバラウオックは手足を乱暴に振り上げた。
それによってレイジは、遥か上空へと投げ飛ばされた。
ジャバラウオックは薄汚い羽を、不快音を鳴らしながらはためかせ、その巨体で空へと飛行した。
「やべええええ!」
打ち上げられたレイジへと、ジャバラウオックは迫っていく。
僕は考えた。そして閃いた。
「……いや、チャンスだ!」
僕はフェノウェポンに念じた。推進力を最大限発揮する。
そして、上空へと思い切り振り投げた。
フェノウェポンは使用者の手から離れれば解除され、じきに元のスマホへと戻る。
力の源であるフェノメナルフィブラ自体は残留するが、その接続管であるフェノメナルニューロンが千切れるからだと笛野宮さんは言っていた。
だからその仕組みのとおり、僕のフェノウェポンは空中で、スマホへと戻った。
レイジの手が届く、すぐそこまで来たところで。
レイジはスマホをキャッチした。
「よっしゃあ!……ってくそっ、何も起動しねぇえ!」
僕の想像しうる最大の恐怖、僕の知る中で最も忌まわしい恨みの象徴。
それはあの日、視界の真上で黒竜に芽衣を食い殺された記憶だった。
そして今日、その正体がレイジだったとわかった。
意思で生まれ、意思で殺す兵器であるフェノウェポン。
目の前で街を壊す凶悪な化け物ジャバラウオックを倒す、僕が出すことのできる最強の兵器の正体は明白だった。
僕の準備は出来ていた。あとはあいつが、それをやれるかどうかだけだった。
僕は言った。
「僕を信じろ!ドラゴンなんだろ!」
「…………ああ、わかったぜ!!」
レイジがタップすると、スマートフォンは深紅の煌めきを放出し、変形した。
端末は鉄の顎関節となり、そこから生える上下双対計4本の赤紫のデスサイズは、牙。
「成功だ」
呟いた僕の上空で竜の
ジャバラウオックの躰は、落下とともに溶け落ちていく。
そして、レイジも着地した。
流石にあの高さはまずいかと思ったが、大丈夫だった。普段のレイジのフェノウェポンに搭載されている無尽蔵な脚力増強機能も、ちゃんと作動していたということか。
「……………」
少し離れた場所に立ち尽くしたままのレイジ。
ジャバラウオックを倒したと言うのに、浮かない顔をしている。
「レイジ!」
僕は声をかけた。
気まずそうな顔でわずかに俯きながら、こちらに振り向くレイジ。
僕はレイジに向かって、親指を立てた。
笛野宮さんが最初に、僕にしてくれたように。
レイジは少し黙っていたが、とうとう自身も手を挙げて、僕に親指を立ててみせた。
「2人ともおつかれ〜」
笛野宮さんの声が、音声通話で聴こえてきた。
「笛野宮さん!」
「おつかれ〜」
続けていったのは、ユウリだった。
「えっ!」
レイジがやってきた。
「ユウリ、目が覚めたのか!?」
「うん。」
ユウリが言った。
「よ、よかった……!」
「結構前に起きてたよ」
僕が補足した。
「えっ!?そうなのかよ!?だったらすぐに教えてくれよ!」
レイジは僕の肩をブルンブルン揺らした。
「いや、今朝までメッセージブロックしてたのレイジだろ!めんどくさいやつだなあ〜」
「そ、そうだった……」
するとレイジは、改めて頭を下げて、急に出ていったことをラボの仲間たちに謝罪した。
「そうだね。……でも、その様子じゃ、もう今回みたいなことは二度としないでしょ?
それに桜田君が止めてくれた。だから私たちは、これから何があったって大丈夫なはずだよ。」
笛野宮さんはそう言うと、ぱんと手を叩いた。
「ま、無事倒せたことだし、ご飯でも食べにいく?」
「はい!!」
「うん、行く。」
「……行く!」
「よし、じゃあ行こう!その辺に美味しいとんかつ定食が食べられる店があるからさー、そこに行こう!」
笛野宮さんは言った。
2021年3月21日日曜日、昼過ぎのことだった。
………………
2022年3月1日火曜日。
……まさか、こんなことをまたやることになるなんて。
つい最近まで、思ってもみなかった。
そう思いながら、僕はマウスを操作して、SNSを開いた。
トレンド欄を見る。
1.東京の復興
japan
関連ワード:フェノメノン
それをクリックする。
◯火野都総理、ラボ計画によるフェノメノンの根絶を発表。復興作業の開始を宣言。
ネットニュースの記事が表示される。
◯楽しみ
◯本当に大丈夫なのか?
◯どうせまた出てくるんでしょw
付いていたリプを見て、僕は苦笑いした。
すると僕のアカウント宛に、立て続けに通知が来た。
◯生きとったんかワレ
◯久しぶりの投稿!?まだよくわからないけど、楽しみにしています!
◯通知来たから飛んできたけどこれマジ!?
そのリプ通知をクリックし、上へとスクロールする。
他でもない僕自身が、13:00ちょうどに出るよう予約しておいた投稿が、画面上に現れた。
◯お久しぶりです。
異世界クソ漫画・ラノベばっさりレビューチャンネルです。
本日18時に辛口レビュー動画投稿します。
今回レビューした作品は『現実』です。
何卒よろしくお願いいたします。
本日の動画
……返信欄に、URLを添付する。
テストがてら自らタップすると、まだ僕にだけみえている非公開動画のタイトルが表示された。
この動画のタイトルは、これにせずにはいられなかった。数日前、あの人……笛野宮フィブラから久しぶりにメールが送られてきた。
それは、芽衣がPCに書いていたラノベのネタ帳メモとのことだった。それをみて僕は驚いた。
まるでここ数年の悲惨、一連の出来事がわかっていたかのように符合する内容が書かれていた。
ぞっとした。
僕はずっと、あの日病室で目の前に芽衣に瓜二つな笛野宮さんが現れて、彼女の開発したフェノウェポンで戦って……手に肉を切り裂く嫌な感触はこんなにも残っていて、いまだにフラッシュバックするのに、それなのにあの悪夢の日々が、都合の良い夢だったんじゃないか、僕は次の瞬間病院のベッドで目が覚めて、まだ東京は怪生物たちに蹂躙されているんじゃないかって、そんな妄想を走らせてしまう。
だけどそのメモの最後に、こうも書かれていた。
最近、作品のネタとして考えたことが現実で起こっちゃう、現実と被っちゃうことがある。
せっかくファンタジーを描いているのに、現実に追いつかれるのは悔しい。
だから、これだけは起こらないでほしい。
そんな彼女の文章を見て、僕はそれを残さずにはいられなかった。
タイトルに、せずにはいられなかった。
手の腹で目元を拭うと、僕はマウスのカーソルを動画管理画面に向けた。
……
【ラボメンバーがフェノメノン事件について正直レビュー】
青春の現象〜拝啓くそったれな現実さん、ここは異世界じゃないですよ〜
【第一巻】
……
青春の現象/サマーフェノメノン〜拝啓くそったれな現実/リアルさん、ここは異世界/ファンタジーじゃないですよ〜 紅茶ごくごく星人 @kouchapot
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