第15話迷い

 西岐サイキ城に戻った呂望リョボウは、その足で姫昌キショウの部屋へと向かった。


 彼にたった今浮かんだアイデアを話す為である。


 姫昌キショウは、この西岐サイキの長。


 のちにシュウと名乗るこの国の王であった。


 実際には、紂王が倒される前に心労で亡くなってしまうのだが、それは数年先の話で、今は彼が中心となり、ムラを動かしている。


 その姫昌キショウは今、城の奥に身を潜めていた。


 彼は7年幽閉されていた間、卜占ボクセンを研究し、釈放後も精度を上げる努力を重ねている。


 彼は卜占ボクセンを通して、見えぬ神に戦が上手くいくか等を訊ね、より良い方向へ導くことが出来た。


 その答えは百発百中とまではいかないが、かなりの確率で伝言メッセージを受け取り、実行に移し、成功に導いている。


 しかし彼は、こんな優れた能力チカラを持っていても、決して鼻にかけることはなかった。


 その行為が身を滅ぼすことも、心の中でよく分かっているからに他ならない


 ここは呂望リョボウにも学んでほしいとは思うが、彼には姫昌キショウにはないものを持っている為、それで良しとしよう。


 さて、早足で歩き続けた呂望リョボウは、姫昌キショウの部屋に辿り着く寸前、背が高い男性-姫旦キタンに声をかけられる。


 その男性は、後にシュウの2代目の王となる姫発キハツ(武王)の息子-成王の摂政を担うのだが、それはまだ遠い先の話であった。


 その姫旦キタンに、“何処へ行くのですか?”と訊ねられた呂望リョボウ


姫昌キショウモトを訊ねる”と早口で答えた呂望 《リョボウ》は、立ちハダカ姫旦キタンから逃げるように、再び歩き出す。


 だが、姫旦キタン

「父上なら、床に伏せておりますが」

と、然り気無い口調で伝えると、呂望リョボウの足がピタリと止まった。


 彼の背中から“姫昌キショウに相談が出来ぬ”という、落ち込んだ声でも聞こえたのだろうか。


 薄暗い廊下をゆっくりと歩いて、呂望リョボウへと近付いた姫旦キタン

「何か相談事でも?」

と、不思議そうに訊ねてみる。


「実は、ちょっとしたアイデアが浮かんでな。

月に一度行われる“封神の義”の会議にわしが出てしまったら、下界で何かあった時に困るのではないかと思うてのう」

「はい」

「そこで、急遽わしの影武者をたてようかと考えたのだが……」


 “姫昌キショウの貴重な休みを邪魔してはいかぬ”と、呟いた呂望リョボウは、出直してくると言わんばかりに、踵を返そうとした。


「あっ、あの、呂望リョボウ様、お待ちを」

「何だ、姫旦キタン


 慌てて引き止める姫旦キタンを、さも面倒臭そうに睨む呂望リョボウ


「そんな表情カオをせずとも私で良ければ相談に乗りますが」


 姫旦キタンは興味深そうに訊ね、呂望リョボウをその場に引き止めた。


「仕方ない、おぬしで我慢するか」


 呂望リョボウ姫昌キショウに会うことを諦め、目の前で優しい笑みを浮かべる姫旦キタンを信頼して、早速計画を打ち明ける。


「成程……」


 姫旦キタンはそう呟き、黙ってしまったが、表情を見るとまんざらでもなさそうだ。


 恐らく彼の中で引っ掛かっているのは、姫昌キショウの気力や体力に他ならない。


 ヨワイ70程で、殷の王に軟禁状態を強いられていたのだ、他人に言えない経験は少なからずあるだろう。


 しかしながら、その恐怖に怯えながらも、自身や仲間を信じて生きた芯の強さには、いつも感心する。


 そんな彼を今日一日ぐらいは休ませてあげたいと、呂望リョボウは思ったのだろうか。


「では、姫昌キショウの代わりといっては何だが、もっと詳しい説明を聞いてもらえぬか?」

「承知しました、それでは雑用を済ませた後、呂望リョボウ様の部屋へ向かいます」


“少々お待ち下さい”と会釈して、姫旦キタン一旦呂望リョボウから離れ、会議室がある方へと足を向ける。


 彼の姿が遠くなるにつれ、呂望リョボウはどうしたらあの少年を上手く城へと招くことが出来るか、他に何かいいアイデアはないかと改めて模索し始めた。



 

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