声をのせる
明鏡止水
第1話
わたしはこえをのせる
この人の気持ちが、
この女の子の気持ちがつわるように。
強すぎる、と指示が入る。
はい。
わたしはまた、言う
もう、生きていけない。
女の子は、傷ついて、おびえていた。
いっしょに泣いてあげたい。
でも無理なの。あなたの泣き声を演じなければならないから。でも安心して。わたしはいまだけ、あなたになる。
たすけられなくてごめんね。つらかったでしょう?
そう思うとわたしまで泣いてしまうから、あなたの声を当てる時。わたしは台本の台詞をよんで、いっぱい泣いてから、本番に挑むの。
もう負けちゃう。こわい。外に出られない。
ジャンヌ・ダルクみたいに火炙りになったほうがまだまし!
そんなこと言わないで。でも言って。全部わたしが言うから。あなたの、つらい、死にたくなるような、こわいおもい。
「うまれてこなきゃよかった」
カット。おつかれさま。
これでこの物語は終わり。でも、別撮りがある。アニメは先に後半シーンを録音したりする。制作スケジュールや役者のそれとの合わせだ。
次のシーンも、演じてみせる。
彼女の、いちばん、助けようのないシーン。
だいじょうぶ。わたしがあなたの、CV。キャラクターボイス。ボイスアクター。あなたの、あなたに寄り添う、あなたを助けたかった一人の大人の女性。
スタートッ
このまま、だれにもみつからなければいいのに。
カット。
ありがとう、今回も早くて、助かります。と言ってディレクターが、己の言葉を省みて、自身を戒める。
いえ、わたしも。
同じ目に遭ったら。
台本に目を落とす。もう涙は出ず、台本はあれだけ悲しい脚本だったのに、三色ボールペンでのメモ書きだらけの一冊のただの本になってしまった。そうして、あの子の苦しみは、大人に忘れ去られるの?
ディレクター。
呼びかける。
台詞を、足せますか?
ディレクターは悩む。いいですよ。なんとか、差し込むか、回想に乗せます。どんな言葉です?
わたしは伝える。オーケーが出る。使われるかどうかは分からない。それでも、目の前のまだ彩色されていない絵の映るモニターを前に。彼女がもう二度とできない深呼吸をして。
ほんとうはずっと、霜焼けが燃えるように、熱かった
どうか、安らかに。あなたの恐怖、元気、登校、交流。すべて、作品にまとめきった。
もう寒くない、とはこの子は言わない気がする。永久に、遺してみせる。演じ手として。
あなたの親にも言えなかった苦しみを。
声をのせる 明鏡止水 @miuraharuma30
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