4-2
「ご、ごめんなさい」
条件反射的にではなく本当に申し訳ないと思い光はその男に謝った。だが、三人組はなんだかちょうどいい、といった具合で光に絡んできた。
「なんだお前。ぶつかってきてその態度は」
大学生ぐらいのその男たちは難癖を付け始めた。光はやや怯え始めた。
「すみません、注意不足で」
「悪いと思ってんなら弁償しろよ」
「弁償?」
「慰謝料だよ。金出せ」
どうもそのぶつかった男はもともと機嫌が悪かったようだった。
「ちょっと、やめてください」と、千歳は言った。「謝ってるじゃないですか」
「うるせえ黙ってろ。おいガキ。悪いと思ってんなら誠意見せろや」
光は切羽詰まった状況の中、ああ、これはAVでよく聞くセリフだ……などとどうでもいいことを思っていた。
「やめてください」と、和洋が前に出た。「こっちの不注意でした。本当にすみません」
「黙れ。金がねえなら一発殴らせろ」
「えっ」
むしゃくしゃしていて、そのストレスを発散するのにちょうどいい––––といった態度だったのだろう、あー、これは自分が殴られて全部終えた方がよさそうだ……などとぼんやり頭の片隅で思ってる中、拳が飛んできて光は目を閉じて––––。
しかしいつまで経っても拳は飛んでこなかった。絶体絶命の状況下で時間がスローモーションになっているのだろうか、と思い、恐る恐る目を開けると、目の前に拳がありそこでぶるぶると震えながら止まっていた。
「な、なんだお前」
見ると––––千歳がその男の腕を掴んでいた。そんなに力を入れているようには見えない。
「やめてよほんとに。警察呼ぶよ?」
非常に冷徹な声で千歳はそう言った。
「よっと」
と、一人の男が千歳の脇に手を入れた。
千歳は意外そうににやりと笑う。
「あたしのバック取るなんて結構やるじゃない」
しかしそれも計算の一つだったようだった。
そしてもう一人の男が千歳の前に立つ。にやにや笑っている。
「ねえねえ、俺らとどっか行かない?」
次の瞬間、千歳は動いていた。読者諸君はここでファイナルファンタジー6『決戦』を脳内で流してくれたまえ。
光と和洋はびっくりしていた。あまりにも軽やかかつ鮮やかな動きで千歳はどんどん三人組を殴り飛ばし蹴り飛ばしていた。空手やら合気道やら柔道やら、格闘技にはあまり詳しくない二人でもそれが我流の動きではなく長い間訓練を受けてきた者の動作であることが伺えた。そして作者が三十八行省略した辺りで、三人組は地面に倒れていた。
「ふん」手を叩きながら千歳は言った。「これだから男は」
やがて千歳は光の腕を取った。
「行くよ光くん!」
「え?」
「警察でも呼ばれてたらまずいよ。なんてったってみんな見てるもん」
確かに周辺にはギャラリーができていた。朝、登校中に女の子が三人の男たちを薙ぎ倒す様はなかなかのエンターテインメントだった。だが通報の危険がある以上このままここにいるわけにはいかない。千歳は光の腕を引っ張って駆け出した。当然、和洋も後を追う。そして、辺りには風だけが吹いていた。
校門に入り、三人は息を切らした。
「大丈夫? 光くん?」
と、千歳は光に声をかける。
「え。あ。うん。大丈夫……だよ」
どこか弱々しい瞳で光は千歳を見た。
「これだから男はいやなのよね。女は絶対に反撃してこないとか思ってるんだもん」
「え。あ。うん……」
「とにかく光くんが無事でよかったよ。やっぱ鍛えといてよかったな」
「あ、やっぱ鍛えてるんだ?」
ちょっと気恥ずかしそうに千歳はした。そして三人は正面玄関へと向かっていく。
「あたしちょっとちっちゃいころからいろいろ仕込まれてたんだよね。空手とか合気道とか。稽古が別にいやだったわけじゃないからちゃんとやってて。いまはやめちゃったから、練習らしいことはなにもしてないんだけどね。昔取った杵柄っていうの?」
「へえ……」
感動的だ、と、和洋は喜んでいた。やっぱりこの女の子は最高だ、と思っていた。俺がさっきの大学生になりたかった。どうして自分はいつもこんなマゾヒストなことを考えてしまうのだろう。ひょっとしたらまさにマゾヒストなのだろうかと和洋は自分の将来が若干不安になり始めていた。
「親が空手家とかだったの?」
「うちは父子家庭で」光の質問に答え始めた。「お父さんが仕事であんまり家にいなくて。で、お父さんの友達に空手家がいてね。あたしが寂しいといけないからってことで。それでやってみたら筋がいいってことで、それで柔道とか合気道とか紹介してくれていろいろやらせてもらってたんだよね」
「剣道とか?」
「武器はあんまり興味ないんだ。携帯してなきゃいけないし。やっぱ徒手格闘技よ」
「そんなに強いんなら、将来その道に進めばいいのに」
光の発言に、千歳は、う〜ん、と考え込んだ。
「みんなにそう言われるんだけどね。でもあたし他にやりたいことあって」
「なに?」
「料理作る人になりたいの」
「––––あ、お料理部」
「うん」と、にっこり笑った。「ごはん作るのが好きなんだ。だから、将来は調理の道に進みたいの」
「じゃ、進学組なのはほんとに石川たちが進学組だから、じゃあ、みたいな?」
「そうそう。成績も悪くなかったし、みんなといたかったしね。それなら別にいいかと思い」
「へえ〜。才色兼備だね」
むむ、それはちょっと使い方が間違っているのではないか……と二人は思ったが、そう思う一方で千歳は大いに喜んだ。顔がツヤツヤしている。
「ありがと光くん!」
「ううん、こちらこそ助けてくれてありがとう。ほんとに助かりました」
「びっくりした?」
「まあね。千歳ちゃんが体育に強いのは知ってたけど、あんなに強いなんて思わなかった」
千歳はくすくすと笑う。
「でもやっぱりあんまりあんなことしたくないんだけどね。やっぱ女の子だし?」
「結果オーライだろ」
「そうね。でも久しぶりで快感だった」
自分の感想にそう答えた千歳に、和洋は、本当に自分の将来が心配になってきていた。
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