羊羹

 『○○県○○市にて、スーパーで売られている商品だった羊羹に虫が混入していたというお話がありましたが?』

 とある和菓子メーカーの昼休み、ニュースの取材を名乗る男の発言は経営陣の度肝を抜いた。羊羹を食べてたら虫が出てきたというSNSの呟きが瞬く間に広がり、それが自社の製品だったというのだ。

 「……ほ、本当だ。どういう事だ」

 「では、まだご連絡は言っていないという事ですか?」

 「と、取り急ぎ確認します!」

 その後も鳴りやまない電話の裏で、緊急会議が開かれた。

 「くそ、何処の誰だ。とんでもない事してくれやがった」

 「とりあえず状況確認と商品の回収が第一でしょう」

 「工場は一旦稼働停止。原因究明まで1週間は……」

 「そんなに待っていられない!」

 創業50年の節目にとんだ厄日だった。CMこそ打ってないものの社名は中々知れ渡っており、虫が入ったというニュースは致命的な事態である。

 「自社ホームページでCMを作れ。工場の清潔さをアピールするんだ」

 「いや、その前に記者会見を開いてまず説明責任を果たしませんと」

 「今日中に台本なんか作れるか!」

 「とりあえず、急ぎ原因を究明すると言うしかありません」

 その日は工場各所にも取材陣にも、とにかく大量の電話を掛けるだけで終わった。

 それから一週間の間に工場に全面的な検査をかけたものの、結局虫が入ったとされる痕跡は出ず、記者会見も何が何やら曖昧な3時間となってしまった。業績に大打撃が予測される中、彼らは何とかしようと躍起になる。

 「とりあえずCMだ、動画サイトにアップしろ。それと新商品を出せ」

 「新商品ですか?」

 「透明な羊羹を作ろう。ペパーミントの風味を加えて爽やかな物を作るんだ」

 「そ、それって葛切りというのでは」

 「それでもいい、とにかく出せ。あれから1か月は羊羹も全く売れなかった。無駄だと分かっていながら作るのだけは御免だ、少しでも手に取ってもらいたい」

 こうして急遽作られたミント香る葛切りは、信頼のおける卸売業者を通してスーパーの和菓子コーナーに置かれる事となった。それまで羊羹を1個150円で売っていたのと比べ、スーパーの饅頭用のトレーに統一されたことで社名もお客の目には付かなくなっていた。

 だが、徐々に浸透してきた矢先に再びSNSで炎上してしまった。他の和菓子と比べてメーカーが違うと思えば、ここは虫を入れた羊羹のところじゃないかと。折角回復の兆しが見え始めた所に、またも的確に出鼻を挫かれた事になる。

 「もう駄目だ。社名も変えて、業種も変えるしかない。解決できなかった以上はどうすることも出来ない……あぁ」

 社長は肩を落としこれまでの業績に見切りをつけることにした。こんな状態でも腹は減ってしまう。社内の食堂へ足を踏み入れると奇妙な人だかりが出来てテレビの前に停まっていた。

 『1か月前に○○屋の羊羹に虫が混入していたという書き込みが嘘であった事が発覚しました。○○県在住の○○○○容疑者は、SNSで嘘の書き込みをしたとして信用毀損罪に問われーー』

 アナウンサーは台本を淡々と読み上げる。

 『○○容疑者は、むしゃくしゃしてやった事だったと容疑を認めています』

 隣の男性アナウンサーにカメラが映り、どうですか?と出演者の一人に話を振る。

 『ーーでもね、○○屋さんだって悪いですよ。透明でペパーミントの香りがする羊羹もどきなんて作って、向こうが悪いと思うじゃないですか』

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