たらい回しの営業

 平日の午後1時、小さなお子さんの歓声に手を振って答えながら次の家へ向かう。12月の上旬になり、クリスマスの日は着々と迫る。そこは見るからに洋風の外装で電飾がベランダに掛かっている本格的な家だ。こういった家は却って先約がいるものなのだが、営業の三田みたは神に祈りながらインターホンを押した。

 「はーい……あら、もしかして」

 「サンタクロースです、プレゼントはいかがでしょう」

 三田の格好は住宅街の中では浮きまくった、赤と白の二色で彩る格好をしていた。おもちゃ屋の営業職は皆こうしてクリスマス商戦を勝ち取る為、かのフィンランドのサンタクロースの格好をして回るのだ。正直かなり恥ずかしいが、厄介払いされないというサンタクロースの利点がある。

 「ごめんなさい、プレゼントは用意してしまったのよ。恐竜の動くおもちゃをね」

 「そうでしたか。……追加でこちらのボールなどはいかがでしょう。手に触らなくても浮くんですよ」

 「いいえ、それも遠慮します」

 「で、でしたら。このベランダを彩るキャンドルだけでも……」

 「ふぅ。ありがとうございました、サンタさん」

 ゆっくりと、しかし有無を言わさぬように扉に手が掛けられた。サンタクロースは邪険にされないが、あまりこちらが食い下がると目立って悪いイメージを持たれる。

 扉が閉じてしまえばもう出来ることは無い。隣に置いた大きな白い袋を再び担ぐ。今年中に売らなければいけないノルマは、まだ腕の筋を刺激するような重さだ。

 一体どこの誰がこんな事を考えたのだろう。安直な発想に翻弄されるサンタクロースは今日もまた初めて見る住宅街を練り歩く。

 「……次は突き当たりを左、三軒先か」

 サンタクロースを見て喜んでくれるのは小学校低学年までであり、そうなると営業で回る家は自ずと限られてくるものだ。次に行くお家はマンションの一室、117号室の高野さんという人。

 三田が歩くとそのマンションの入り口に小さな子供がいる。

 「あ!サンタさんだ、サンタさん!」

 「うん。サンタさんだよ、……えーっとどうしたのかな君、こんな所で」

 「学校は終わったんだけど父さんもお母さんもまだなの。ともばたらきで」

 見たところ小学2年生くらいの男の子だ。しょうがない事とはいえ心配になる。

 「どうせ家にいてもつまらないんだもん。サンタさん、一緒に遊ぼうよ」

 「え?い、いや。サンタさんは仕事だから」

 「えー、いそがしいの?でもトナカイいないじゃん」

 「トナカイは公道を走れないんだよ……いやそうじゃなくて」

 「付いてきて!」

 子供は純粋にこちらを見つめながら手招きしていた。それを無視して中に入るといった事が三田にはどうしても出来なくて、営業が夜中まで長引く事を覚悟しながら向かった。すぐ近くの駐車場を公園代わりに遊んでいるようで、プレゼントが見たいというので車がいないのを確認してから白い袋の中を広げてみせる。

 「消しゴムは無いの?ヒーロー消しゴムとか怪獣消しゴムとか」

 「ヒ、ヒーロー消しゴム?」

 一時期小学校で生徒が授業に集中しないから駄目だとかニュースになっていたような気がするが、地域差があるのだろうか。

 「ほら、クラッカーとかあるよ」

 「クラッカー⁉やりたいやりたい!」

 「いやいや、それはご近所さんに迷惑だから。せめて公園でやろう」

 「えー、公園このあたりに無いよ?」

 「じゃあこれ君にあげるから、お家で使いな」

 「それならサンタさんが家に来ればいいじゃん!」

 「い、いやいや。知らない人をお家の中に入れちゃいけないんだぞ?」

 「何で?知ってるよ?」

 この子は元気いっぱいの目で三田を見つめた。

 「だって、サンタさんだもん!」

 「う……それは、そうだけど!サンタさんは君のお父さんとお母さんに話してからお邪魔するんだ。誰も勝手に入っちゃダメなんだよ」

 「えー。聞いてたサンタさんと違うな。トナカイいないし」

 それはごもっともだと思いながらも、三田の中で小さな覚悟が決まった。

 「じゃあ、ちょっと待ってて」

 広げた白い袋の中からクラッカー、キャンドルライト、スプリングのおもちゃ……ここでいっそ五千円のおもちゃを渡そうという気になれないのは甲斐性なのだろうかと三田はつい自問自答してしまう。

 「君の名前は?」

 「こういち!たかのこういち」

 「高野?高い、野原?」

 「うん!」

 どうやら営業に行く予定だった高野さんのお子さんのようだ。三田は本来ご購入していただいたお客のために使うラッピング袋に千円分のおもちゃを入れた。

 「ほら、これでお父さんお母さんと一緒に遊ぶんだ」

 「わ!ありがとうサンタさん」

 こういち君はラッピング袋を抱えながら大きな声で三田を見送った。ちゃんと部屋に戻ったのを確認してから彼は再び白い袋を担ぐ。

 おもちゃ屋のセールスマンだろうが、今はサンタクロースなのだ。

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