手紙
あてもなく電車を乗り継ぎ、家からすっかり1時間半も遠くへ離れた。ナントカ線もナニ駅も降りた事のない、聞いた事すらない自分にとっては異郷の地。
車内はまるで
ここでなら。そう思った。
『次は、○○駅~○○駅~』
人目を気にしつつバッグから取り出した封筒は、昨日家に届いた物。昨日は親より早く帰ってこれたので郵便受けに先回りでき、この手紙を知るのは僕だけのはずだ。封筒を開けると、ルーズリーフやら付箋やら色んな一枚紙がセロハンやノリでくっついた集合体が出てくる。まるで卒業の時の寄せ書きのようだ。掴む場所を間違えて、付箋が一枚ぐにゃりと曲がっていた。
事の発端はその中心部分に位置する差出人『』からの手紙……住所は書いてあっても名前が書いてない。内容も小学生の頃に好きでしたというもので、住所はその時に知ったとか初耳ばかりの手紙が起原だった。手帳一枚分に裏面までびっしり書かれたその手紙に返事をする為、僕は当時手元にあった付箋を貼りつけて返事をした。互いに繰り返して今は四方八方歪に広がり、十何枚もの紙が一緒くたになっている。
差出人との面識は思いつかないが、小学生の時はクラスメイトだったのだろう。外堀にあたる出来事と人物……引き合いに出される情報は確かに僕も知っている事だったから。キャンプファイヤーの終わりに塚本君のケツが燃えたとか、○○動物園でモルモットのやる気が無かったとか、etc。同じ場所にいて、けれど知らない人物。
ちょっとした非日常が、2~3週間おきにやってくるのが心地よかった。
「よし」
気恥ずかしさを抑えて文面を開くと、さっそく良いことがあったらしい。
『好きなアーティストのライブが今月にあるの』
「……そうなんだ」
メモ用紙を寄せ集めた手紙は先端が重さに耐え切れず、首の座っていない赤ん坊の顔を見るように両手で支えて読む必要がある。差出人が何者かとか、何処に住んでいるとか、そんな事を考えてはいけないような気がしていた。この夢が覚める気がしたのだ。だからお互いにちょっとした近況を言うに留めている。手紙を受け取った日は『』の行動を倣ってみるのだ。
『教えてもらったオリジナル映画見たよ、すごく面白かった!』
言葉を真に受けつつ、我慢するでもなく噛みしめる。電車が止まって少し人が入ってくる。この手紙は人前で見るには少し恥ずかしいのだが話しかけてくる人もいないだろう。背中の方で扉の閉まる音がした。
『~~だから、一度くらい会えたら……』
「アレ?」
目を凝らすと文字が滲んで読みづらくなっていた。手紙が届いた昨日は雨が降っていたから、運悪く文章が途切れてしまったらしい。瞬きをしてみると目も霞んでいくような、疲れ目のような感じだ。
(集中し過ぎたのか……?)
天を仰ぎ息を吐く。首を回して手紙に戻ろうとした時、真向いに座る女子と目が合った。何処かで顔を見た気がすると思い、見つめていたら思わず答えを口走った。
「金原さん!」
「あ、安住くん?」
金原は同じ高校のクラスメイトだ。制服姿しか見てないから普段の私服を見るのは初めてで発見が少し遅れた。
「なんでここに?」
「友達とライブに行くの。本当は4番線に乗っていくんだけど人が多くて、遠回りしようって話になって……そういう安住くんも?」
「いや、散歩みたいに適当に乗ってただけ。もう少ししたら折り返して帰るよ」
金原は元々クラスでも人気だと思うが、プリーツスカートというだけで制服よりも更に目を引く。声を掛けてしまった手前、向こうが気を利かせて近寄ってくれたのは当然有難いのだが話したくて呼んだわけではないのだ。どう『戻っていいよ』というべきか悩んでいると今度は金原が口を開いた。
「何それ、凄いね!安住くん子供に人気なの?」
「ああ。これは手紙だよ。文通、みたいな?」
当然向こうからすれば付箋とメモ用紙だらけの固まりは気になるだろう。僕は金原さんにそれを見せようとした。指でなぞってこんな風にやり取りしてきたんだと。
「……でも随分見づらくなっちゃったんだね。寂しいかも」
「え?」
金原さんの言葉を聞いて、改めて手紙を見てみると文字がさっきの最後だけじゃない、どこもかしこもとことん滲んでいく。もはや鉛筆を指で擦ったような黒ずみとも言うべきそれら。
何でだか理由が分からなかった。ちょっとしたパニックになって汗が流れているのも気付かず手紙を見ていると。
プシューと自動ドアが開いて、僕たちに声が掛けられた。
「あれ?金原。どうしたの」
その言葉を特に確かめもせず、顔を上げたのが失敗だった。その男はもしかしたら僕と同じ高校かもしれないが、全く面識が無い。ぼんやりと眺めていると、露骨に嫌そうな顔をした。
「クラスメイトだよ。偶然同じところに乗り合わせたの」
そこからはどんな表情をしていたか分からない。男の顔が少し落ち着いた表情になって余裕を取り戻す……その過程だけが目に入った。聴覚は完全に途絶えていた。
「それじゃあ、安住くん」
「うん。それじゃあね」
またね、とも声を掛けてゴメン、とも言えず。男が金原の手を引っ張って隣の車両まで進んでいくその背中を見て、僕は痛感した。
(……そうか。この手紙は金原との『もしも』だったんだ)
すっかり内容が判別不能になった付箋を一つ、手紙から剥がす。
途端に手紙に付いていたあらゆるメモ用紙の接着が弱まって、ついには電車の床にそれらはばら撒かれてしまった。
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