第135話 あなただけの執事
午後十時、本来ならば完全に消灯しているはずの学生食堂に、多数の生徒が詰めていた。慌ただしそうに食材や調理道具の搬入を行い、急ピッチで明日のための準備を進めている。
この食堂は校外からの来訪客向けの飲食コーナーへと転用することになっていて、生徒会主導のもとに協力者を募り運営する計画になっているのだ。
「これなら間に合うか。皆、ありがとうね」
生徒会の一員として働くアルトは、想定よりも早く事が進む様子を見て、手伝ってくれているエミリーらに感謝を告げる。
「いつもアルト君にはお世話になっているし、ちょっとでも恩返ししないとね! それに、こういうの楽しいからさ!」
そう言ってニッと笑うエミリー。
彼女はアルトからの要請を受けて集った有志であり、明日以降もスタッフとして働いてくれることになっている。レストランでアルバイトする彼女の接客スキルは大いに役立つことだろう。
しかもエミリーだけではなく、アルトの所属する一年七組から大勢がヘルプとして駆け付けてくれていた。この半年でアルトはクラス内での人望を獲得しており、それはS級としての実力だけではなく、彼の人柄に由来するものである。
「学校祭がダメになるかならないかなんだ。任せてくれ、アルト!」
「アルトだけにカッコつけさせはしませんよ!」
というクラスメイトからの反応を見て、アルトも嬉しさで顔がほころび、ついでに近くで滞空しているキシュも何故か満足そうに頷いていた。
「うんうん。ダーリンが人気者であたしも鼻が高いよ。えっへん!」
ラグレシアのせいで暗雲が立ち込めていたが、まだまだ希望は潰えていない。
それはアルトが事態の解決のために尽力した結果でもあり、もし彼がいなかったら今でもまだ魔法植物による地獄は終わっていなかったはずだ。
「よし、こんなものかな」
それから三十分も経たない内に簡易的な飾り付けまで完了し、会場はイベント向けに整えられた。かなり急ピッチではあったものの、充分に実用に耐えうるレベルだ。
「皆、明日も頼みます。今日はもう休んでください」
「ダーリンも休んだ方がいいんじゃないの?」
「俺はこれでも生徒会メンバーだし、まだやる事はある。ひとまず生徒会室に行くとするか」
「その前に服を着替えたら? ズボンに除草剤が結構付着してるよ」
「あらホントだ……」
キシュの指摘通り、真っ黒なズボンに除草剤の白い粉末が付着していた。ロッシュを抱えて飛んだ時、零れ落ちたモノがくっ付いてしまったのだろう。
高価な特注品だったのでガッカリしつつも、これを着たままリンザローテのもとに向かうのもなと思い、ひとまず自室に帰って着替えることにした。
学校祭運営の指令中枢部ともなっている生徒会室だが、さすがに深夜十一時過ぎともなれば人気は少なくなっていた。
ラグレシアというイレギュラーによる混乱も収まり、あとは明日を迎えるだけとなっている。
「リンザ先輩も帰宅されたらいかがです?」
自室で執事服に着替えてきたアルトが、書類を手渡しながらリンザローテに進言する。
何故この姿にしたかというと、このまま徹夜して生徒会室から直接食堂に出勤する考えであったからだ。
「わたくしは残りますわ。また何か緊急事態が発生する可能性もありますし、ココにいればスグに対処することができますし」
他のメンバーらは帰らせたり仮眠室にて休ませているが、組織のトップであるリンザローテは残る気のようだ。もうトラブルは御免であるけれど、再びの危機が訪れないとも限らない。
その際に迅速に対応出来るよう待機するつもりなのだ。
「なら俺も」
「いえ、アルトさんは休息を取ってくださいな。あの化け物との戦いで疲弊しているはずですわ」
「全然平気ですよ。それより、リンザ先輩の方が心配です」
「わたくしだって結構頑丈……」
