第11話訪問者

 その人間ヒトは、薄暗い部屋の中に案内されるや否や、一通り周りに目を配る。


 しかし、そんな行動をとっているのに、立ち振舞いが気持ちが落ち着いているところから、彼には何か重大な任務を担っているのだろうと、呂望リョボウ心の奥で推測した。


 お互い向かい合って座っている彼等に、話を進ませるようにと、たまに入る涼風が静かに背中を押しては通りすぎていく。


 そんな優しい風に身を任せながら、さり気なく彼の動きを、呂望リョボウは黙って観察していた。


 呂望リョボウには彼の正体が薄々分かってはいたが、勘は外れるものだということも知っていたが故に、もう少しだけ様子を見ようと考えているのであろう。


 その訪問者は、呂望リョボウの考えに気付いているのか、いないのか……


 訪問者-黄大誠コウタイセイは、その堂々とした姿に信頼感を覚えたのを機に、ゆっくりと喋り出す。


「この家は……随分と風が通っていますね」

「うむ、風通しが良い方が、仕事も捗るからのう」


“内緒話は出来ぬが……”と、本音を混ぜながら話す呂望リョボウに、大誠もまた小さく笑い

「それでは呂望リョボウ殿、雑談なら知らない人に聞かれても、さして問題はないと思います故、早速始めませんか?」

と、然り気無くそんな提案をした。


“いかにも話がしたい”という、大誠タイセイの話から、急かす態度が見え隠れしている。


 それを察した呂望リョボウは、直ぐに答えず……


「それなら……」


 ようやく答えが纏まったのか、呂望リョボウはニヤリと笑い

「わしに縁がある桃源郷の話でもしようか?」

と、提案した。


 大誠タイセイには、呂望リョボウの思考を読み取ろうとしても、表情や態度からは上手く読めないでいる。


 そんな彼を見て、含み笑いを浮かべる呂望リョボウ


「桃源郷……是非!」


 やがて大誠タイセイは、呂望リョボウの提案を嬉しそうに受け入れ、笑い返した。


「まず、おぬしは桃源郷と聞いてどんな所だと想像する?」

「桃源郷と聞いて……ですか?」


“そうですね……”顔をしかめて呟いた彼は、小さく唸って思案に沈む。


 その表情から彼の性格を察するに、思慮深いタイプなのだろう。


 そんな彼だから、きっとどんな時も慎重に行動してくれるに違いないと、呂望リョボウは自分とユカリのある桃源郷の話をしながら思った。


 それから暫くして、大誠タイセイが出した答えは

「多くの種類の桃が植えてあって、神と人間が唯一出会える場所でしょうか?」

という、真面目な回答モノだった。


“矢張そうきたか”と、心の中でニヤリと笑う呂望リョボウ


 彼は得意気な表情を大誠タイセイに見せ、ゆっくりと口を開く。


「実は桃源郷は、紙に出会える場所ではなく、唯一人間が入れる神の領域なのだ」

「神の領域?」

「そうだ、それ故にわしも桃源郷よりも先には足を踏み入れたことなどない」


“特殊な通行証があれば、その先にも行けるが”と、心の中で呟くが、呂望リョボウは決して表には出そうとしなかった。


「たまに桃源郷に迷い混む輩がおってな。

その者達を一度ここにある旅館のような施設に保護して、重要な記憶消してから、下界へ戻しておるのだ」

「そう……なんですか……」


“神のカミノワザは、矢張凄い……”という声ににならない声を発している大誠タイセイ

「凄いであろう?」

と、にこやかに笑って自慢する。


 左肩にいる風伯カハク大誠タイセイには見えていないーは、呂望リョボウを呆れた眼差しで見て、何やらボソボソと呟いている。


“恐らく自分に対する文句に違いない"と割り切り、呂望リョボウは再び話だした。


「だから、桃源郷と呼ばれた光景は覚えているが、具体的な内容は忘れておる故、皆説明したくても出来ぬのだ」

「そうでしたか……

確かに、桃源郷へ行ったと告げている者達に話を聞くと、“桃の花が咲き誇っていた”だの、”天女達が広場で舞いを披露していた”だの、似たり寄ったりな訳が分からぬことばかり話していました」


“これで合点がいきました”と、満面の笑みを浮かべた大誠タイセイは素直な気持ちを伝え

呂望リョボウさんは、他の人が知らない情報も知っているのですね」

と、感慨深く頷いた。


「いやいや、たまたま興味があった故、情報を仕入れておいただけだ」


 にっこり笑った呂望リョボウの心の裏には、“これで少しだけ姫昌キショウ様にお目のかかれる好機が来るかもしれぬ”という淡い期待があるようで。


 この他にも大誠タイセイが興味を持ちそうな話を幾つか用意しておいたが、“今日はここまで”と言わんばかりに、彼は話を打ち切る。


「……あの、また来ても良いですか?」


 暫しの間黙っていた大誠タイセイが、遠慮がちに訊ね

「今度は姫昌キショウ様もお連れになって」

と、真顔で言葉を付け足した。


 その刹那、呂望リョボウは内心で”よしっ”と、言わんばかりに気合を入れた。


 だが、今まで通り澄ましたまま

姫昌キショウ様もお越しになられるというのなら、その時を楽しみに待っていよう」

と、伝える。


 心の裏では“してやったり!”という気持ちが強く支配しているのに、大誠タイセイは気付くはずもなく……


 やがて時は経ち、大誠タイセイが去った後の呂望リョボウがとった行動は、いずれ来るであろう姫昌キショウ一行を出迎える準備である。


”運河向いてきた“と張り切り、誰もいない部屋で一人飛び上がるくらい喜びに沸いた呂望リョボウは、早速計画を立て始めた。

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