第七話 遥かなる声
7-1
「……隆道とは、あまり似てないんだね」
いま、居間には君尋と和洋の二人だけがいる。光と千歳は部屋にいる。和洋がそう願ったからだ。であるのであればそうしよう、と二人は思った。
君尋の言葉に和洋はうなずいた。
「性格もあんまり似てなくて」
「そうかもしれないね。隆道は確かにテンションがやけに高かったし。……俺としては、顔、というか、印象とか雰囲気が光とよく似てる、といつも思ってた」
「俺もそう思ってました。テンションもありますけど、なんとなくニュートラルな感じっていうか。男とか女とか、中性とか、そういうことじゃなくて、とにかく知り合いの男にはあんまりいない感じで。––––それが兄貴に似てるんだ、っていうことに気づいたのは最近なんですけど」
君尋はうなずく。
「だいぶ年齢が離れてるみたいだね」
「十、離れてます」
「そうなんだね」
「俺にとっては、頼れる兄貴で––––大好きな兄貴でした」
「そうだったんだね」
「だから、家出したってことがわかって、どうしてなのか全然わからなくて。そのあと親が話してるのを聞いたんですけど、それがどうして家出の理由になるのか俺にはよくわからなかった」
「ゲイであることをご両親にカミングアウトして……受け入れてもらえなかった、ってところなんだろうね」
「いえ」和洋は頭を振った。「せっかく話してくれたんだからもっと普通に接してあげればよかった、みたいなことを言ってました。だからなんていうか、カミングアウトして翌日に家出したとかそういうことじゃないっぽくて。––––親はそんなに同性愛に理解がないわけじゃないと俺は思うんです。殊更に話題にすることはありませんでしたが」
「そうか……」
君尋はちょっと考え、そして言った。
「例えば、ずっと仲のいい友達がゲイだとカミングアウトしてきて、そしたらそのとき、その友達が音楽が好きとか本が好きとか、あるいはコンビニに一緒に行ったこととか、そういうことが“ゲイである”というただ一つのプロフィールによって壊れる、ということはあると思う」
「そんな。そんなのただのプロフィールの一つに過ぎない」
「それはそうなんだけど、ただ誰もがそうあっさり考えられるほどこの世界は同性愛者に甘くない。君自身、大切な兄貴がゲイである、ってところから理解できるようになった、という可能性は否めない」
和洋は言葉に詰まった。それはそうだ。もし家族が同性愛者でなければ、いまのものの考え方の和洋がここにいたかどうかはわからない。
「隆道が家出したのはいつごろか、覚えてるかい?」
「俺が五年生のときだから……二十一歳のときですね。春先でした」
「俺がやつと出会ったのもそれぐらいだ。となると、家出してほとんどすぐに出会ったわけだな」
和洋は緊張する。
「新宿二丁目、ですか?」
「そう。俺の行きつけのバーにある日やってきて、すぐ意気投合したよ」
「それは、ありがとうございます」
「いや。隆道はいいやつだった。でも、ちょいちょいゲイに関して学問的な話をするやつで、当時の俺としては面倒なやつだと思う気持ちがあったのも事実だ。それでも仲が良くて、いつもつるんでて……」
そこで口ごもった君尋に、和洋は、きっとこの人は兄のことが好きだったんだろう、と思った。そんな風に続けようとしたのを制した、といった印象を受けた。
「兄貴、元気にやってたんですか?」
「元気だったよ。でも、家族の話はあまりしたくないみたいだった」
「そうか」
どこかがっくりきた和洋に、君尋は半ば慌てながら続ける。
「ご家族について悪い話は聞かなかった」
「そうですか」
「……自分がゲイじゃなかったらよかった、ということは言っていた」
「……」
「俺も子どものころはよくそう思ってたし、光だって、ちょっと前まではそんな風に思っていたよ」君尋はちらりと光たちがいるであろう部屋の方向を見る。「俺たちみたいなのが、他のマイノリティ––––例えば女性とか、障害のある人とか、外国人とか、そういう人と決定的に異なるのは、子どものころ自分と同じ“仲間”と出会うことがほとんどないというところだ」
「なんとなくわかります」
「いまは、ネットがあるから昔よりはずっとよくなってるけど、それでも本質的にはなにも変化していない。ゲイたちが安心安全に出会えるアプリというのは日々どんどん出てきてはいるけど、どれもこれも十八歳未満は利用禁止なんだからね」
「子どものゲイはどうしてるんでしょう」
「光は年齢詐称してたね。それしかない。近ごろは身分証明書を提示しなきゃいけないアプリもたくさんあるから、光は、なかなか危険な橋を渡っていたと言えるね」
「危険なんですか」
「まだ子どもだからね。なにが危険で具体的にどう危険なのかがよくわからない。光は運よく俺との出会いがファーストコンタクトだったわけだけど」
ふふ、と、君尋は笑う。
「運よく、というとナルシストな感じがするかもしれないけどね」
「いえ。一番最初に関わった人が津山さんなのは北原にとって運がよかったって言えるんじゃないかと思います」
「それはどうも。しかしいまここで説明しなければならないのは光のことではない」
身を正した君尋に、和洋は身構えた。
「はい」
「隆道が、家を出てからどう過ごしていたのかを知りたいんだったね」
「はい。兄貴、ちゃんとやれてたのかなとか。元気にしてたのかなとか。それから––––いまどこにいるのか、とか」
「先に言っておくけど、いまの俺に隆道と連絡する手段はないよ。あいつの携帯にもう繋がらないからね」
「……つまり、もう二丁目にはいない?」
「そうだね。それも含めて話をします」
君尋は水を飲んだ。
和洋はじっと君尋を見つめる。
やがて君尋は、昔を思い出しながら、そしてできるだけ丁寧に説明できるように、和洋と向き合う。
「俺が二十歳のときだった––––」
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