8-3
日曜日。
今日は一人で街に出た和洋であった。
自分の買い物があって、そして親から用事を言いつけられたのでそれで出かけている。
こうやって一人で繁華街を歩いていると、もう自分にとっては三人組でいるのが普通のようになっているのだな、と、やや所在なさを感じる。
いい友達だ。
そして、いい女の子だ。
どっちも好きだ。
最近ときどき思うのが、どうして恋愛感情なんていうものがあるんだろう、というちょっと哲学的なことだった。
もちろん和洋は千歳に恋していて、光に対して恋愛感情は抱かない。それでも、光とずっと一緒にいられたらいいなと思っているし、ずっと一緒にいたいなと夢見ている。
親友、というのとは少し違う気がする。あくまでも仲のいい友達、である。
しかし、他の友達たちとは大切さがちょっとばかり違う。他の友達たちに対しては、そこまで積極的にずっと一緒にいたいとは思っていない。それが光に対してはそんな風に思っている。
世界線が世界線で、自分の恋人が光だったら、ということを最近よく思う。それで不満なことはなにもないのだろう、と思う。
だが、この世界線において異性愛者の和洋が同性愛者の光を好きになることはない。それは自分自身の自然な感情だったのでそれについてはなにも思わないのだが、しかしなんだか性的指向という概念に限界と、そして残念な気持ちを抱いてしまう。
このまま大人になっても付き合いを続けていくためにはどうすればいいのかな、ということを和洋はよく思う。あるいは光が自分に対して恋愛感情を抱かなくなればいいのだろうか。いや、そうなると光自身に自分と一緒にいる理由がなくなってしまう。
それを思うと恋愛なんていう複雑な感情が世の中にあるのはなぜなのだろう、ということを、和洋は思う。それがなければもうちょっと気楽に光との未来のことを考えられたのにと。それがいまの自分が考えていることを踏まえれば飛躍した発想であることはわかっている。
ずっと一緒にいられたらいいのだけれど、と、思う。心の底からそう思う。だけどそうしていくためにどうすればいいのかがよくわからない。
それでも、とにかくいまは一緒にいる。そして先のことは先にならないとわからない。
だから、いまは一緒にいられているその時間を大切にしたいと思う。
隆道の話を君尋から聞いて、前と比べて和洋は重い荷物を下ろしたかのようで、気楽に日々を過ごせていた。進路も本当に自分が志望している先に進めそうだし、自分の学力なら建築科に受かるのは確実と言っていいだろう。しかし油断は禁物だ。なんといっても試験とは運の要素もあるのだから––––などということを考えていたら、ちょっと先のアンティークショップから出てきた千歳と君尋を発見し、咄嗟に身を隠した。
「大黒と津山さん……?」
二人は笑顔で和気藹々と話をしているようだった。そして、そのまま先へと進んでいく。
そのとき、唐突に自分でもおかしいと思う発想が浮かんできてしまった。
同性愛者が異性愛者になるという可能性はゼロではない……。
「はい〜。もしもし会長? どしたの?」
眠い目を擦りながら光は和洋からの電話に応答した。普段だったら和洋からの連絡に欣喜雀躍のところだったが、昨日は遅くまで起きていたのでとにかく眠かった。
「北原。北原、ちょっといいか?」
やや小声だったが聞き取ることに不便はない。
「なに〜? マフィアの拳銃密輸現場でも見たの〜?」
「違うよ。津山さんと大黒が二人でいて……なんか出かけてるみたいなんだ」
「そうなんだ。君尋さん買い物があるって出かけたけど、千歳ちゃんと約束でもあったのかな」
「おい、なんでそんなに冷静なんだよ」
「え。なんでそんなに冷静なんだよって別にパニクる要素どこにもなくない?」
「いままで、あの二人で出かけることなんてあったのか?」
「知らないよ〜。監視してるわけじゃあるまいし」
「とにかくすぐ来い。場所は……」
「ちょっと待って、なにをそんなに焦っているの? 君尋さんゲイだし、なんでお出かけしてるのかはわかんないけど別に恋愛沙汰じゃないのは間違いないよ〜」
「間違いないなんて言えないだろ。同性愛者が異性愛者になる可能性はゼロじゃないだろ。性的指向は流動的なものだって本に書いてあった」
一瞬、光からの返事に間があったような気がしたのは、自分の気のせいだろうか、と和洋は思った。
「ま可能性としてはゼロじゃないけど、君尋さんに関しては心配するようなことはなんにもないですよ〜」
「そうかもしれないけど俺としてはやっぱ気になる」
「とにかくおれ、昨日ちょっと遅くまで起きていたのでいま眠いのだ〜。せっかくの会長からの電話だけどいまはごめ〜ん。ていうか会長もちょっと落ち着いた方がいいと思うよ〜ん。じゃあね」
「え。おいちょっと待て––––」
しかし既に電話は切られていた。
しかし和洋はめげない。いまいる場所をLINEで送信する。『俺の直感が叫んでるんだ』などと書いた。そこで、いつもの自分ならこんな風には書かないなあ、北原の影響を受けたのかなあ、などと、どこか客観視している自分を和洋は発見していたのだが、それがなんだか不思議な気分だった。
とにかく、二人を追わなければならない。なぜ休日の繁華街に二人でいるのか、その謎を解き明かさなければならない。
ゲイだろうがなんだろうが、男と女が二人きりでいるのだ。そしてその女は自分の好きな女の子なのだ。しかも君尋はいい男だ。そして、千歳が心変わりした可能性もゼロではない。とにかく男と女が二人きりでいるということは、そういう可能性が––––。
ふと、自分自身、それが下品な発想であると思った。非常に世俗にまみれた発想であると思った。
それでも、気になるものは気になるのだ。
なんといっても、男と女なのだから––––と、どうしてもそう思ってしまう自分は、あるいは俗物なのだろうか。それでも––––どうしても気になるものは気になる。
それが和洋の正直な発想だった。
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