鬼の料理屋
一つの食卓を4匹の鬼が囲っていた。山のように積み上がる酒と皿、鍋もひっくり返っている有様だった。
「一本の角こそ、鬼の証だ」
「馬鹿いえ、おめえのはでっかい『おでき』って言うんだよ」
「それよりも俺の二本角こそ鬼の格好だろ」
「アホ抜かせ。お前のは首取られた後の『取っ手』みてえだよ」
彼らはそれぞれ、別の角を持っていた。
机の右側に座るのは一本角と三本角。
一本角の鬼は額から飛び出て、三本角の鬼は鼻っ柱に小さく一つと髪の生え際から二つ前のめりに付いていた。
左側には二本角と四本角が座っている。
二本角の鬼はこめかみに引っ付いた二本、四本角の鬼はまつ毛の上に二本と重なるように小さく更に二本生えていた。
店主は四匹の鬼に早く帰ってくれとぼやきながら二品を仕上げていた。
「おい店主!注文した奴はまだか⁉」
「ああできたよ!また床にぶちまけたら只じゃおかねえぞ!」
「ようし。なら俺が片方運んでやるか」
一本角の鬼が店主が働く台所へ行ったと思うと、ニヤニヤ笑いながら彼らの席へ料理を運んできた。
「これを見ろ、二本角野郎」
「……な、なんだよこれは」
一本角が持ってきたのは牛の頭が丸ごと入った鍋だった。店主曰く脳ミソが旨いらしく頭蓋に穴が開いている。
「てめえ、俺の二本角が牛みてえだって言いてえのか」
一本角と二本角が取っ組み合いの喧嘩を始めると、食器が割れては中の食べかすや汁がぶちまけられる。店主は冷めた目付きでそれを淡々と見つめながら、もう一つの料理を運ぶ。四本角がそれを見て笑うのを止めた。
「おい一本角、これを頼んだのはテメエか」
四本角の目の前に出されたのは、豚足を煮込んだ料理だった。血の臭いで噎せ返るほどで骨も豚らしい獣臭がまるで抜けていない。
「てめえ、俺の角が豚足みてえだって言いてえのか」
喧嘩の勢いは更に増し、三本角だけは高笑い。店主はすっかり慣れっこで三日は休みになるだろうと目の前の惨状をぼんやり眺めていた。
「おい、店主!一本角の為の料理は無えのか」
三本角が店主の背中をバシバシ叩くと、早くお品書きを見せろと催促してきた。額に巻いていた店主の手拭いがズレ落ち、三本角は額を覗き込んで苛立ちを見せる。
「なんだよお前、一本角か。お前も『おでき』みてぇな、しかも情けねえ角だ。小さすぎやしねえか」
「やい、お前は一本角だから馬鹿にされる料理が無いんだろ。こうなりゃお前らで鍋を作ってやる」
「言ってろ。お前らが鍋の材料を仕入れてくりゃ俺が料理してやってもいい」
店主が言った言葉が、四匹の鬼の関心を引いた。
「一本角なんてあんのかよ」
「知らねえよ。だが三本角ならあるぜ。犀を持ってくりゃあいい」
「誰が犀の頭だあ⁉」
さっきまで喧嘩をしていた一本角が馴れ馴れしく店主の肩を持つ。
「流石は同胞だぜ。よし、てめえらが一本角を見つけた暁には俺らの鍋を食わせてやる。ただし見つけるまではお前らの奢りだ!」
「面白れぇ」「俺はお前の足を食う」「じゃあ俺は店主の脳ミソだな」
すっかり顔をパンパンに膨らませ、それでも酔いは醒めないらしく汚い口喧嘩をまき散らしながら鬼たちは帰っていく。
どうせまた別の店で同じような事をしては、日も経たぬうちに何もかもすっぱり忘れて酒に酔い潰れるのだ。店主は突風に襲われたかのような店の内装を鑑み、小さく尖がった『おでき』を撫でた。
「鬼って奴は出汁も下処理も要らねえで食うんだから、客として楽だわ」
もし犀の鍋を作らされたらどうすべきかと悩んだが、すぐにどうでもよくなった。
どうせアイツらはバカだ。鳥がついばむような感じに中身を開ければそれでいい。
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