4-3
「はーい。というわけで、転校してった前委員長名梨の代わりを決めたいと思いま〜す」ロングホームルームで仁は楽しげにそう言った。「ぼくのお守りを務めたい人、はい手を挙げて〜」
誰も手を挙げなかった。
「はい、立候補者なしと。じゃ、萬屋、これから学級委員長よろしくねん」
「は?」
突然の名指しに和洋は目を丸くした。
「俺、やるなんて言ってないです」
「そうは言ってもお前さんが一番適任だしなあ。みんな、そう思うよな〜?」
うんうん、と、全員がうなずいた。
「そんな。俺、生徒会長で、部活もあるし学級委員長もやるなんてそんなの無理ですよ。勉強しなきゃいけないし」
「人が想像したことは必ず実現するという」
「いやあの、そうじゃなくて」
「先生ー。じゃ、私、学級委員やめたいです」
と、唐突にそう言った亜弥に和洋は更にびっくりし、仁は実に興味深いといった顔をして亜弥に訊ねた。
「それはなぜだい」
「父が厳しいんですよね。名梨くんと委員長やってたときから男の子と一緒に夜までいるなんていうのがすごい心配みたいな感じで」
「お父様を嘆き哀しませてはいけない。じゃ、萬屋と学級委員一緒にやりたいやーつ手を挙げてー」
「ちょっと待ってください、俺はまだやるなんて一言も––––」
「はーいはーい先生。おれ学級委員やりたいでーす」
「え! じゃあたしもやる!」
「いいね北原アンド大黒。じゃ、うちのクラスの委員長は三人組ということにしよう。みんなー、はい拍手ー」
拍手が鳴り響く中、和洋はとにかく困惑し続けていた。
「え。え。ええ〜?」
昼休み。昼食を取りながら和洋はみんなにぐちぐちと文句を言い続けていた。
「なんで俺が委員長なんだよ……」
「委員長っぽいもんね会長」
「なんだよそれは」
「でもカズくん、小学校のときからずっと委員長だったもんね」と、翼は言った。「あたしら長い付き合いだし、確かに委員長体質」
「なんといっても生徒会長だもんね」
くすくす笑う乃梨子をよそに、亜弥はほっとしていた。
「でもよかったよほんと委員長やめられて。これで勉強に集中できるわ」
「ちょっと待て石川。さっきの話と違うじゃないか」
「別に嘘っぱちでもないもん。あれはお父さんの課題で、勉強は私の課題」
「課題の分離だったっけ?」と、隆太。「自分のやるべきことと、自分のやらなくていいことを分けるみたいな」
「いや仕事は仕事だろちゃんとやれよ。ていうか石川の都合で決めたなら親父さんの課題じゃないじゃないか」
だが和洋はなんとなくわかっていた。亜弥は中学生のころ少しだけ付き合っていた相手で、それを自分が振ったのだ。別れたとはいえ日常的には普通に接しているが、そんな相手とペアを組むなんてとてもできないと思ったのだろう。
「あ〜、今日から三人で学級委員か〜なんかときめくな〜」光はウキウキしていた。「千歳ちゃんも一緒だからほっとしたよ〜」
「ううん〜乗り掛かった船だもん。これからよろしくねー光くん」
「ね〜」
「うう……」
自分以外の全員が談笑している様を見て和洋はうなだれる。本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろう。そう思ってふと翼を見ると、確かに笑顔ではいたのだがどこか陰のある様子で、和洋は怪訝に思った。
放課後。早速今日から学級委員の仕事があり、もうどうしようもないので部活を休んで教室に残らなければならない。
「じゃ、頑張ってねー三人組さん」と、翼は声をかけた。「あたしらみんな部活に行ってそのまま帰るからねーん」
「はーい。みんなまたね」
そして、亜弥たちは教室から出て行った。やがて教室に残っているのは三人だけになった。
「は〜い。じゃ、お仕事お仕事〜」
「光くん、バイトの方は大丈夫なの?」
「それまでには帰る〜」
「OK。じゃあ、やりますか〜」と、千歳は渡された資料を机の上で揃えた。「で、なにをすればいいのよ萬屋くん」
「ちょっとトイレに行ってくる」
と、立ち上がったので、光は便乗しようとした。
「じゃ、おれも行く〜」
