頭隠して尻も隠さず

 元より短絡的な思考だったことが彼の運の尽きだった。

 刑事ドラマや小説に出てくるような、殺害した人物を野山の穴に捨てるという行いは全くもって非現実的なものだと知ろうともせず、一縷の望みをそこにかけたのだ。

実際のところ、人間が隠れるほどの穴を掘るのは一人や二人がシャベルを抱えて出来るような事じゃ無かった。地面の下は木の根っこが複雑に絡み合って、突き立てる事すらままならなかったりもする。

 折角、自分の彼女を寝取った男を殺してやったというのに。軍手越しに額を拭って彼はぼやいた。

 殺すのは一瞬だった気がする。包丁を首に突き刺し、倒れた所を何度も刺した。何度も殴った。

 息を忘れていたのだと気付かされた時には、辺り一面は赤くなって血の気が引いたのを覚えている。しかし今思えばそれは高揚感の一種だった。遊園地のフリーフォールみたいに、怖さと楽しさが一緒になっていた。

 だがこうして後始末に追われている今は楽しさなんて物が無い。余計な痕跡が付かないようにするという事は丁重に扱うのと同じだったのだ。目を開けないコイツの顔が安らかに眠っているようにすら見えて、余計にむかっ腹が立ってくる。

 もういっそ捕まってしまおうか……あの時と同じように息切れしながら思った。

 「そうだ。警察にはもう俺の事が知れているだろうし、車のナンバーだって割れてるに違いない。コイツは何処かに捨てて隠れよう」

 そう思ってからは早かった。事切れた男の首を蹴ると、異常な角度に曲がってからゴロゴロ坂を下って落ちていく。途中で断念した穴をそのままにシャベルも捨て、指紋を取られない為の軍手を付けたまま当てもなく山道を進む。山の中も動物の鳴き声、川のせせらぎ、草木の擦れ合う音など意外と五月蠅い。耳を塞いで叫びたくなるほどに。

 恐らくあと30分も動けない。何か洞窟みたいな場所はないかと思った、その時だった。

 足元を通り過ぎる2匹の狸が、山の中腹からひょっこりと現れて目が合う。狸はビクリと身体を震わせて直ぐに走り去ってしまうが、唐突に現れたのでその跡を追いかけた。

 それは小さな洞穴だった。片腕くらいの小さな地蔵と、空っぽのお供え台があって隠れるのには絶好の場所。よりにもよって地蔵の傍かと思いながら彼はその場所に隠れる事にした。

 洞穴は本当に小さく、地蔵の横でうつ伏せになるようにしているので地蔵の表情が掴めない。足も大して動かせず匍匐前進の姿勢で隠れるしかなかった。

 そこで彼は意識が途切れてしまう。恨みつらみの殺害から3時間。眠ってはいけないと思いながらも脳が疲れ果てていた。

 ――――…………。

 目を開けたつもりなのに、光が入ってこない。

 足は動かせず、腕に顔を擦り付けてみるとやはり瞼は空いている。

 何か土砂崩れのような事が起きて穴が塞がれてしまったのだと、寝ぼけまなこでも分かった。

 こうして耐えていれば、人に見つからないかもしれない……。冗談のような思い付きだったが、助けてくれと声を上げた途端に警察と鉢合わせるとも限らない。

 そうして彼は再び眠りについてしまう。換気が全く為されていないために酸素が薄く、彼は意識が保てなくなってしまったのだった。

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