趣味の洞穴
石造りの街の中でいきなり現れたような洞穴。そこへは確かな行列が続いていて、旅行中に一枚でも写真を撮ろうと思い、様子を窺った。
近づいて見てもそれが何なのか分からない。看板が立っている訳でもなく、洒落た店の外装という訳でもなく、ただ奥の方で何やら跪いている人が見える。
試しに並んでみようとしたところで一人の老人が話しかけてきた。いかにも地元民という風情で、子供を諭すように指をチッチッと振っている。
「神さまに会うからね、硬貨が必要だよ」
「これは神さまに会える洞穴なんですか?」
私が尋ねると、老人はビール瓶を呷った。
「奥には石で出来た鏡があって、ジッと見ていると神さまが浮かび上がってくる。神さまがお前さんという人間を作った時、どんな事をしていたかが見えるのさ」
人にはそれぞれ自分を創った神さまがいて、その神さまがやっていた事が自分の趣味になるのだという。
「俺も14の頃見たんだが、そしたら神さまは船の上でビールを飲みながら釣りしてたよ。その日にやってみたら酔っぱらった拍子に溺れかけたがね」
なるほどと思い、ポケットの中で硬貨を一つまみして私は列に並んだ。自分が今までに経験したことのない……ローラースケートなんかをやっていたらどうしようと思っていたら、順番がやってきた。
石の鏡はこれまた石で出来た杯の中に設置され、水の張ったそこに硬貨が溜まっている。そっと硬貨を落とし入れ、鏡の前に座ってジッと鏡面を見つめた。
しかし神さまは中々動かなかった。手には何も持たず、机から身動ぎもせず、ただぼんやりと明後日の方向を見つめているのを何分も待った。いよいよ別のお客さんに声を掛けられて、後ろ髪を引かれる思いで立ち去るその直前までも、動かなかった。洞穴の入口にはあの老人が座って待っていて、酔っぱらった赤い顔を向けられる。
「どうだった?」
「……何もしてませんでしたよ。ぼんやりとこっちを見つめるばかりです」
私が嘆息すると、老人は腕を組んで悲しそうにつぶやいた。
「可哀想に。君の神さまは自分探しをしている最中に君を生んだのだな。それでは今君がやっている事も自分探しか」
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