朝の通勤
朝の通勤中、家を出てから会社に向かうまでに私にはやるべきことがあった。
今日は快晴日和で澄み渡る青空が何となく気分を高揚させる。人間の気持ちなんて天気一つでコロコロ変わるのだと思わされるが、やるべき事にはこの『陽射し』が必要不可欠だった。
手に提げている鞄は太陽を照り返すかのように、真っ白で何の模様も現れていない。社員全員に指定されたこの鞄は太陽光を当てる事で茶色に代わっていくように作られている。鞄を茶色にしないと会社に入れないのだ。
太陽を十分に浴びれば新鮮な気持ちで通勤できるというのは社長の有難いお言葉で、最初は面倒な事をさせられると嘆いたものだが、ある日から苦では無くなった。ちょっとしたズルを見つけたのだ。
今朝も私は道中のコーヒーショップで、決められた席を見つめる。ガラス張りの方を向いた座席は陽射しがよく当たる。そこに鞄を立てかけて茶色に焦げてくれるのを待てばいいのだ。コーヒーを注文し、無事に陽当たりの良い座席を確保すると、早速脳内で会議の予行演習を始める。今日は朝一でプレゼンテーションをする日なのだ。
手帳にペンを走らせながら、抜けが無いのを確認し終わる。コーヒーを飲んでホッと一息――。
ところが、何気なく時間を見た時だ。腕時計と店内の時計の時刻がずれている。いや、腕時計が7時20分から動く気配が無い。
マズいと思って席を立ち、飲みかけのコーヒーを手にしながら急いで駅へと向かった。会議には紙の資料も必要だし早く付かなければいけない。
案の定、駅のホームの時刻は7時43分を指していて、腕時計は我関せずを貫いていた。
ホッと胸をなでおろしたのも束の間、今度は手にいつもの感触が無いのを察して青ざめる。鞄だ。あのカフェに置いてきたままだ。
私は急いでカフェへと戻った。改札の駅員に払い戻しを求め、いち早くカフェへと駆け寄る。
私を見るなり、ひとりの店員が安堵の表情で寄ってきた。
「この鞄、お客様のですよね?店内にお忘れだったみたいなので」
彼が持っていた私の鞄は、私が忘れてからというもの陽射しが当たっていなかったようで、また真っ白な状態に戻ってしまっている。
私はついカッとなってしまって、店員からバッグを受け取るや否や持っていたコーヒーを鞄にぶちまけた。
これで茶色という事にしよう。
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