「お前はここで作業しててくれ……」
光と千歳はおよそ聞こえないことを意識しているなどとは思えない普通の音量でひそひそと話した。
「なんだろ会長のこの青い顔」
「生理現象なんだから仕方がないわ」
「放課後だからバレずに済むみたいな」
「あ、やっぱり男子って個室は入りづらいんだ」
「顔を洗ってくる! それだけ! 行ってきます!」
と、肩をいからせながら和洋は教室から出ていった。
全く、どうしてこんなことになってしまったのだろう、と、今日一日反芻し続けた疑問を歩きながら和洋は再び思った。自分は生徒会長でただでさえ忙しいし、医学部進学希望で勉強しなきゃいけないし、部活もある。やらなければならないことが山ほどある中でなんでまた学級委員なぞやらねばならないのだと、イライラではないがかなりそれに近い感情が胸の中で渦巻いていた。千歳と一緒に仕事ができるわけだからイライラしていないだけで、もし光とペアだったとしたらもっとつっけんどんになっていたかもしれない。
––––それは、光に悪い、と、思い、想像上のこととはいえ和洋は反省した。
はあ、と、ため息を吐く。
いつまでもこのままでいていいとは思わない。自分は光の気持ちにはどうしても応えてやれないし、自分が好きなのは千歳だからつまり光は自分のライバルだ。このままの関係性を続けていたらいつか限界が来るような気がいつもしていた。しかしどうしても光のことを放っておけない。光が心配だった。
男子トイレに入る直前、女子トイレから出てきた翼と遭遇した。
「あ。カズくん」
「真壁も」
「あたしは手を洗ってただけ!」
「ごめん」
「ほんと女心がわからないんだから」
「すみません」
「ま、いいけどね。光くんみたいに女を手玉に取るよりはずっと誠実だけど」
聞き逃せない、と思い、そして昼休み中のどこか陰のある表情を思い出し、和洋は怪訝そうな顔をした。
「女を手玉に? 北原が?」
「この場合、千歳をってことだけど」
「なんで? なにが?」
翼は和洋の目をじっと見る。
「カズくんも大変だね」
「俺が?」
「光くんが一緒で」
「––––あ」
ふと思いつき、しかし、あまり楽しい話にはならないのかもしれないと思いながらも、和洋は訊いた。
「お前、北原のこと嫌い?」
すると和洋の想像とは異なり翼は大きく首を横に振った。
「いや嫌いじゃないよ。光くん話しやすいし面白いし、友達として結構好き」
「じゃ、なんで? 何の話?」
「うーん……そうだな」
しばし考え、やがてゆっくりと説明し始めた。
「あたしは光くんのこと割と気に入ってるけど、あたしのガチの友達は、やっぱり千歳なんだよね。亜弥も乃梨子もそうだけど」
「うん、そうだろうな。で?」
「だから––––光くんが、千歳を拒絶しないのが、あたしなんか気になるの」はあ、と、ため息を吐く。「まあそうしないとカズくんといられないってことだからさ。しょうがないんだろうけど、千歳が見てられなくて」
「……え?」
「まあね、見た感じ、千歳もいい加減光くんを諦める気もしますし。面倒なことにはならないと思うからいいんだけどね別に。でもほんとに光くんってかなり閉鎖的なんだもん」
「北原が閉鎖的って?」二年間の光を思い出す。「最近は開けっぴろげじゃんか」
「そうは見えるけどねー。とにかく千歳を傷つけるのはやめてほしい。……ま、それをいうならカズくんも光くんにあんまり構わないであげてとも思うけど」
さっきから翼の話は要領を得ない。なんだ? 翼は一体何の話をしているんだ?
「あたしが言いたいのは––––」
そこで、翼は昼休みに見た陰のある表情を再びした。
「このトライアングル、なかなかドロドロしてるなってこと」
「……」
「やっぱ現実はBLよりハードだわ」
じゃあね、と言って翼は去っていった。一人残された和洋は、ふと、自分が光を放っておけない理由の一つは、光を放っておいたら自分が千歳と一緒にいられなくなるからではないだろうかと、思った。
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