と、カラ元気のままアピールしようとしたリンザローテだったが、目眩に襲われてフラつく。心身に刻まれたダメージは回復などしておらず、魔力も底を尽きる程に奪われていたため充填し切れていないのだ。
アルトはすぐさまリンザローテの隣に立ち、彼女の弱った体を抱きとめて支える。
「やっぱり無理をなさっているじゃありませんか」
この状態のリンザローテに治癒魔法を掛けても効果は薄い。あくまで治癒魔法は怪我や病気を治す力であり、低下した体力や心理的被害に対する効能は無いのだ。
今のリンザローテは魔力を根こそぎ強引に奪われたことによる倦怠感と、それまでの間単独で戦ったことによる疲弊が重なった状態なので、ゆっくり休んで回復に努めるのが最善であった。
「ほら、座ってください」
肩を貸すアルトは、リンザローテを会長席へと誘導する。
「情けないですわね……会長であろう者がこれでは」
席の背もたれに身を預けつつ、リンザローテは深くため息をついた。全校生徒の代表なのだから、こんな程度で根を上げるなど根性無しだと自らを責めているようだ。
「あなたの頑張りは皆知っていますし、落ち込むことはありませんよ。もしあなたを責める人がいるのならば、俺が代わりに怒りますから」
「アルトさん……ふふ、ホントにアルトさんが傍にいてくれて良かったと思いますわ」
「そう言っていただけて光栄です。さて、じゃあリンザ先輩のために一肌脱ぎますかね」
「え!? 脱いで裸になってくれるんですの!?」
「あ、いえ……物理的に脱ぐワケじゃありませんが……」
謎に興奮するリンザローテの期待はよく分からないが、ともかくアルトは彼女の前で片膝を付き、女王に忠誠を誓う騎士のように振る舞う。
「アルトさん…?」
「俺は今、あなただけの執事です。なんなりと御命令ください、お嬢様」
ちょうど執事姿であったことから、アルトは成りきってリンザローテを主と敬う態度を示した。最初に比べてぎこちなさは無くなっており、リンザローテの手を握る所作もスッと滑らかである。
そんなアルトに対し、リンザローテは体の奥底がキュンと疼き、心拍も急上昇していく。
「いいのですか…? なんでも命令してしまっても…?」
「ええ。お嬢様の要望とあらば、全力で叶えて差し上げる所存です」
この瞬間、アルトの全てを独占し隷属させているのだという事実がリンザローテを更に興奮させる。好きな相手を支配し、コントロールできるという歪んだ劣情が彼女の呼吸を荒くさせていた。
「では……わ、わたくしの首筋にキスしてくださるかしらっ!」
「首に!? キッス!?」
「なんでもと仰ったでしょう!? それに、あなたはわたくしの下僕なのですから、拒否権はありませんわ!」
「あの、執事役なのですが…?」
「同じようなモノですわ! さぁ!!」
とんでもない圧を受け、もう拒否するのは不可能だと悟ったアルトは、会長席に座るリンザローテに覆いかぶさるように迫る。
「ほ、本当にいいんですね?」
「勿論ですわ」
二人の顔は接触しそうになるほど接近し、吐息が混じり合う。傍から見れば恋人そのもので、ここから肉体が重なり合うアレコレが始まってもオカシクない状況だ。
「いきますよ」
アルトは命令された通り、吸血鬼が血を吸うような姿勢でリンザローテの首に唇を当てる。
「んっ……」
その唇の感触を味わうリンザローテは、喘ぐような甘い声を出して体を小さく震わせた。快感すら覚えて脳が蕩け、目の焦点も合わなくなる。
「はぁ…はぁ……まだ離れないでください。もっと、もうちょっとだけ……」
と無意識に欲望を口にするリンザローテに無言で応えるアルト。
彼女の背に手を回して抱き寄せつつ、少し強く首筋を刺激する……
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