小心者

 男はある日、通りがかったコンビニATMで千円札を5枚預け入れた。ATMがガラガラ音を立てている間、飲み物を買わず500円以内に収めるようにと疲れた頭に教え込ませながらその時を待つ。

 画面が切り替わった時、男は目を疑った。入金金額が「50000円」と表示されていたのだ。

 「え⁉」

 身体が一瞬固まったが、わざと瞬きをしても表示は変わらない。全額入金を押すと再びガラガラ音を立て、明細票が吐き出された。それは確かに5千円ではなく5万円が入金されたことを示していた。夕飯に何を食べようかなんて考えは頭からすっかり飛んで、慌てて外へ出る。その足で別の銀行ATMまで走り、すぐさま口座照会を確認しても結果は同じだった。

 「……増えてる」

 男はそのうち五万円を引き出してみる。千円札5枚が一万円5枚に変わったのだ。

 「な、なんでだ?いいのか?こんな事して。あそこだけなのか?俺だけなのか?」

 ひとり呟いた途端に後ろを振り返る。男は小心者で、自分が悪いことをしたと誰かに見つかるのではないかと気が気ではなくなった。誰かに尾けられてやしないかと思いながら家路につく。嬉しさよりも不安とスリルが勝ち、その日は眠れなくなった。


 それからというもの、男はそこのコンビニATMで週に一度同じ事をした。時間もちゃんと守った。金曜日午後6時14分に千円札5枚を入金、結果はやはり5万円。そのままコンビニでの買い物には一万円札と五千円札を優先的に使い、変えるための千円札を財布にキープしておくようになった。

 しかし男は小心者だったので、増えていく万札を使えずにいた。一度手をつけたら何かの拍子にバレて詐欺罪か何かで捕まると思っていたのだ。一回につき増えていく万札も口座に預けっぱなしではなく、家に保管していた。使いはしないがそれでも男は何度もそれを行い、その度に5万円ずつ増えていく。1回につき5万、週に1~2回。彼は毎回誰かから見られているような気分に陥ったし、何度やっても高揚感よりスリルが勝ってしまっていた。


 半年経ってその日も例のコンビニへ向かおうとした時、異変は一目で分かった。

 自動ドアの貼り紙とスカスカになってしまった棚。雑誌もおにぎりも飲み物も全てすっからかんであり、コンビニが潰れてしまったのは明らかだった。当然ここのATMももう使えないだろう。男は道端にも関わらずへたり込んだ。

 「あぁ、お客さん。いつも来てらっしゃいましたよね。すみません」

 その顔には見覚えがあった。60代半ばの男性でおそらく、店長なのだろう。だが男はそんな事よりATMのことがバレるのではないかと気が気でなかった。

 「そうですね……帰り道に丁度良くて便利だったんですが」 

 「ありがとうございました。次も別のコンビニだといいですね」

 男は愛想笑いをしながら歩きだした。あのATMが潰れてしまった……やり切れない気持ちを抱えながら、自販機でおもむろに缶コーヒーを飲んだり行った事の無い道を通ったりしてみた。それでも気分は収まらず、やっぱり駆け足で家に戻った。

 着くなり今までに増やしてきたお金を取り出す。とりあえず夢じゃ無かったのだけは安心したが、合計額は130万円で26回分ということになる。潰れる事を想像していれば週に3回はやったのに。そうすれば78回分で390万円だった。

 「いや、待て。待て待て」

 週に3回もチマチマ引き出しをするなんて怪しすぎる。そもそも毎週決まった場所で引き落としをするのも、怪しいというか目を引く行為ではあるのだ。店長と思しき人に声を掛けられて、疑われなかった事に感謝すべきだ。すべきなのだが……。

 「クソ。どうしてあのATMは潰れたんだ」

 半年かけて集めた130万円という額はおよそ1.3cm。男はふと隣に1円玉を立てた。130万円の厚みは1円玉の直径にも及ばなかった。一纏めにして側面を親指でなぞると経験したことのない感触がして、男は悶々としたが、結局使ってしまうと「もっとやっていれば」と思ってしまうような気がして、ますますその金を使えなくなってしまうのだった。

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