甘い声

 博士には一匹どうにも相容れない飼い猫がいた。とにかく顔を合わせようとせず、下手に持ち上げるとひっかいてくる。その割にはご飯を要求する時に限って甘い声を出すのだ。

 この甘い声をこちらが出せば飼い猫は振り向いてくれるのではないか……そう思った博士はやがて一つのガスを作り、友人を招いた。

 「君の変人ぶりには毎度驚かされるな。それが何だって?」

 「甘い声のガスだ。これを吸えば我々も猫のような愛嬌を持てるのだ」

 手に取って見せたのは蒸留装置のようなもので膨らみつつあるビニール袋だった。

 曰く、ヘリウムガスのような代物らしく空気よりも早く音を伝えて高い声が出せるのだという。その上喋り方にも適用されるよう、様々な配合を加えたとか。

 「なんというか……それは一体何の役に立つんだ」

 「猫相手に実証した後は、君にも吸ってもらうぞ。声の低い君が吸っても効能が得られるかを試したいんだ」

 そう言いつつ、博士はビニール袋の中のガスを吸った。同時に台所の奥へと隠れてしまった。猫は友人にも目もくれず壁で爪を研いでいるところ。

 「……おいで~」

 途端の変貌ぶりに友人はバッと声のする方を振り向いた。喋っているのは博士だがともすれば20代前半の女性くらいの声に変わっている。この猫はスケベ爺なのか、猫も大きく振り向いてクルクル回りだしている。今聞こえた声は誰のだと。

 博士は台所から顔を覗かせ、その猫に呼びかけると遂には猫が博士の元へ歩み寄り備えた手指へと吸い付いた。

 「ふふっ。どぉ~だ~」

 確かに凄いが絵面は変わっていない。オッサンが猫を撫でる光景から聞こえる異音に友人は顔をしかめた。しかも演技の為か柔らかい話し方をしているのが余計に腹が立つ。

 「おい、凄いのは分かったからやめてくれ」

 友人は博士の顔をビンタした。見れば顔も赤くなって酩酊したような状態になっている。喋り方がどんどん朦朧としていく。

 「いたぁ~い~」

 「ちょっと待て。まさかアルコール依存とかそういう話じゃないだろうな。何がどうなっているんだ」

 友人はこれはいけないと思い、博士を担ぎ病院へ急ぐ事にした。助手席でぐったりした博士は息を吸うように、「にゃあ」と何度も何度も鳴いていた。

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