8-4

「あ〜。一緒にクレープなんて食ってる〜」

 スマホで二人を拡大して監視している和洋は気が気ではなかった。早く光が来ないだろうかと和洋は場所を移動する度に光にLINEしている。しばらく未読だったが先ほど『じゃ、いまから行くよ〜』と返信が来たので、光よ早く来てくれと和洋はひたすら願っていた。

 アンティークショップを出てから監視している結果、千歳と君尋はいろいろな店へと出たり入ったりしている。なにかの買い物なら目的を持っているはずだからそんなことをする必要はない。だから、二人で街を“デート”しているようにしか和洋には見えなかった。和洋は気が気ではなかった。

「北原のやつ、早く来ないかなあ……」

「呼んだ?」

 後ろから突然声をかけられたので和洋は大声をあげそうになったが瞬間堪えた。振り返ると光がいる。

「もうちょっと登場の仕方があるだろ」

「こういう場合の慣例に従ってみました」

「なんだこういう場合の慣例って」

「そんなことより追いかけないとわかんなくなっちゃうよ」

「あ。そうか」

 と、和洋は二人を見る。にこにこと笑い合っている。なんだ、なにがあったんだ、なにかあったんじゃないだろうな、と和洋は不安がる。

「いままであの二人なにしてたの?」

 光もやっと興味を抱いたようなので、和洋は道筋を思い出しながら説明した。

「アンティークショップから出て、そのあとは時計屋だったり、スマホショップだったり、ショッピングモールでおもちゃ売り場だったり、小物屋だったり、食器売り場だったりに行ってたぞ。目的があっていろんな店に行ってるようには見えない」

 光はちょっと視線を上にやり、やがて何事かを理解したかのようにうなずいた。

「––––ああ、なるほど。わかったわかった」

「なにが?」

 にやりと光は笑った。

「デートじゃない?」

「ふざけんな。津山さんはゲイだろ」

「だから〜、だから心配いらないって言ってるのに会長がパニクってたから来たんじゃないか」

「そ、それはそうなんだけど」

「とにかく面白くなってきやがった」

「なにが面白いんだよ」

「前も千歳ちゃんとそういう話したけど、そう言うと本当に面白くなってくるからピンチのときおすすめだよ」

「とにかく追うぞ」

「了解」

 そして、二人の千歳と君尋の追跡が始まった。


 二人は本屋に入ったので、当然和洋たちも追いかける。見ていると、さっきからなにも買っていないように見える。

「いよいよなにか買うのかな」

「さあ。手帳とかかな」

「なんで?」

 光は予想通りの質問が返ってきたので即答した。

「なんとな〜くなんとなく」

 そしてその光の言葉通り千歳たちは手帳売り場でしばらく立ち止まっていた。どれにしようかな、と考えているようだった。

「津山さん、本とか読むの?」

「それがあんまり読まなくて、それがおれ的にかなり衝撃だったんだよね」

「衝撃?」

「うん。前、鬼神の刀がすごいブームだったときに君尋さんが、『俺、久しぶりに漫画読んだんだけどちょっとハマっちゃったよ』って言ってておれはびっくりしたの」

「なんで?」

「おれとしては、え、漫画って誰しもが日常的に読むものじゃないの? って思ってたから、漫画を“久しぶりに”読むっていうのが一瞬理解できなかったのね。考えてみれば確かに君尋さんそもそも漫画どころか本自体そんなに読む方じゃないなーと一緒に暮らしてて改めて気づいて、それがおれの衝撃的体験だったのさ」

「そうか。まあ趣味は人それぞれだよな。なにでなにを感じるかは人それぞれだ」

「会長は本読むよね」

「読むよ。漫画も読むよ」

「いまこの小説を読んでくれているあなたにこのお話のメッセージが届きますように……」

「ノーコメントがしにくいじゃないか」

 と、そのとき二人は移動を開始していた。「––––あ、行っちゃう。結局またなんにも買わなかった……」

「結局なに買うんだろうね」

「わからない。とにかく追うぞ」

「了解」


 次に古着屋に入ったので、当然自分たちも追いかける。

「あ〜。大黒のやつ、津山さんに服合わせたりしてる〜」

「身長が違うのにねえ」

「そうだよ。津山さん背が高いし、あれじゃ大黒ずっと背伸びするわけじゃないか。それがなんかガチのカップルみたいでなんか気になる」

「うーん。会長ちょっとパニクってるなあ。ちょっと落ち着いた方がいいよ」

 と、いつの間にか光は服を着替えていたが、面倒なのでとりあえず無視した。

 とにかく二人を追いかける。

「落ち着けって言っても、落ち着かないよ」

「あ、それね。落ち着け落ち着けって思うと余計に落ち着かなくなるから、いま自分は慌てているんだ、って思うと逆に安定するよ」

 再び光は服を着替えていた。

「……慌ててるときは、慌ててるときの対処をしなきゃいけないのはわかってるんだ。テストのときとかいつもそうしてるんだけど」

「それね、癖にしといたら社会に出たとき役に立つよ〜。例のババアに対しても“嫌な気分になった”っていうことの処理と“慌てている”っていうことの処理をきちんと区別してなんとか乗り切ってた」

 更に服を着替えていた。堪えきれず和洋は突っ込んだ。

「いちいち服を着替えるな! 小説だからってなんでもできると思うなよ!」

「あ、会長がメタネタを受け入れた」

「別に受け入れたわけじゃ……あ、ヤバい、こっちに来る。ぐるっと一回りしたはずなのに……」

「このままじゃ遭遇しちゃうね」

「どうしよう。どうすればいいんだ俺たちは。覗き見してることがバレたらヤバいぞ」

「しょうがないなあ。じゃ、おれに任せて」

「どうするんだ」

 そのとき、光はわたしの方を向いた。

「作者さーん。なんとかして〜」

 よかろう。では、千歳と君尋、このまま出入り口に向かいなさい。

「やったぜ願いが通じた。お店を出てくよ。よし、このまま追いかけよう」

 いつの間にか元の服に着替えていた光は和洋を促す。

「……」

「早く早く。見失っちゃう」

 しかし和洋はどうしても納得いかなかった。

「……う〜ん……」


 ファミレスに入ったので、光たちも席に着く。

「なに食べようかな〜。もちろん会長の奢りだよね〜。今日に限っては問答無用だよね〜」

「いいよなに頼んでも」いまは金の心配などしている余裕はない。「それよりあの二人ちゃんと見てろよ」

「はいはい。見てる見てる。なんにしようかなー。とりあえずチョコパフェと苺系は食べるとして〜」

「なんでデザート二つも食うんだよ」

「え、ダメ? そんな余裕あるの?」

「わかったよ、なんでも好きに選べ」

「ありがと〜」

 そのうち、ハンバーグランチとスパゲッティとドリアがやってきた。当然全て光が食べるものである。机に並べられた料理たちを見てもう和洋としては今月の小遣いを諦めるしかない。ちなみに和洋はなにも頼んでいない。美味しそうに食べる光はとても千歳たちを見ているようには見えなかったが、いまは自分の仕事に集中しようと和洋は遠くから二人を監視し続けることにする……。

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