第133話 リンザローテの窮地

 ロッシュと共闘しラグレシア本体を撃破することに成功したアルトだが、一息つく間もなく飛び立つ。あの化け物植物の手下である人型魔物ラグ・スレイヴはまだ活動を停止していないため、それと交戦しているはずのリンザローテを救う必要があったのだ。


「待っていてください、リンザ先輩…!」


 全速力で飛行するアルトは、一分も経たない内に研究棟の上空へと到達する。この建物周囲にも既に触手の姿はなく、ラグ・スレイヴを輸送していた巨大な触手も跡形も無く消え去っていた。

 アルトは資材庫の壁に開いた大穴から内部へと突入し、リンザローテを探す。


「リンザ先輩!?」


 確かにリンザローテはそこに居るのだが無事ではなかった。床に仰向けに倒れている彼女は、五体のラグ・スレイヴによって体と魔力を貪られて、ぐったりとしたまま動かない。

 その光景を目にしたアルトは一気に血が頭に昇り、激昂する。殺意にも似た感情で目つきは鋭く尖り、魔力が増幅されて翼がギラつく程に輝く。


「テメェら、その人から離れろ!」


 ナイトやヴァルフレアを相手にする時のような激しい怒気が解き放たれる。優しい声色が憎悪の音叉に染まり、それだけで敵を攻撃できるのではないかと錯覚させるレベルであった。

 その威圧感に単純な思考しか持たないラグ・スレイヴも危機感を感じ取り、リンザローテから手と触手を離してアルトに相対する。


「絶対に許さねぇ…!」


 キシュとの合体によってパワーアップしているアルトは、向上した機動性をもってして突撃。一番手前にいたラグ・スレイヴに肉薄し、ゼロ距離からウインドインパクトを叩きこんだ。


「消えろよ!」


 威力を抑えていないその一撃は重く、ラグ・スレイヴの胴体をグチャグチャに潰す。そして、その個体は勢いのまま後ろにフッ飛ばされて床に転がった。


「次ッ!」


 打ち倒した個体に見向きもせず、アルトは他のラグ・スレイヴに向かってアイスディスクを飛ばす。この円盤状の氷結は通常そこまで切断力は高くないのだが、魔力が強化されていることもあってかナイフのような切れ味を発揮し、狙われたラグ・スレイヴは首を斬りおとされて崩れ落ちた。


「貴様もだ!」


 立て続けに三体目と四体目も撃破して、残るは一体。

 だが、ラグ・スレイヴもやられてばかりではない。背中から放出した触手を用い、アルトを捕縛するべく勢いよく伸ばしてきた。


『ダーリン、敵の触手だよっ!』


 キシュの警告よりも先にアルトの体は動いており、バリアフルシールドで防御するのではなく身を捻って見事に回避してみせた。

 そして、逆にその触手を側面からガッチリと掴み、力任せに引っ張りラグ・スレイヴを目の前へと引きずり出す。


「これで終わりだ!」


 残りの一体に対し、アルトは至近距離からウインドトルネードを喰らわせる。触手を引っ張った時点で魔力チャージをしており、敵が近づいたタイミングで放てるよう準備をしていたのだ。

 この旋風をダイレクトに受けたラグ・スレイヴは、手足がへし折れ全身が捻じ曲がって崩壊。自然界の竜巻そのものの威力を受けてバラバラになっていくのであった。

 そんな敵の悲惨な最期を見届けることはせず、アルトは急いでリンザローテのもとへと駆け寄り抱き起した。


「リンザ先輩、しっかりしてください!」


 嬲られていたリンザローテは衰弱しており、呼吸も弱々しい。普通の触手による魔力吸収よりも、ラグ・スレイヴによる吸収の方が激しくダメージも大きいようだ。

 しかも、一体どころか五体に群がられていたのだから無事では済まないだろう。

 このままでは命に危険が及んでしまうのは間違いなく、アルトは体内魔力の全てを動員して治癒魔法を掛けた。


「ん……アルト、さん…?」


「気が付きましたか、リンザ先輩!」


 治癒を開始して少し経ち、リンザローテの意識が回復して寝起きのように虚ろな目でアルトを見つめる。


「わ、わたくしは一体…?」


「ラグ・スレイヴに襲われていたんですよ。でも安心してください、ヤツらは俺が倒しましたから」


「そうでしたわ、わたくしはあの魔物に負けて押し倒されて……」


 ボヤけていた意識が覚醒するにつれて、この場で起きた記憶も蘇ってきたようだ。あのおぞましい敵に蹂躙された時の恐怖も同時に思い出され、身震いしてアルトの腕にしがみつく。


