散歩
朝食を作るのが面倒で、ファストフード店に行こうと決めた休日の午前7時。
眠気が覚めてないのもあって、ジャージ姿のまま外に出る。パジャマ代わりに使っているものだがどうせ誰かに会う事も無いと思った。
道中のとあるフェンスに、鍵が括られているのを見て視線が釘付けになる。
(……こんな所に鍵?)
どこにでもある安価なスチールメッシュのフェンスだ……安っぽい紐でちょうちょ結びされている鍵を持ち上げた。辺りを見回すと、左は道路を挟んだ向かい側に中学校が。右には住宅地が続いており、裏道めいている。
学生が使うチープな南京錠の鍵みたいで、錆びとは言わないまでも古い鍵である事は伺えた。
「あれ⁉お客さんだ!」
声のした方は左側の中学校寄りの歩道。ジャージ姿の男の子が歩道越しに声を張り上げていた。信号も無いところを走って横断して来る。
「危ないぞ、走ったりなんかして」
「よく言うよ、大人は自分の事棚に上げちゃってさ」
男の子はこちらの横顔を盗み見るなり、住宅地の方向へ走り去ろうとする。どうやら彼は中学1年生のようだ。
「どうしたの?来ないの?」
「来る来ないって……これは何の鍵なんだ?」
「秘密基地の鍵だよ。条件は二つ、制服を着てない事とお土産を持っていく事」
仕事着でなければ良いという事だろうか。
「お土産か……人数は何人?」
「俺とオッサンの二人だけだと思うよ。ナリは大会前、ヨッシーはゲーセンに……てか、こんな朝早くから来やしないよ」
「オッサンは勘弁してくれないか」こちとら働き盛りの30歳なのだが。
「ハンバーガーを買うつもりだったんだけど、君の分も奢ってやるよ」
「マジで⁉良い人だな、じゃあ俺テリヤキとコーラとポテトM」
頼むなり鍵を奪い取って遠くに走り去ってしまうが、迎えに来てくれるのだと思って私たちは一旦分かれた。
両手にハンバーガーとコーラを持ちながら、さっきのフェンスの所に戻ると名も知らない少年がいなかった。
住宅地の方向……紹介人も無しにほっつき歩くのは少し勇気がいる。周りの住民からすれば私は完全な部外者だからだ。十字路も無い一方通行の道に、今まで知らなかった介護施設だとか工場とかあるのを発見する。
少年が立ち尽くしていたのは、その工場の中だった。あの鍵が括られていたのと同じ、スチールメッシュのフェンスに『○○工業』と看板が掲げられている。
「どうしたんだ、こんな所で」
「鍵が変わっちゃったんだ」
「……秘密基地ってここだったのか?」
少年は苛立たしげに頷いた。
「だっちゃんの親父がここの社長?で、倉庫の一つを好きに使ってたんだ」
少年が指をさしたものは小学生が思い描くようなものよりスケールアップしている。トランクルームを1個貸し切っているような感じだ。
「電話したけど出ないんだ。来週だっちゃんに面と向かって聞いてやる」
「……程々にな」
私は何となく少年の頭に手を置いた。秘密基地が閉鎖され、路頭に迷った少年はハンバーガーを食べ歩く羽目になった。本当は分け合う為のチキンナゲットも買っていたのだが、その在り処を私は呑み込んでしまう。
「ごめんオッサン。歩くだけ歩かして何もなかった」
「気にするな。また新しい場所が出来た時、通りすがったら呼んでくれ」
すっかり食べるタイミングを見失った私はそのまま見知らぬ道から帰路に着く。
全く通った事のない路が続く中、ふとフェンスに目が行く。
また別の、誰かの鍵が括られている。風が吹いて危うく吹き飛びそうだったそれの、紐を硬く結んでやった。
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