ファミリーレストラン
時刻は午前0時17分。ファミレスの席でドリンクバーだけを注文した。
ポツポツと2~3名だが客はいるもので全員自分の部屋かのように寛ぎ、店員もそれを注意しない。
おれもノートパソコンを持ち込んでぼんやりと画面を眺める。最近おれは夜に寝る事が出来なくなった。ストレスを抱えていたり幽霊の声が聞こえたりといった事も無く、ただ眠気が訪れない。かと思えば翌日の出勤中には意識が飛びそうになるのだから本当に困ったものだ。
本当ならこんな事をしている場合ではないと重々分かっている。それでも寝なきゃいけないという不安で家に長くいられないのだ。
もしかしたらおれは家が嫌いなのかもしれない。
スックと立ち上がりドリンクバーのおかわりを注ぎに行くと、通り道で一人の男性客がぐっすりと眠っている。コーラを注ぎながら横目に観察すると、あたかも夜逃げしてきたようなキャリーバッグが目を引いた。
(この人……ファミレスを宿代わりにしているのか)
すぐ近くに厨房があったのでおれは話しかけてみた。
「あの、ここで寝てもいいんでしょうか」
冷蔵庫の中身を確認していた店員と目が合い、やがて頷く。
「大丈夫ですよ。7時に起こしますが構いませんか」
そうして自分で注いだコーラに目もくれず、形だけでもさっきの客を真似る事にした。靴を脱ぎ五体をソファにあずけ目を閉じる。
――次に目が開いた時には、周りから少し物音がした。
カチャカチャと食器の洗う音。スープらしい何かの匂い。時刻は午前6時半で、辺りを見回すと一人客がいた。昨夜の夜逃げ風の男性客。何かを食べている。
「……おはようございます。今お持ちしますね」
以前に話しかけた店員とは違う。気付けば机の上のレシートはドリンクバーだけでなくもう一枚、頼んだ覚えのないモーニングが追加されていた。つまり、ここで寝る場合の決まり事という訳だ。勿論こちらとしては願ったりである。
こぶし大のパンと野菜スープ、マーガリンとオレンジジャム、目玉焼きにウィンナー。ぼんやりと寝ぼけまなこを擦りながら食べるそれらが朝の訪れを実感させる。
「……寝れたんだな」
結局この日もウトウトしてはいたが、おれにとってはちゃんと寝れた事が何よりも嬉しかった。仕事を終えると早速夕食とばかりに例のファミレスへと入った。
「オムライスにサラダのセットを一つ」
「……今夜もここで寝ますか?」
その声にハッとして店員の顔を見る。……しかし、昨夜と今朝の店員ともどちらとも違う店員だ。それにしても、何処かで見たような気がする。顔つきも大学生とは違うれっきとした大人の顔なのだ。
「出来るんですか?」
「はい。……ただ裏メニューですので色々と規定が。注文は午前0時から、そして先着3名までです。ご家族やご友人などを連れるのも禁止、お1人様のみで再度いらしてください」
そりゃ勿論、何人も泊めてしまったらファミレスはパンクする。宿代もモーニングの代金でいいのだからその規定は当然のことだ。
「分かりました」
夕食のセットを食べ終わり、家に帰る道中。午前0時のアラームを設定した折に一台のタクシーが停まった。
降りた初老の男性はどうやら出張を終えたばかりのようで、スーツケースを転がしながらおれとすれ違う。
スーツケース。思い出すのは昨日の深夜の光景。
「今日の店員……あの夜逃げ風の男性客じゃないか」
どおりで顔を見たことがあると思ったら、じわじわと恐怖が湧いてきた。発進しかけていたタクシーを慌ててアピールして止め、中へと乗り込む。
「はい、どちらまで」
「……あの、ファミレスから誰か見てたりします?」
運転手は怪訝な表情をしたが、バックミラーをチラと見ていった。
「店員さんが見てますね。食い逃げ犯ですか?」
「そんなことしませんよ!」
「ハハハ。そりゃそうだ。忘れ物をしたというならそれまで待ちますけど」
「いえ、結構です。隣町まで行ってください」
「……そうですか」
やがてタクシーは走り出し、運転手は気さくな人なのか赤信号の手前でラジオのネタを通じて会話が始まった。
サイドミラーに映ったファミレスの店員は、中々消えなかった。
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