平野

 見通しの良い平地はひたすらに長い一本道と、等間隔に建てられた電柱によって奥の街へと続いている。人間たちはここに畑というやつを作っていなかった。畑さえあれば日々の食料にも困らないのに、ケチケチした奴らだ。

 ここは木も少ないので、野生動物はたった一つの小さな山へ押し込められている。天敵がいないのは良いことだが、とにかく果物や穀物が無い。タヌキ……もとい俺は雑食性なのでいざとなれば生ゴミでも食うが、やはりニンジンかリンゴが食べたい。

 穴を掘ってミミズを捕らえ、細かく刻んで持ち運ぶ。いつもの場所に三回、四回と繰り返すと上から梟が降りてくる。

 「いつもすまんね、タヌキさん」

 梟はこの山で同居するうちの一匹で、いつも山の外をぼんやりと眺めている。梟にとって餌場となる川がここから遠いので、余裕があれば助ける事にしていた。

 「気にすんなよ。それより何か面白い事あった?」

 「ああ。なんだか人間の車がさっきから停まっているようだぞ」

 「お、人間の車か」

 人間の車は狙い目だ。雑食の俺にはなんでもかんでもご馳走に見える。

 「この際、生ゴミでもいいんだけどな」

 「縁起でもない事を。カラス共が寄って来るじゃないか」

 「結構この山で過ごしてるが、ここには居ないと思うけどねぇ」

 小高い山の頂上に登ると確かに一台の車が停止していた。農家がよく使う軽トラ、リンゴが沢山荷台に載っているじゃないか。

 「梟さん。アレには何が載ってる?」

 「うーむ。あの赤さはリンゴかな。落としてしまったのかもしれん」

 「リンゴ⁉本当か?」

 木々の無いこの一帯ではリンゴはまさしく人間の手によってしか食べられない嗜好品だ。一個、もしくは二個丸々持ち帰れるかもしれない。

 「こうしちゃいられん。ありがとうな梟さんよ」

 「轢かれるんじゃないぞ」

 草が獣の足跡を隠す未舗装道路を一匹のタヌキが走る。

 人間は、人間の車が自然の中でいかに目立つかが分かっていない。ぶつかった動物を簡単に潰して殺すから、動物のように隠れて狩りをする必要もないんだろう。何故か人間の車は草の生える道を走らないので、極力身を隠しながら先へと進む。

 「……はい。××××の、×××。××です」

 途端に動き出さないよう祈りながら進むと、ついに車の停まった道路が見えた。山のように積まれたそれは確かにリンゴ。地面をコロコロ転がっていくそれを一つ持って齧る。素晴らしい甘みに身体が打ち震える。

 「近くの建物……いえ、それが全く」

 人間が何か喋っている。よく見ればこの道、少し傾斜がかっているのでリンゴがどんどん前へと転がっていく。かといって前に出れば車に潰される。車は時に後ろにも下がれるようだが、それでも前にいる方が危険だ。

 「…………ハァ。ハァ、ハァ」

 タヌキは方針を変え、まず荷台の上に登っては一個ずつリンゴを安全な場所に隠すことにした。食べきれないほどの量に思わず全部を持ち帰りたいという欲が働く。

 「なんでこんな所にガキがいたんだ。なんで、ふざけるな、俺は。俺は悪くない、悪く……」

 バタム!という音がして狸はビクッと身を反らす。

 (バレたかっ⁉)

 次いで凄まじい音と振動がタヌキの乗っていた荷台から伝わってくる。それに伴う悪臭。こんなものは嗅いだことが無い、思わず目も耳も塞ぎたくなるような、自然にあり得ない臭い。

 (バレたに違いない!早く逃げないと……)

 タヌキはちゃっかり前肢を使ってリンゴを転がしながら荷台を降りると、車はそのまま勢いよく走り去っていった。急発進の勢いでリンゴが次々とぶちまけられる中、遂には『バキベキ』という音がして一本道の奥へ進んでいく。

 嗅ぎ慣れた匂いが道の先から漂ってきた。

 小さいが、人間だ。血液をまき散らして無惨に捻じれている。

 タヌキには理解できなかった。

 「なんであの人間、食うなり持ち帰るなりしなかったんだ?折角仕留めたのに」

 リンゴを3個ほど山に持ち帰る頃には、別の車がその道に停まっていた。これ以上のリンゴの回収は諦め、タヌキは満面の笑みでリンゴを味わっていた。

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