AとB

 「……次、勇路ゆうじ君」

 「はい」

 先生の呼び出しに応じ、勇路は黒板の前まで向かった。返却されたテストの点数は47点。お互いに顔を合わせる事無く自分の席へと戻る。すると隣の白木しらきがぐいと身体を寄せて聞いてきた。

 「何点だった?」

 「47」

 「ありゃりゃ」

 肩をゆすって笑った後、白木は自分の点数を見せずにやっぱりなと言いたげに身体の向きを変えた。先生がどんどん生徒を呼んでいくその後ろ、黒板にはグラフが書かれている。90点は3人、80点は4人、70点は13人……みたいな感じで。

 「見たまえ、B輔君。Aの壁の厚さたるや」

 「……うるせえ」

 教室の中の右から2行目、上から三列目。ちょっとした人だかりができているのを俺は教室の後ろの方から眺めていた。

 あれは双子の兄、英輔の席だ。双子なもんだから兄とか弟とか、そんな感覚を抱いた事は無い。それはクラスメイトからしてもそうだった。

 いっそ俺の事を弟と呼んでくれたらどれだけ楽だろうか。兄の『英輔えいすけ』という名前に準えて、俺はあだ名で『B輔』と呼ばれていた。


 同じ家に住んでいるのだから、当然帰り道も全く同じだ。

 「コンビニ寄ろうぜ、勇路」

 英輔はいわゆる文武両道だ。サッカー部の部長でありながら学内成績も上位1割の中。スクールカーストの間違いなくトップで、うだつが上がらない俺とは違う。

 「なんでだよ、まだ冷蔵庫にデカいコーラ残ってるだろ」

 「お前元気ないからさ。兄ちゃんが奢ってやるよ」

 「兄貴面すんなよ、うるせぇな」

 紙パックの紅茶、ペットボトルの炭酸、カフェイン飲料……ドカドカと籠に入れて会計をする。

 「チキン食う?」「要らねぇって」

 膨れたビニール袋を強引にひったくり、中の紙パック紅茶を取る。歩きながらストローを刺し、二人は並んで飲みだした。

 「テストの点数は?英輔」

 「困ってないくらいだ」

 「……クソ。違う学校にいきゃ良かった。俺はほんと馬鹿だったよ」

 英輔はぼんやり考えて、思い出したように口にした。

 「もしかして、ヘンテコなあだ名の事か」

 「どいつもこいつもぶん殴ってやりたい。白木なんか俺より成績悪いくせに」

 「んな事したら余計に何かされるぞ、落ち着いて対処しろよ」

 思考回路の何処かが詰まったみたいに、俺は言葉が出てこなかった。「あ?」

 「なぞかけだよなぞかけ」 

 帰路はすっかり見慣れた光景に差し掛かっている。寂れたコインランドリーに車が停まり、おばさんが大きな洗濯籠を運んでいた。

 「英輔からのB輔とかけまして、と解きます」

 勇路は鋭い視線で英輔を睨んでいた。

 「Aを意識してくれたから、B意識を貰えました……ってさ」

 その時には勇路は英輔を思いっきりぶん殴っていた。

 道を行く人は二人を避け、コインランドリーのおばさんは面倒くさそうに顔をしかめて店から覗く。

 「馬鹿にしてんのかお前」

 「してねえよ、痛いなあ。俺はお前の為を思って」

 「ならそのにやけ面をやめろ!」

 英輔は呻きながらも立ち上がり、何事もなかったかのようにこっちの肩に手を回してくる。この場所で、俺だけが、俺ひとりがガキだった。

 こいつは美談を構築しているのだ。学校でも家でも『転んだ』としか言わず、俺の事なんか話題にもあげないだろう、そういうヤツだ。

 「悪態つく暇あったら何かやってみろよ」

 その言葉は痛くなかったが、食道を裏から掻き毟られるような感覚だった。翌日の学校ではいよいよ俺に誰も話しかけなくなって、俺は本当に一人になった。


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