第134話 学校祭継続の審議

 凶悪な魔法植物ラグレシアの撃破には成功したものの、ドワスガル校が受けた被害は大きく、しかも学校祭の期間中であったことから尚更頭を抱える事件であった。

 幸いにも死者こそ出なかったが、レクリエーションホールの崩壊に加えて研究棟やいくつかの建物に損害が出ており、これを復旧するには相当な労力が必要だろう。


「では、今回の件についてですが……」


 校長室、そこにはリンザローテをはじめに数人の生徒会メンバーの姿があった。取り急ぎ被害状況をオブライアン校長に報告するためである。


「そうですか……いやはや、このような事が起こるなど不運であったとしか言いようがありませんな。しかも、ワタシが不在の間に……」


 ラグレシアが覚醒した当時、オブライアンは来賓客接待のため森の中にある湖でバーベキューを主催していて、学校敷地内に居なかったのである。

 そのため、事件の発生に気が付くのが遅れてしまったのだ。

 しかも、彼が異変を察知したのは既にラグレシアの広域防御フィールドが形成された後であり、これに阻まれてドワスガル内に帰還出来ずにいた。


「あの魔法植物に捕らえられていた生徒達の救出は完了したのですな?」


「はい。魔力を強引に奪われたため気怠さなどの不快感はありますが、肉体的には軽傷で命に別状はありませんわ。一晩休めば回復するものと思われます」


「リンザローテ君も敵に襲われたと聞きましたが、大丈夫なのですかな?」


「わたくしは問題ありませんわ。ご心配ありがとうございます」


 オブライアンの気遣いに、ニコッと小さな笑みで応えるリンザローテ。

 だが彼女は取り繕っているだけで、実は相当に体調が悪かった。本音を言うならば今すぐにでも帰宅し、ベッドに横になりたい程に気分が優れないのである。

 しかし、生徒会長の職務を全うしようという気合で自らを奮い立たせ、気丈に振る舞っているのだった。


「さて、問題は学校祭の継続についてですな。アネット、アナタの意見を窺いましょう」


 学校祭の日程は後二日残っているが、これをどうするべきかオブライアンはアネット教頭に意見を求める。

 こういう場合は校長権限で物事を決められるものの、オブライアンは決して独断的ではなく、他者の考えも積極的に取り入れようというスタンスであった。


「わたしは中止するべきだと思いますよ。脅威は無くなったとはいえ、現状では万全な状態での開催は不可能でしょう? 校舎も窓が割れるなどの被害が出ていますし、復旧するまで教室への立ち入り自体が制限されるのですから」


「確かにクラスによる出し物は無理でしょうな……ですが、学校祭自体が中止になってしまったら、残念がる生徒も多いでしょうなぁ」


「この日のために生徒達は懸命に準備を進めてきたのですから、それは残念ではありますけれど……被害者の中には心理的ケアが必要な子もいるでしょうし……」


 大人でも判断が分かれるところであり、決断を下すのは容易ではない。

 生徒会の一員として出席しているアルトも思案しつつ、正解の無い問題にウーンと小さく唸る。


「コマリ先輩はどう思います?」


 隣にちょこんと立っているコマリにアルトは問いかける。

 コマリは騒動の際、デュエル会場の端っこに隠れて触手をやり過ごしていたため無傷であった。彼女いわく、影の薄さのおかげで敵に探知されなかったらしいが、それはそれで危機的状況では有利に運ぶのではないかとアルトは思う。


「そ、そうですねぇ……わ、私はできれば続けて欲しいなって……ま、漫画研究部の皆も今回の即売会のために頑張って作品作りをしてきましたから……」


 学校祭での即売会は、漫画研究部にとって大切な作品発表の機会であった。中には、そこで出版社からスカウトされてプロの道に進む者だっているのである。

 他のクラブにとっても一大イベントであることには違いなく、だからこそ真剣に準備を行ってきたのだ。


「うーむ……であるのなら」


 アルトは何かを思いついたように手を上げ、オブライアンらにアピールする。


「どうしましたかな、アルト君?」


「あの、ちょっと提案がありまして。有志を募って限定的な学校祭を行うというのはいかがでしょう?」


「といいますと?」


「漫画研究部など、学校祭での展示が今後の活動に多きな影響を与えるクラブもあることですし、そうしたクラブに加入している者の中で参加希望者を募るんです。言うならば、クラブ活動発表会を行うような感じです」


 クラブ活動に力を注いでいる生徒は、是が非でも学校祭は継続してほしいと願っていることだろう。彼らの情熱を無駄にしないためにも、クラブ単位での限定的な学校祭を執り行うのはどうかとアルトは意見したのである。


「勿論、参加を強制することはありません。クラブ活動参加者であっても、ラグレシアのせいでトラウマを抱えたりショックを受けている生徒だっているかもしれませんし、そこにキチンと配慮することも必要だと思います」


「なるほど、継続と中止の折衷案としては良いかもしれませんな。しかし、外部からのお客様をもてなすには充分ではありません。クラスでの出し物が出来なくなってしまったので、お客様用の飲食コーナーを別途用意しなければなりませんぞ」


「商業区の店舗に誘導するのではダメなのでしょうか?」


「あそこに卸している食材は、あくまで学生用の物で余剰分量はありませんぞ。お客様に提供して減ってしまったら、今度は生徒が食べる物が無くなって食事を取れなくなってしまいます」


 商業区にある店舗は、基本的に外来客に解放されていない。学校祭期間中は、校舎内でのクラスによる出し物にて食事を提供するのが通例となっているのだ。

 そのことから、魔法に関係なくとも飲食系の出し物が認められているのである。


「それならば、学食用の食堂を貸していただけないでしょうか? 食材は飲食を取り扱う予定だったクラスから提供してもらい、手伝ってくれる学生を募って接客をします」


「分かりました。アネット、アルト君の案に異議はありますかな?」


 その問いかけに首を横に振るアネット。

 彼女は学校祭の継続に否定的ではあったが、せっかく生徒がやる気になっているのならば教師として後押ししようと思ったようだ。


「そうと決まれば、さっそく準備に取り掛からなければなりませんな。アネット、まずは各クラブの顧問教師と代表生徒を招集し、クラブ内での学校祭参加希望者を取りまとめるよう指示を。それと、ケアが必要な生徒のもとにはクラス担任の教師を派遣するようにお願いしますぞ」


「ええ、任せてください」


 オブライアンの指示を受けてアネットは早足で退室する。

 やるべき仕事を的確に割り出し、迅速にこなそうとする大人の姿はアルトの瞳にカッコよく映った。


「生徒会には食堂の使用許可を出しますから、お客様用の飲食コーナー開設の手配と準備を頼みますぞ」


 午後九時という時刻であり、残された時間は多くはない。おそらく、というかほぼ確実に徹夜となるだろう。

 だが、ここが踏ん張りどころだと気合を入れるのが生徒会だ。もともと、学校や学友のために力を尽くそうという志を持った者が集まった組織であり、学校祭という最大規模のイベントの成功のためなら努力を惜しみはしない。


「いきますわよ、皆さん! 生徒会室にメンバーの招集を!」


 アルトは仕事人モードの凛々しいリンザローテに見惚れつつも、自分が言い出したプランが進行しているのだから、それ相応の責任があると自覚して全身に気力を充填するのであった。

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