「情けないですわね、わたくしったら……でも、その…怖かったですわ……」


「大丈夫。もう大丈夫ですから」


 アルトは腕の中で落ち込むリンザローテを優しく抱きしめる。

 女性経験が豊富なわけではないが、こういう時はただ寄り添ってあげるのがベストだと本能で分かっているようだ。

 そして、アルトの中からこの様子を見ているキシュも邪魔したりはしない。リンザローテは恋のライバルではあるけれど、今は黙って成り行きを見守っていた。


「ありがとうございます、アルトさん。おかげで落ち着きましたわ」


「なら良かったです」


「ふふ、アルトさんの温もりも感じることができましたし」


 リンザローテはそう言ってアルトの薄い胸板に指を這わせる。


「あ! そーいえば俺ってば服を脱いじゃっていて…!」


 忘れていたが、アルトは上半身裸の状態であった。除草剤による粉まみれのロッシュを抱える時、制服に付着するのを嫌がって脱いでいたのである。

 しかし、そんなことなどラグレシアとの激闘の中で頭からすっ飛んでおり、素肌のままリンザローテを抱き起していたのだ。


「ご、ごめんなさいリンザ先輩! 知らぬ間に裸の男に密着されているなんて嫌でしたよね…?」


「いえ、まったく。他の人だとちょっと狼狽えてしまうかもですけど、アルトさんならば……」


 セクハラだと訴えられそうな現場ではあるが、リンザローテは言葉の通りに嫌がってなどおらず、むしろ彼の肉体に触れられて喜んでいるようだ。

 顔を赤らめつつ、リンザローテは頭を傾けてアルトに更にくっつく。

 まるで恋人に身を預けるような様子に、いよいよ我慢ならなくなった者がいた。

 そう、フェアリーのキシュだ。


「ちょっと待ったーーッ! これ以上はやらせはせん! やらせはせんぞォ!」


 傷心しているリンザローテに同情していたが、これはやり過ぎだとアルトとの合体を解除して飛び出してきたのである。


「クッ…! キシュさん…!」


「アンタってヤツは調子に乗っちゃって! さっきまではアンタも可哀想だからと許していたけどねェ、そこまでして良いとは言ってなァい!」


「ちょっとくらいいいじゃありませんの! アナタなんて、アルトさんと一つになれる特権があるではありませんか!」


「へへーん! なんていったって、あたしとダーリンは真のパートナーなんだもんねー!」


「キィーー! 何がパートナーですかッ!」


 起き上がったリンザローテと睨み合うキシュ。女同士の意地と意地のぶつかり合いである。

 それに介入できるほどの力はアルトには無く、どうしたものかと頭を掻きながら行く末を見守っている。

 と、


「アルトくーん! 無事だったんだね!」


 アルトの名を呼ぶ声が資材庫に響き渡る。

 その声の発生源は扉の方からで、アルトがそちらに向き直るとエミリーが手を振っていた。

 地下に隠れていた彼女達も無事であったようで、エミリーの背後にはナリアやシュカ、ウィルの姿もある。


「よぉアルト。あの気色悪いデカブツ植物をブッ潰したんだな?」


「ああ。ロッシュさんと俺でなんとかね」


「さすがだよ、オマエは! 親友であるオレも鼻が高いぜ。で、リンザローテ会長とキシュちゃんはなんでドンパチやってんの?」


「いや、それが……キシュは、リンザ先輩と俺がくっついていたのが気に入らなかったらしくて」


「さすがだよ、オマエは……なんでそうも修羅場を引き起こせるんだ……」


 ウィルは飽きれながら首を振り、アルトはリンザローテとキシュが落ち着くのを待つしかなかった。

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